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第8話

 送って行くというアルバート様の申し出を丁寧にお断りして。


 当たり前だ。

 王家の馬車が没落貴族の邸に来たら何事かと大騒ぎだ。


 フェルディナンドが馬で送ってくれるという。

 固辞するも埒が明かず、それならばとお言葉に甘えた。


 馬車よりいいかと思ったが、結構目立つなこれ。

 気まずげな私に気付いたのだろう。

 フェルディナンドが何くれと気を使って、当たり障りのない話題を振ってくれる。


 何て良い人。


「セラフィナのことについて、話してもいいですか?」

「勿論です!」


 途端にテンションが上がった私に苦笑し、フェルディナンドが馬を止めた。


「宜しければそこの公園で」

「はい。喜んで」


 馬を繋いで、東屋で。

 フェルディナンドがぽつりぽつりと語り出す。


 セラフィナ様が公爵家の期待という重圧に耐えていること。

 王太子妃候補の筆頭でなくてはならないこと。


 そんな事情をさて置き、幼い頃からセラフィナ様がアルバート様を慕っていること。

 本当は優しいのについついかたくなな態度を取ってしまうこと。


 それによって自己嫌悪に陥ること。


 ゲームをしてきた私は知っていることだけれど、セラフィナ様に近しい人から聞かされるとまた違った重みがある。


「セラフィナは昔から気難しい所があって、素直ではないのですが、最近はとみにその傾向が強まって来ていて」


 フェルディナンドが私を見た。


「貴方の影響です。ロゼッタ嬢」


 どくん、と心臓が嫌な音を立てた。


「貴方が学園で目立つたび、セラフィナが焦りを覚える。最初は気の所為かと思っていました。特待生が目立つ存在なのは当然ですし。セラフィナも次席。成績で張り合うのは当然です」


 私の存在自体が、セラフィナ様を追い詰める。


「貴方は王太子妃の位に興味は無いのですか?」

「ありません」


 私は間髪入れずにきっぱりと答えた。


「私には分不相応です」


 私が心に決めたのは、この人生でなすべきは、セラフィナ様の破滅の回避。

 その為にできることはなんでもする。


 フェルディナンドが私を見詰めた。


「王家に伝わる話があります。運命の鍵の乙女」


 知っている。

 ロゼッタ・セアラ・クラヴィス。

 彼女が運命の鍵の乙女だ。


 終盤に訪れる危機に対応し、それを収める役目の少女。

 危機の種類は何通りかあって、今回は何が来るかはわからないけれど。

 所謂ラストバトル。最終決戦。


 乙女ゲームなのにバトルがあるんだこのゲーム。


「クラヴィス家の貴方が特待生としてローズガーデン学園に現れたことで、歯車が回り始めました」


 私は目を逸らさない。

 フェルディナンドが目を細めた。


「驚かれませんね」

「全てでは無いですが、私も知っていますから」


 私の真剣な表情にフェルディナンドが少し気圧されたのがわかった。


「手を組みませんか」

「はい?」


「私はこの先起こるかもしれない幾つかのことを知っています。その際、セラフィナ様に良くない出来事が起こります。私はそれを阻止したい」


 心からの本音。

 セラフィナ様を破滅から救いたい。

 運命を捻じ曲げてでも叶えたい。


 何度繰り返しても。

 何度やり直しても。


 悲劇に見舞われてしまうセラフィナ様を、今度こそ。助けたい。


「力を貸してくれませんか。セラフィナ様が王太子妃となり、アルバート様と幸せになる未来を築くために」


 ゲームの攻略キャラでないフェルディナンドなら、もしかしたらゲームシナリオの制約から逃れられるかもしれない。


 モブなら、もしかして運命の隙間を掻い潜れるかもしれない。


 全然、確証なんてないけれど。

 私の真剣さに打たれたのだろう。フェルディナンドは手を差し出してくれた。


「宜しく、お願いします。セラフィナを助けてやってください」



 とても心強い仲間ができた。

 セラフィナ様を破滅から救う。王太子妃にする。アルバート様との仲を取り持つ。

 やることはいっぱいだ。


 根回しや裏工作はフェルディナンドに任せよう。

 私は極力目立たず、セラフィナ様の破滅フラグを立てないようにしながらパラメータを上げる。


 ラスボスに負けてしまったら元も子もない。


 そしてアルバイトでお金を稼いでクラヴィス家の再興を図る。

 ゲーマーの血が騒いで来た。

 燃える。


 とにかく計画立てて行かねば。

 行き当たりばったりでは詰む。


 アナベルとベアトリクスにも協力を頼んで。

 セラフィナ様と仲良くなりたいなあ……。

 でも近付かない方がいいのかなあ。


 刺激してるって言われてしまったし。

 暫くは様子見つつ、距離を量ろう。


 ベッドに仰向けに倒れ込んで、天井を見る。

 運命の鍵の乙女。

 ロゼッタ・セアラ・クラヴィス。


 運命というものがあるとしたら、それは何だと思いますか?


 ゲームのシナリオは固定された運命?

 予め決まった道筋を辿ることが正しいの?

 変えられないもの?


 そうは思わない。

 『私』がここにこうしていることがその証。


 ――だったらいいなあ。


 そう思うのと同時に、酷く不安でもある。


 ゲームのバグのような存在として、『私』は主人公のロゼッタとしてここに居る。


 そのことが世界を崩壊させる綻びになったりしないだろうか。

 千丈の堤も蟻の一穴より崩れる。


 小さな積み重ねが大きな歪みになってしまいはしないだろうか。

 かと言ってゲームのシナリオに沿って進めばセラフィナ様は破滅する。


 やるしかないのだ。結局。


 セラフィナ様の破滅フラグは主にロゼッタに対する悪行だ。

 悪行って、何か嫌な響き。

 シナリオ進行上しかたないんだけどさあ。


 セラフィナ様がロゼッタに対して行う陰謀は多岐に渡る。

 主だったもので、ロゼッタの良くない噂を流す。


 例えばローズガーデン学園で首席なのは裏があるとか。

 卑怯な手で入学したとか。

 アルバート様を騙して王太子妃になろうとしているだとか。


 そしてロゼッタに対する加害。

 階段から突き落とすとか、試験の妨害を企てて毒を盛るとか。


 ……いや、改めて考えると悪役だなあセラフィナ様。


 好きなんですけどね!


 そこまで思い詰めて目の前は真っ暗で、やむにやまれぬ状態での悪行。

 ドレスを破いたり、恥をかかせようとしたり。そういう程度ならどうにでも回避できる。


 そもそもセラフィナ様を思い詰めさせなければいいわけで。


 アルバート様がセラフィナ様の魅力に気付いてくだされば万々歳。

 だけど最初は誤解が重なっているから、それをひとつひとつ解きほぐさなくてはならなくて。


 一途で可愛らしい方なんだけどな。

 思い詰めるとまっしぐらだから。



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