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13.-②

   *


 はあ、と大きな息をついて、その細い腕が、ゆっくりとシーツの上に落ちていく。相手の大きな手が、汗をかいた額についた、やや長めの前髪をかきわける。

 大丈夫? と相手が訊ねる。何が、と―――


 ヘラは、問い返した。


 そしてその一度力を無くして落とした腕を伸ばし、相手の首を抱く。


「そんなふうにな、すぐに離れるってのは、女の子に嫌われるんだよ?」

「だけどあんたは女の子じゃないでしょ」


 やや高めの声が、「総統閣下」であることなど全く意にも介さない様な口調で返す。


「ああ言えばこう言うんだな、この科技庁長官は」

「総統閣下が、そういうこと言うなんて、誰が考えるでしょ」


 よいしょ、とケンネルは相手の腕をていねいに自分の首から外した。


「そもそも、あんたがそうくるとは、俺全く思わなかったもんね。いきなり『暇ならしよう』なんて、誰が?」

「俺のすることに、文句あるの?」

「ありませんね。総統閣下」

「やな感じ。お前テルミンの友人にしちゃ、ひどく性格悪いじゃないの?」

「テルミンは性格がいいでしょうね。俺なんかよりずっと。あんたの事がずっと好きだし」

「判ってる、けどさ」


 よいしょ、とヘラはゆっくりとその場にうつ伏せになる。


「けど、テルミンは俺を抱きたい訳じゃない」


 ふうん? とケンネルは近くに置かれた服の中から煙草を出そうとした。それを見たヘラは吸うなよ、と短く釘を刺す。


「あんたも吸うでしょうに」

「俺もう半分眠いの。寝る時と眠ってる時に吸われるのすごい嫌いなんだよ。だから吸うな」


 へいへい、と肩をすくめ、ケンネルは出しかけた煙草をしまった。


「それで? どうしてそんなこと、判るの?」

「別に、奴が手を貸すと言った時に、奴がそうしたいと言うなら、俺はしても良かった」

「そうなの? テルミンの話じゃ、何か嫌なことはてこでもやらん、って感じだったけど」

「そりゃそうだ。でも生きてく時には別だ」

「それで、ゲオルギイ首相の愛人をしてたんだ」

「よく知ってるじゃないの」

「あいにく、記憶力いいんだ。頭いいの、俺」


 何を言ってる、とヘラは相手の額をべし、と打った。


「でも科技庁長官だもんな。今何進めてるの」

「総統閣下の命令って聞いてるけど?」

「俺が知る訳ないだろ。テルミンはお前に何を依頼したの」

「へえ、奴は言わなかったの? 二つあるんだけど。一つは、クローニング。もう一つは、パンコンガン鉱石のこと。結局やることは、ライに行く前と全然変わってないね」

「へえ、そんなこと昔からやってたの。クローニングって、アレだろ? 人間の複製。そんなことして、何するつもりだった訳?」

「前の首相閣下の時、影武者を作れ、って依頼があったのよ。研究所に。簡単に言ってくれるよね、と思ったけど」

「で、できた訳?」


 肘をついて反り返す様に身体を少し起こしたヘラに対し、ケンネルは首を横に振る。


「そう簡単に出来る訳がないでしょ。一人の人間を作るんだよ? まあ百歩譲って、外見は同じものができたとしても、中身はそうも行かないだろうし。記憶の移し替え、なんて、そう簡単できないし。だいたい『移し替え』たところで、それはおんなじ人間?」

「まあそうだよな」

「俺はだからそっちには熱心じゃなくて。鉱石の方ばかり結局見てる様になっちゃったんだけど。そしたら、ライに送られちゃったんだけどさ」

「……ライか」


 ヘラは、ふと目を伏せた。


「俺も下手すると、行ってたところだ」

「ふうん、そうなの」

「ふうん、で済むあたりが、ケンネルはいいね」

「だってそうでしょ。あんたはここに居るんだし」

「でも、行く可能性はあったよ。そうじゃなきゃ、あの広場で血塗れになって転がっていたか。結局はここに居るのは、お前の言う通りだけどさ。でも、もしかしたら、ライに送られたかもしれない奴ってのが居て」

「ふうん?」

「いつか探そうか、と思ってたら、一斉に脱走したって言うし。もうそれっきり。俺は探すことができない」

「それは、総統閣下の、好きな人だった訳?」

「どうだろ」


 肘を伸ばし、再びその顔はシーツの中に埋まる。


「ライは、どういうとこだった訳? ケンネル」

「どういうとこって――― 寒かったよ」

「どのくらい?」

「めちゃくちゃ。外に出てオシッコしたら、そのまますぐに凍り付いてしまうくらい。吐いた息がそのまま白く粒になって落ちてくくらい。……防寒具無しで放り出されたら、間違い無く死ぬくらい」

「へえ。そういうとこだったんだ」

「そういうとこだよ。あるものと言えば、たくさんの鉱産資源と、パンコンガン鉱石くらいなもので」

「俺結局、パンコンガン鉱石って、どういう価値があるのか、よく判らないんだけどさ」

「でもあの時、あんたは帝都相手に上手くやっていたじゃない」

「あああれは、決まってたんだよ」


 あっさりとヘラは言う。


「俺は、所詮傀儡だ」

「ふうん?」

「ライから脱走した奴のことだって、そうだ。テルミンなら判ると思うけど、俺にはさっぱり判らない」

「だったらテルミンに探させればいいのに」

「誰を、って言う?」

「誰なの?」


 ケンネルは半分伏せたヘラの目をのぞき込むようにして訊ねる。


「俺の、友人」

「友人」

「相棒。俺の、一番楽しかった時期を一緒に過ごした、戦場での相棒だった」

「戦場に、いたの? あんたは? 首府警備隊だったって聞いたよ俺は、テルミンから」

「その前があるんだよ。それはテルミンは言わなかった訳だ? 俺は元々、何ってことないただの兵士に過ぎなかった。ほらあるだろ? 地方の貧乏な子沢山の家の何番目かのガキは兵隊になるって。俺のとこはそう多い訳でもなかったけど、食ってくのに精一杯の場所だったね。おまけに見かけがこれだ。それがましかどうかも判らなかったけど、俺は住んでたとこよりはましか、と志願兵になった。そしたら結構性に合ったようだね。この外見に騙されて、見くびった奴らを俺は蹴散らして行った。それはずいぶん楽しいことだったね」

「へえ。そう言えばあんたがあの首相の暗殺現場で犯人と戦って勝ったんだっけ」

「身体がなまってはいたけど、あの程度なら大したことはないさ。俺はそんな中でやっぱり同じ様に出てきたそいつと出会った。何でかな。そいつも俺も下手にそういう趣味の奴から目をつけられてたからかな。妙に気が合って、一緒に命令違反なんかもして、それで激戦区から生き残ってきたりもした」

「そういうこと、してたんだ」

「してたんだよ。さすがに襲ったら殺すぞとマジで機関銃撃ったら誰も手出さないけどさ」


 くくく、とケンネルはそれを聞いて笑った。


「だけどそんな兵士は、普通の隊じゃ邪魔だ」

「そりゃそうだ。軍隊は上官の命令を厳守。そうしなくちゃ作戦には使えないからね」

「そりゃそうだ。だけどそんなこと言ってたら、身体が幾つあっても足りないさ。俺も相棒も、とにかく生き残ることにだけは貪欲だったね。そんなこんなしているうちに、俺達はあちこちの負け近い激戦区にお客の様に行かされる様になった」

「勝てばよし、負けてもよしってか?」

「そ。やっぱりケンネル、頭いいね。勝っても負けても地獄行き、なんてこと、俺がよく言ってたのもその時分で、俺がそんなこと言うから、相棒は、俺のことをヘルって呼んでた」

「それが本当の名じゃないでしょ」

「本当の名をもじってはあるけどさ。まあどうでもいいさ。あの名前は俺は好きじゃなかった。だからあの呼び名は結構面白いと思ったね。だけどゲオルギイはそれをわざわざ女のものに変えやがった。それで言う訳だ『嫉妬深い女神と同じ名だな』何言ってんだバーカ、って感じだったけどさ」


 ぽりぽり、とケンネルはこめかみをひっかく。


「同じバカでも、相棒のほうが、良かった?」

「当たり前だろ」


 あっさりとヘラは言う。


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