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第51話 聖魔大戦_Ⅸ_奇妙な共闘


 戦いの幕は上がった。

 探偵さんは真っ白なライダースーツに、シルバーのラインが施されている聖典仕様。

 対して私はグレーのライダースーツにそれぞれの神格を模したカラー(私の場合はライトグリーン)が触手のように体に絡みつくような模様であしらわれている。


 対立すればどちらも奇抜な格好でありながら、でも格好良さでは聖典側に軍配が上がるだろうか?


 正義の心が形になったシルエット。

 神格召喚なしでもちょっとカッコいいのはズルいと思う。

 別にクトゥルフさんが格好悪いだなんて思ってないよ?

 ただどうしてもね、幼少の頃に学んだ美学に左右されるだけで。

 うん、まぁそれは一旦置いとくとして。


 問題はつい乗せられて変身してしまった事にある。

 ここでいつもの様に戦えば私が悪者になる流れが見えてくる。


 だって手持ちの札がどう見繕ったって気持ち悪い類だからね。

 テイムエネミーですら恐怖を煽る影や触手の集合体。

 その上古代獣はこんな場所で召喚することすら出来ない。

 しただけでこの場所が崩壊しかねないサイズを誇るのだ。

 召喚条件に見渡せるくらいの平野が付き纏うのは大きなデメリットである。

 あちらでは古代獣の領域がもうそのためだけに用意された空間だったのもあり、活躍の機会は多かったが、こんな人々の住う場所でおいそれと呼び出せるものではない。


 対して向こうはパーツ召喚が可能なトランスポーター。

 メカニックの上位ジョブである。

 今も乗り物のバイクをその場に召喚して見せて乗り込んでいる。まるでこの状況を把握していたかのような準備の良さだ。


 もしかしなくてもすでに状況を見通していたな?


 ただでさえ私は神格を召喚済みである事を探偵さんに秘匿している。

 戦いが始まって今更とは思うけど聖典陣営に情報を明け渡したくないというのもある。

 彼って口が軽いからさ。

 私の情報を鵜呑みにすることはまずないと思うけど、それらのデータは共有してる厄介さを持つんだ。


 誰がどの神格を降ろしているか?

 絞られたら対策を練られるのは時間の問題だ。

 なにせ向こうには攻略クランのトップが参加してる。

 本格的な攻略から足を洗ったとはいえ、ノウハウは一級品。

 むしろこういう場所で役に立つ厄介さを併せ持つ。

 身内だからって彼女は手加減してくれないだろうな。


 なにせ既に二回も撤退させた経歴がある。

 次こそはと息巻いてるだろう。


 じゃあここで変身を解けば?

 一方的に彼らの正義を執行させられるのがオチだ。

 もう対立してしまった関係上、敵意は剥がせないだろう。

 私達のやり方が許せないと、彼の正義がシグナルを鳴らしてしまっている。

 正義執行者のスプンタ君も乗り気で身構えていた。

 アンラ君は、何故か路地の端っこでスズキさんとおしゃべりしていた。被害が届かない場所を陣取ってる辺りで戦いに参加する気はなさそうだ。


 もしかしなくてもうちの幻影と仲良くしてたのは今この時の為だった?

 私から意識を遠ざける事で、サポートをさせないつもりなのか。騙し打ちにも程があるって。

 本当に正義の味方なのか怪しくなってくるな。


 要はどちらにとっても引けない戦いなのだ。

 向こうにとってもこのタイミングで仕掛けてきた理由も気になった。


 まだ何か隠しているな?

 それとも近くに来ている誰か助っ人を頼んでいるか。


 スズキさんに周囲を警戒する様にお願いすると、それを邪魔する様にアンリ君が話題を変えて付き纏う。

 やはり彼女の目的は私の孤立を狙うものだったか。

 幻影が二人というメリットを完全に活かしているな?


 手前にはスプンタ君とバイクに袴る探偵さん。

 二対一じゃ分が悪い。

 ただでさえこちらは能力を秘匿してるのだ。

 対応したらしたで確実に付け入られる。

 彼の視線は私の一挙手一投足に注がれていた。

 注意深く、何かを探るような視線だ。


 なので手持ちの武器で対応する。

 お互いに神格召喚を禁止してレムリアの器を手に持つ。


 が、探偵さんの戦いはこんな狭い路地裏でバイクによる轢き逃げアタックから始まった。

 某マスクドライダーの有名な攻撃手段であるが、あの正義の味方にあるまじき卑怯な攻撃手段を当り前の様に模倣するなんて!

 君には正義の心がないのかと叫び出したい気持ちになる。


 だがそもそもこのバイクの圧迫感すらブラフで、よく見ればそれは開かれた掌のようにバイクの前輪を可変させて迫りくる!

 それがなんとも思い当たる攻撃手段で。


「この! 私のクトゥルフの鷲掴みを真似たつもりですか!?」

「何の何の。この程度で驚いてもらっては困るね。アンラ!」

『はーい!』


 探偵さんの影からにゅるりと現れたアンラ君。


 ただ抱きついてくるだけ。

 けどこのままじゃ私もろとも巻き添えだ。

 そして彼女はスズキさんの足止めも兼ねていて……よく見れば影を通して体の上半身だけが伸びていた。

 それぞれがそれぞれの役割を果たしているのだ。

 それがその子の能力であるように!


「ほらほら、少年。アンラを一人残してショートワープで逃げればいいじゃない」

「チィ、人の嫌がる事を易々と!」


 これで正義の味方と言うんだから詐欺である。

 しかしスプンタ君は悪あってこその正義主義者。

 私が悪であるなら正義は何をしてもいいのだと賛同しているので厄介だった。

 本当に、そんなところをこの人に似なくてもいいのに。


「|◉〻◉)問題ないですよ、ハヤテさん。幻影は丈夫です! ここは僕に任せてください」


 ズサァッと両手を広げていつの間にかサハギンの分体を送り込んできたスズキさんが私の前に立ちはだかり、私の体を突き飛ばす。そして、


「|◎〻◎)ぐえーーーー! 死んだンゴ」

「スズキさーーーん!!」


 断末魔を残してスズキさんの分体が散った!

 いや、まだ息はあるが真っ赤な鯛のボディをピクピクとさせて地面で痙攣している。まさにまな板の上の鯉、ならぬ鯛状態。


 おのれ、探偵さんめぇ!

 私は身を投げ打って助けてくれたスズキさんの仇を取る為に拳を強く握り込んだ。

 そしてもう一方で無傷であるアンラ君を視界に収める。


「やはり、味方にはダメージ発生しない仕掛けでしたか」

「うん、まあそこはね? それより君の幻影、と言うか魚の人。自信満々で前に出てきたけど大丈夫なの?」


 うん、まあやはり私の幻影がスズキさんである事が見破られてしまったか。

 遅かれ早かれではあるが仕方ない。

 まぁ私から白状したようなものだし、うん。

 そして探偵さんの心配をよそに、私の影の中からもう一匹の分体がしゃしゃり出てきて、地に伏したスズキさんを詰った。


「|◉〻◉)ふふふ。所詮あやつ僕の中では最弱。ここから先は僕がお相手しますよ! シュッシュ!」


 バァアーンという効果音付きで堂々とファイティングポーズを取るスズキさん。

 アンラ君を相手取ってる人間モードのルリーエとは別人格であることまでは白状しなくてもいいか。

 余計に頭がこんがらがるだろうし。むしろ気になって私に攻撃する思考を散らしてしまえとすら思った。


「だ、そうです」

「あ、うん。無事ならいいんだけど、ツッコミが追いつかないな」

「私は諦めてますよ。言っても聞かないし」

「それ、保護者としてどうなの?」

「言わないでください。一応気にしてるんですから」

「ふふふ、お互いに苦労しているようだね」

「本当にそうですよ」


 探偵さんの場合はアンラ君がスズキさんのように奔放で困ってるらしい。呼べばやってくるらしいが、スプンタ君ほど物覚えがよくなく、命令は一つ聞けばいい方だと語る。

 どこまでが本当かはわからないが、一つのことさえ忠実に守るのならいいんじゃないの?

 こっちなんて命令無視どころか情報を秘匿して手綱を握れと強要してくるからね。

 そういう意味では頼りになりすぎる人格持ちだよ。

 予想以上に困ったことをしでかしてくれる子でもあるけど。

 例えばこんな……


「「「|◉〻◉)ハヤテさん、今です! 僕が押さえてるうちに!!」」」

「いやいやいや……」


 いつのまにか3体に増殖していたスズキさん姉妹が、探偵さんと二体の幻影を羽交い締めにしていた。


 それを私に自分ごと攻撃しろと言ってくる。

 うん、まあ確かにチャンスだよ?

 体を張ってくれてるのもわかる。

 でもね?


 流石にそれは卑怯の極みというか、誰がどう見ても悪役のやり口である。

 いくら聖典陣営から悪と断じられても、自分からそのように振る舞うのはできるだけしたくないのだ。


 それこそ周囲にあらぬ誤解を生んでしまうよ。

 仕方ないので懐から取り出したハリセンで一人づつ頭を強打させて回った。

 これならギャグで済ませられるだろう。


 向こう側にしてみたら真剣勝負かもしれないけど、こっちは付き合わされてるだけだからね。

 本気で殺し合いなんかはしないよ。

 ただでさえ友達なんだし、こんなイベントで絶交とかそれこそ笑い話だ。


『お前、正義を侮辱するつもりか!? 悪としての矜持はないのか!?』


 スプンタ君は自分のやられ方に納得がいかないというふうに声を荒げた。

 確かにほぼ漫才におけるツッコミの様な攻撃で手傷を負わされたらそう思うかもしれない。

 しかしだね?


「いや、私たちを悪だと決めつけてるのそっちじゃない。あと私の幻影は自由気ままだから私でも制御不能だよ?」

『えっ』

『えっ』


 スズキさんが心外そうにこっちを振り向く。

 良かれと思ってやった事を否定されてショックを受けた。

 そんなリアクションで私に示す。ついにはその場に倒れ伏してしまった。

 戦意喪失と言わんばかりの有り様だ。

 あれ?


「ほらほら、君の幻影はショック受けてるじゃないの。管理不行き届きだよ、少年?」

「私が悪いんですか!?」


 会話と同時に鋭いビームソードで切り結ぶ。

 バイクを失ったからとはいえ、実力でも普通に拮抗するのだからこの人は本当に油断がならない。


 でも、こうやって向かい合って己の切り札を切り合うのを少しづつ楽しいと思えるような気がしてくる。

 まるでそれは幼きあの頃に戻ったような高揚感。


 それぞれの正義で談義するような、それこそ水平線のような意味のない会話を、ライダースーツを通して語り合う。

 同じ趣味同士だから起こりうる、意味のない会話の応酬。

 拳を、武器を交えて正義同士が唸りをあげる。


「やはり予想以上だよ、少年。アタックスキルを取得してないなんて誰もが疑問に思う強さだ」

「それは褒めてるのかな?」


 探偵さんの口ぶりにはいまだに余裕の色が浮かぶ。

 そしてその余裕は現れた影によって導かれた。


 突如私目掛けて放たれる手裏剣。

 ショートワープで回避すれば、肉薄して苦無を逆手で持つライダースーツの人物が一人現れる。

 白を基準に、烈火の如く燃え盛る紅のラインを引くもう一人の聖典陣営。


「遅れたか? ゾロアスター殿」

「いや、時間通りだよ道教さん」

「成る程、援軍か」

「より強大な悪を討ち滅ぼす為に、正義が集結する。熱い展開でしょ?」

「それ、悪に断じられた私にとって不利な奴じゃないですかー」

「正義は勝つ為ならなんでもしていいのさ。コミックにも書かれてるじゃない?」

「そんな一方的な断罪はごめん被るよ! ルリーエ、ひとまず撤退だ」


 いじけてるスズキさんとアンラ君にマークされたルリーエを影に収納して空へ上昇する私。

 しかし一目散に逃走を開始する私に、スピードで圧倒するもう一人のプレイヤーが立ちはだかる!


「逃がすとでも?」

「ですよねー」


 明らかに忍び装束を思わせる外装のライダーは低い声で圧をかけてくる。


「我が名はとろサーモン。主君の名により、そのお命頂戴する! 覚悟!」


 忍者の見た目で食べ物のネーム。

 なのに扱う聖典が道教とかチグハグもいいところだ。


 だがそのプレイスタイルの奇抜さから何をしでかすか予測がつかない。

 口ぶりでは忍者を語るが、探偵さんと同じようにブラフの可能性もありうる。


 少し遅れて探偵さんがアパートの屋上へと辿り着いた。

 わざわざ階段を登ってきたようだ。

 変身を解き、犯人を追い詰めるような演出とともに。


 全くどれだけ私を悪者に仕立て上げたいのだろうか?

 それとも二人なら私に勝てるとでも思っているのか?


 秘匿はしておきたかったが仕方がない……私は少しづつ拡大しつつある海の気配を察知して、そこへ手を伸ばした。

 ここで散るのは眷属達に申し訳が立たない。

 私には、まだやり残したことがたくさんあるんだ。


「──〝領域展開〟──」

「やはり最初の神格召喚者は君だったか、少年」

「ゾロアスター殿?」

「道教さん、ここから先の少年は危険度を5割り増しに見ておいた方がいいよ。特殊能力を解禁してなお、勝ち目があるかどうか……」

「それほどの武芸者、むしろ望むところよ!」


「──〝ルルイエ〟!!」


 根っからのバトルジャンキーのような発言をこぼすとろサーモン氏と、覚悟を決めた探偵さんの声が私の呪文によって上書きされる。


 満たされる海の気配。

 この空域は全て私の支配領域だ。

 広がった視野。すべての物理法則を掌で感じ取る。


「さぁ、我々の戦いを始めよう聖典陣営諸君』

「悪役ロールが上手になってるじゃない、少年?」

「先ほどまでと纏う気配が変わって……本当に同一人物か?」


 どうだろうね?

 君たちが望んだ事じゃないの。

 私が悪役になる事を。

 今更間違っていたと訴えてももう遅いからね?

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