「さぁ、対話を始めよう」
大空の上、空を飛ぶヘビーにぶら下がる形でグラーキを見下ろす。
困惑の表情で鳴き声をあげるグラーキへ、私は攻撃に貫通を付与して行動に移した。
「ヘビー、レーザー攻撃だ」
[キシャァアアアアアアア!!!]
目から放たれたレーザーは、体の回転に合わせてローリングし、グラーキのその体表にしっかりと傷跡を残していく。
その方法に何故と娘が思うだろう。
何せ彼女たちの攻撃は一切通用しなかったのだから。
<<個人チャット>>
シェリル :父さん、どうして父さんだけ攻撃が通じているの?
一時的協力者だから教えてくれとばかりに個人チャットが飛んでくる。
まぁここで秘匿したとしても後々要らぬやっかみを与えるだけで私にとってはなんの得にもならないだろう。
だから私は主語を語らず要点だけを述べていく。
後は彼女次第だ。
私は解明した謎に固執しない主義だから、後はいくらでも検証すればいいさ。
アキカゼ・ハヤテ:それは私が魔導書陣営に与するからだ
君の陣営にだって同じような手段があるのではないか?
例えば陣営同士でやりとりしたステータスだ
あれが怪しいと私は思ってるよ
シェリル :理解したわ
でも内訳は教えてくれないのでしょう?
アキカゼ・ハヤテ:そこは君たちが判断することだ
なにせこちらとそちらでは根本的にステータスが違うからね
シェリル :尤もな意見をどうも
特に感謝を述べるでもなく、一方的にチャットルームが閉じられた。
全く、相変わらずの視野の狭さだ。
だがそれを指摘してやるのも違うだろう。彼女は彼女で仲間の信頼を背負っているのだろうから。
もう少しお父さんにデレてくれてもいいだろうが、それは今更か。
ま、放っておいても彼女ならなんとかするでしょ。
今はこの状況を打破しなければ。
相変わらずヘイトは私に向けられている。
ヘビーの高速移動ですら追撃してくるホーミング性能に舌を打ちながら、既に召喚していたもう一体のペットに命令を仕掛ける。
「山田家、ポイズンブレスだ」
[クルルォオオオオン!]
完全に不意を突かれた形で、グラーキへ猛毒ブレスが浴びせかけられる。
こちらには意識して侵食を仕掛けた。
私はこう思うのだ。
レーザーの特性なら貫通が適している。
そしてブレスのような拡散タイプなら、じわじわと侵食するこちらが最も適しているだろうと。
効果は覿面。グラーキは身を捩りながら猛毒ブレスから逃げ出そうと暴れ出す。
こちらに向けていた棘を引っ込めてまで防御に使う。
そうだよね。それだけ嫌な攻撃だと言うことだ。
なんせ彼はその場から身動きを取る術がないのだから。
まな板の上の鯉故に、彼はまず手足の代わりになる仲間を欲したわけだ。
早速仲間への情報伝達を行う。
<<パーティチャット>>
アキカゼ・ハヤテ:朗報だよ、お二人さん
グラーキには侵食が有効だ
貫通系は少し効きが弱い
全くの無駄とは言わないが、有効打は与えられないだろう
( ゚д゚) :どこからの情報だよ、それ
つかなんの話をしてるかさっぱりなんだが?
アンブロシウス :そうだろうか?
私には今ので彼が何をしでかしたか手にとるように理解したぞ?
相も変わらず面白いことを考える男だ
( ゚д゚) :ま、そうだわな
だが侵食か
俺には相性が悪いな
アキカゼ・ハヤテ:おや残念だ
ならばいつも通りで防衛方面をよろしく
( ゚д゚) :任せとけ
それより先に対話の鍵を探さないとな
アンブロシウス :そちらは私達で請け負おう
( ゚д゚) :ま、俺はどちらでも良いわ
爺さんも囮役頼むな?
相変わらずなぽかーん氏の態度に苦笑いを浮かべつつ、ハンチング帽を被り直す。
グラーキはなぜ突然自らにダメージが入ったかを理解できずに攻撃者であるヘビーと山田家に私に負けないぐらいのヘイトを向ける。目が三つあるから同時に三人までヘイトを向けられるのだろう。だが私がそのまま敵視を放置しておくと思ってるのだろうか?
「送還、ヘビー、山田家。そしてダメ押しの領域展開!」
ダメージを与えて、さらにもう一度試みる。
あの時はまだ向こうに優位性があったが、ダメージを与えた今少しはこちらにも対話出来る権利が得られただろう。
どうせ私には手札なんてそんなに多くないんだ。
ダメでもともと。今回もまたそんなつもりで挑戦している。
が、
<グラーキが抵抗しました>
<抵抗ロール!>
最も数値の高いステータスの提示をしてください。
ここでくるか、抵抗ロール。
そして現れる相手の提示ステータス。
<グラーキ:幻影90>
流石に高い。
しかも私が割り振ってないステータスだ。
だからといって諦める私ではない。
ここは持ちうる中でも高いのを並べてみるか。
そして略奪戦の時と違い、ステータスの割り振りの制限がない。プレイヤーに有利な状況だ。
しかしここは先ほどの戦闘から導き出した答えを割り当てていく。
貫通は、能力を振ってないからもあるが、攻撃もそこまで通用していなかった。
だが侵食の方は相当のダメージソースになった。
数値が100と高いのもあるが、それだけではないのだろう。
だから私は最大値の100である侵食で勝負に出た。
<アキカゼ・ハヤテ:侵食100>
<JUDGE!>
<アキカゼ・ハヤテが判定に勝利しました! 以降ロール判定の度にグラーキに対して先制できる権利を得ました>
やはり通じたか。だが面白いオマケまでついてきた。
全ての判定に先制する。
一見して意味のない効果に思うが、逆に張ることで相手を混乱させることもできるんじゃないかな?
まぁ私は検証ガチ勢じゃないのでそこら辺は娘に譲るが。
<グラーキからの強いヘイトを受けてます。ご注意ください>
先ほどの今で狙いをつけたグラーキ。
だがわずかに早く私の領域展開が完成する。
「少し遅かったね。ここから先は私の庭だ──〝領域展開、ルルイエ〟」
私のいた場所をグラーキから伸びた棘が貫通する。
私の肉体はその場で弾け飛ぶが、大丈夫。
それは本体だが【★ミラージュ】の残機はまだある。
逃げ回っていたのは残機の温存もあるが、被弾をしないに越した事はないからね。
要は貧乏性なのだ、私は。
そしてグラーキが最も油断する隙。
それが獲物を仕留めた時だろう。
突如現れた海の領域。
だがグラーキにとってその場所は慣れ親しんだフィールド。
ただ一つ違うことがあるとすれば、それは私の支配下にあると言うことだ。
「どこ見てるのさ、グラーキ君私はここだよ? 掌握領域、ゾンビ+深海の秘薬」
それはつまりフィールド内の海に触れてる対象全てを好き勝手する権利を得ていると言うことに他ならない。
ゾンビ化してグラーキの眷属になっていた人類は、魚人のゾンビになって私の前でひれ伏した。
一瞬にして勢力図が塗り替えられたグラーキは、まだ仕留めきれてなかったかと身体中の棘を私に向けて一斉に発射した。
それを、待っていたんだ。
「〝クトゥルフの鷲掴み〟。これで邪魔な棘は私の手中に収まった。ようやく腹を割って会話ができるね?」
威圧をかけながら脅迫する。
先ほどまで強気だったグラーキから怯えとも取れる気配が漂った。なんにせよ、こちらに対して意識を変えてくれたのはいいことである。
だがそんな時、シェリル達が割って入った。
『ナイスフォローよ父さん。ここから先は私達が引き受けるわ!』
レーザーソードを構えて、シェリルととろサーモン氏が躍り出た。
ちょっと、いいとこ取りはやめてよ。
その後ろで探偵さんは乗り物を召喚して海に耐性のない聖典プレイヤーを逃している。
確かその乗り物、変形するやつだよね?
中にはド・マリーニの掛け時計付きの機関車まで揃っている。
何か仕掛ける気だな?
私は折角の対話の機会を潰されたことを惜しみつつも、娘達のお手並み拝見と洒落込むことにする。
どちらにせよ、ゾンビ化した魚人達の運用方法を考える必要があるからね。
スズキさんを呼んで作戦会議だ。
先ほどまでの臨戦耐性と違い、今はほのぼのとしている。
「|◉〻◉)ハヤテさん、かっこよかったです!」
「そうかい? お気に召してくれたら何よりだ」
並走しながら街の中に入り、弾むように声をかけてくるスズキさんの顔色を伺った。
「そう言えば九尾くんは?」
「|◉〻◉)あそこで待機してもらってます」
指をさした先、確かにそこには九尾君が寝そべっている。
自分の役目は終わったとばかりに休息モードだ。
「スズキさんは一人でここに?」
「|ー〻ー)ハヤテさんを完璧にサポートできるのは僕だけでしょうからね」
ニコニコと嬉しそうに私に話しかけるスズキさんは先ほどまでのショックなどなかったかのように振る舞っている。
疑いは晴れたかな?
この人はその時その時でリアクションが違うからちょっと面倒なんだよね。
[そこがまた良いのではないか]
はいはい、ご馳走様。
他人の惚気を聞き流し、魚人化したゾンビ達へ意識を向ける。
「で、彼らはどう運用しようか?」
「|◉〻◉)肉盾とかどうでしょう? あんまり命令を聞いてくれそうな知能を持って無さそうですので適役かと」
「君の得意分野だね? その役割を譲ると?」
ぎりぎり内角を攻めてみる。
前回過剰反応されてしまったが、果たしてどう迎え撃つかな?
「|ー〻ー)ええ、僕は懐が大きいので。それに本領は指揮官ですからね。体を張るのは彼らに任せますよ」
「君がそうしたいのなら私は引き止めないけどね? でも出番を奪われたと後から申し出ても受け付けないよ?」
「|◉〻◉)……その時はなんとかします」
出番を逃すと聞いて真っ先に食いつくんだからこの人も生粋の芸人だよね。
まぁ一緒にいて楽しいからいいけどさ。
街から見ても見上げるほどの巨体を誇るグラーキだが、シェリル達の攻撃で再びその巨体を浮かせていた。
「向こうもやるねぇ」
「|◉〻◉)他人事みたいに言ってますけど、討伐されたらまずいのは僕達ですよ?」
「分かってるよ。どちらにせよ、ダメージは通るけどLPゲージが出てきてないのが不気味だ。今はただダメージを蓄積し続けるグラーキ君だけど、窮地に陥れば何をしでかすかわからない」
「|◉〻◉)あれ、それって向こうに問題を押し付けた形じゃ?」
「向こうが自分達から申し出てきた事だよ? 私は向き合おうとしてたのに横取りしたんだから責任は負わないよ」
「|ー〻ー)そう言うところ、すごくハヤテさんっぽいです」
「褒め言葉と受け取っておくよ」
怪獣大決戦をよそに、私はアンブロシウス氏と合流する。
何かヒントでも見つけただろうか?
その手にはいくつかの冊子が握られていた。
「向こうはもう良ろしいのか?」
「娘と交代してきた。後は向こうで受け持ってくれるさ」
「アキカゼ氏は相変わらず身内に甘いな」
「それが私の持ち味でね。それじゃあ早速成果を聞こうか?」
「ふむ、家屋の一つにドーターが反応を示してな。これだ」
「これは……」
「何かの予言書のようだ。主に神話に準ずる魔導書だろう」
「グラーキの黙示録ですか?」
「私も詳しくはわからぬが、その写しか断片だろうな」
冊子をパラパラと捲る。
言語翻訳に反応があったのはムー言語だった。
この手の場合はアトランティス言語が多いのにムーとは珍しい。
そこには特にこれといった情報は載っていなかったが、グラーキに対する文献がいくつかある。
それが召喚、退散の方法である。
今回不確かな形で召喚されてしまったグラーキ。
準備も何もなく呼び出されて不機嫌なグラーキをどうにかして鎮めたいものだと文献を漁っていくが、特にそれらに関する情報は見つからない。
そもそも神格をどうこうしようなんて考えが浮かばないと言うのもあるかもしれないね。
会話ができないから、と言うのもある。
もったいないなぁ、非常に勿体無い。
コンタクトの取りようはいくらでもあるのに、これを記した人物はそこにまで至らなかったのだ。
だが私ならそれが可能だ。
先ほどは邪魔されてしまったが、何処かで決着をつけたいところである。
「( ゚д゚)おう爺さん、こっち来てたか」
「やぁぽかーん氏。君は向こうのお守りはもう良いの?」
「( ゚д゚)なんで俺がわざわざ向こうの手助けをしてやらなきゃならないんだ? 守るのはあくまでも爺さんとそこの魚の人ぐらいだぞ?」
「|◉〻◉)え、僕守ってもらってませんよ?」
「と、ご本人は言ってるけど?」
「マスター頑張ってた。でも張った結界に攻撃が飛んでこない。だからスズキは気づかなかった!」
スズキさんの言い分にサイクラノーシュ君が食いついた。
「( ゚д゚)言わせとけよサイ。俺は別に気にしちゃいねぇよ」
「でもマスター……」
「取り敢えずスズキさん、ぽかーん氏の頑張りに敬意を払ってあげたら?」
「|◉〻◉)そうですね。サイちゃんごめんね? モヒカンの人ありがとう」
ペコリと頭を下げる。
勢いで背鰭が伸びてぽかーん氏にぶつかったが、本人は涼しい顔して受け止めてた。
流石防御特化だね。びくともしてない。
不意打ちの攻撃にも関わらず涼しい顔して受け止められたもんだからスズキさんは悔しそうにしてた。
なんでそうやってなんでもギャグにしたがるのかそれがわからない。
彼女が前に出てくるとどんどん話が明後日の方向に飛んでいくから困りものだ。
そして何故か私が責められるまでがセットになっている。
飼い主の管理不行き届きと詰られるけど、私の管理下にないよ、この人は。
多分クトゥルフさんですら持て余してるんじゃない?
[ふむ、言い得て妙だな。だが的を得ている]
ほら、当たってた。
それた話を本筋に戻しつつ、私は流し見た冊子をぽかーん氏に手渡した。
「それで、アンブロシウス氏が見つけてくれた文献がこちらだ」
「( ゚д゚)原文渡されても読めねぇ……って、あん? ムー言語じゃねぇか。これならまだ翻訳できるな。でも有用っぽそうな情報はねーな」
「そうなんですよね。だから困ってまして」
「( ゚д゚)考え込むなんて爺さんらしくねーな?」
「ひどい言いがかりだ。私だって思う悩むことはあるよ?」
そう言っても何故かみんな信じてくれないんだよね。
なんでだろうか?
スズキさんが何か言いたげにウズウズしてる。
きっと私が求めてない答えを言う気だな?
そうはさせじと私が先に言葉を発する。
柏手を打ち、意識をこちらに向けた。
「なんにせよ、行動あるのみだ。なにせ私達には時間が残されてないんだからね?」
くま君の行方も気になるし、あまりグラーキに関わりすぎるのも得策ではない気もする。
なんせ私達はまだこのイベントの趣旨を理解していないのだ。
開示された情報がブラフの可能性だってある。
なにせここはドリームランド。想定した難易度より些か緩く感じるほどの状況に私はどこか不満を感じていたのかもしれない。
いや、十分にひどい目にはあってるんだけどさ?
でももっと酷い状況に陥るからと身構えてたから肩透かしを食らったような気分だった。