「やった、やりましたよ!」
「|◉〻◉)おめでとう弟弟子よ。よくやりましたね。姉弟子は嬉しいです」
しろろん氏とスズキさんが抱き合っている。
一目見て感動の一コマのように見える風景。
実際にはスズキさんは黙って見守っていただけでなにもしていない。
彼女は泳げて当たり前の存在なので泳げない相手の気持ちがわからなかった。
それをなんとか地上で生活するときの苦しさと同じだと説得し、何度も溺れたのを補佐しながら今に至る。
初めは息継ぎから。
次に手足の動かし方。
特に足は水を足場に見立てて蹴り出すような実演を重ねてなんとかモノになった。
やはり克服の鍵になったのは『低酸素内活動』。
私の時と同じように、続けていけば『水中内活動』が生えるのは時間の問題か。
一時的に平泳ぎとクロールを物にしたしろろん氏は、前を行くスズキさんの泳ぎ方に着目する。
ハーフマリナーとは違うサハギン独特の泳法に目がいくあたり、やはり彼は私と同じ人間のようだ。
一度前に進む為の欲が強まれば、何でもかんでもほしくなってしまう。今の彼ならちょっとやそっとの苦労など物の数ではないだろう。
「姉弟子!」
「|◉〻◉)なんです? 弟弟子よ」
「僕にも姉弟子のような泳ぎ方はできるでしょうか?」
「|◉〻◉)ふふふ。勿論ですよ。聞かれたのはハヤテさん以来ですね。僕の泳ぎに興味がありますか?」
「アキカゼ師匠も姉弟子の泳法を?」
「うん。彼女の水中内での速度が次のクエストの制限時間を乗り越えるための鍵でね? ネタバレしちゃうとここよりも水面が高く、なおかつ奥行きが段違いに深いんだ。クエスト難易度も跳ね上がってね。私はそこで自分の能力の低さを思い知らされたよ」
「それでもアキカゼ師匠は派生スキル3個以内で突破した?」
「うん。突破した頃には色々生えてたけどね」
「ますます興味が湧きました! ぜひその泳法を取得したいと思います」
「|◉〻◉)そう言えばそんなこともありましたね。ハヤテさんはガンガン先に行くからすぐに置いていかれちゃうんですよね。僕、陸上は苦手なのに追いつくためにいっぱい努力を重ねたんですよ?」
「おかげで今は空陸海が自在じゃない。これも努力の賜物だ。同胞からも誇らしく思われてるんじゃないの?」
「|◉〻◉)まぁ努力あっての賜物ですがね」
「さすが姉弟子です! 魚人の身でありながら地上も難なく歩けていたのはそういう苦難を乗り越えていたからなんですね?」
「ちなみに彼女は自らを仮死状態に追い込むことで灼熱地獄の中でも生き延びる耐性を獲得してる」
「えっ?」
「|ー〻ー)僕の中でそれは干物モードって呼んでます。まぁ一切身動きはできないんでお荷物ですけどね。残機を減らさずに前に進むための犠牲というか今はその話いいじゃないですか!」
おっと、彼女的には触れてほしくない話題だったか。
それでも乗り越えるための努力の仕方はしろろん氏に大きな影響を与えたはずだ。
なんせ魚人は水中特化。
だというのに地上に上がって空まで泳ぎ、且つ死と隣り合わせの灼熱地獄までに対応するその姿勢。
しろろん氏が今まで足がないからと寝たきりに生活を余儀なくされた人生を否定するかのような研鑽の数々が、更にしろろん氏を前のめりにさせる。
この場合成し遂げたのが私だと『出来が違うから』だと諦めてしまう人が多い中、彼は姉弟子という存在を見つけることで新しい一歩を踏み出したのだ。
私は彼に辿った足跡を教えつつ、しかしコツらしきコツは教えず彼の気づきによって欲しい能力を伸ばしていく。
そこには私では気づかない着眼点もあるからだ。
私と違って日常的に歩き回れない彼だからこそ気が付ける欲望。それが派生スキルという形となって彼の前に現れた。
その中にはスズキさんだけではなく、私への憧れも含まれていると嬉しいね。
「アキカゼ師匠! スキルが生えました」
「へぇ、どんなのだろう?」
「|◉〻◉)気になりますねぇ。どんなのを覚えたんです?」
「これです『水中内生活』」
「私が持ってるスキルとは違うね」
「|◉〻◉)やはり種族の違いが関係してるんじゃ?」
「かもしれないね?」
「僕が安易にハーフマリナーを選んでしまったのが原因ですか……」
「いや、別に私の模倣をする必要はないんだからこれはこれで良いんだよ。私のファンを名乗る人はね、形から入ろうとする人が多すぎる。君はそうではないだろう? 私とは違う人間なのだから。それに全く同じスキルを持っていたからといって同じ派生スキルが生えてくるわけじゃない。辿る経験だって一つじゃないように君には君にしかできない冒険が用意されている。それはもうわかったでしょ?」
「さすが師匠です! より精進を積みたいと思います!」
うん、まっすぐな良い子だ。
うちの娘たちもこれぐらいまっすぐだったら良いんだけどね。
いや、それを責めるのはお門違いか。
彼女達は私が構いすぎないことによって真っ直ぐに育ちきらなかった。
しろろん氏がこうまで真っ直ぐなのはもしかしたら親御さんが真っ直ぐな人間だったのかもしれない。
見習うべきは私の方だな。
それからしろろん氏への指導は続き、ようやく水中内での生活はだいぶ慣れ親しんだようである。
食事も水中内で取ったし、武器の扱いもお手の物。
彼の手にはヨーヨーが握られており、それを水中内で巧みに操っていた。
そのうちその武器を自在に操る彼の姿が見れそうだ。
そんな過程を得ながら再度クエストを受け直す。
1回目は修行を兼ねていたので次には進まず、水中活動を物にしてから二つ目をクリア、三つ目に繋げる。
「このフィールド、思っていた以上に水圧が強いですね」
「だよねぇ」
「|◉〻◉)ハヤテさん本当にそう思ってます?」
「いや、今はそんなに。でもここにきた当初はそれで大変な目にあった。それを思い出していたんだよ。それよりも時間ないよ? 急ごう」
「はい!」
フィールドが大きくなってもやることは変わらない。
水流操作で少し水圧をカバーしつつ、ゴミをポイント化していく。しろろん氏も今や戦力なので彼の働きも時間短縮の鍵になっていた。
「これでラスト!」
伸ばしたヨーヨーがゴミを巻き取ってポイント化する。
ヨーヨーという武器は手の入っていかない場所でもするすると入っていくから案外役に立つアイテムのようだ。
何よりも狙った場所にそれを届かせるしろろん氏の技量もすごい。
って言うか、その武器どこで手に入れたんだろう?
それを尋ねると、
「これですか? 知り合いに貰ったんですよ。でも妙に誰にもらったか覚えてなくてですね」
あ、うん。誰にもらったかピンときたぞ?
まず間違いなくあの人だろう。
私にブーメランに変質するカメラを渡してきたあの人。
微妙に誰か思い出せないんだよねぇ。
だからそれもきっとライダーにしか扱えぬ武器だろうと思う。
なんでまたこんな変なアイテムばかり持ってくるんだろうかあの人は。
私は腕に巻き付けてあるリングを眼前に投影し、特定の神格を呼び出した。
現れ出でるナイアルラトホテプ。
人の姿を模している、と言うより色違いの私がそこに佇んでいた。
[何用か、アキカゼ・ハヤテ]
「なーに神話武器をばら撒いてるんですか、貴方は!」
[なんでも何も、それが我の役目ぞ? 我が父から頼まれておるのだ。適応者をこちらに回せと]
ふむ? 父ということはアザトースさんかな?
あの人の命令で動いているのか。
にしたって彼からは真意らしいものが読み取れない。
「あの、師匠! そちらの方は?」
「私の弟だ」
「|◉〻◉)ぷーくすくす」
「姉弟子は笑っておられるようですが?」
[………]
「それとも2Pカラーの方が良かった? まぁなんであれ私に敵対できない存在だと覚えておけば良いよ」
[人間め、覚えておれよ]
「よくわかりませんが貴方が僕にこれを渡してくれた人でしょうか? とても扱いやすく感謝しています。改めてお名前を伺ってもよろしいですか?」
[我の名を聞いてどうする?]
「どうもしません。ただ両親からよくしてもらったなら同じことを返せと教わっただけです」
[ならば早くドリームランドに適応できるよう精進しろ。我が望むのはそれくらいよ]
それだけ言うとナイアルラトホテプはさっさと帰ってしまった。スズキさんが私の前に投影された窓をガチャガチャ揺らしている。
するともう一度ナイアルラトホテプが現れた。
先ほどよりも額に青筋を立てているのが見て取れる。
先ほど呼んだのにまだ用があるのかとその顔は言いたげだった。
[まだ我に何か用か?]
「私は特に何も。聞きたいことも聞けたのでもう帰って良いですよ」
[ならばなぜ呼んだ!]
先ほどよりも勢いよく窓が閉まり、もう今日は呼ぶな!とばかりに投影された窓が霧散した。
「スズキさん、何やってるんですか?」
「|◉〻◉)嫌がらせです。僕とあの人相性悪いんで」
「神格に喧嘩売るとか何考えてるんですか」
「それくらいじゃないとやっていけないという教えですね、姉弟子!」
「|◉〻◉)フハハ、弟弟子にはわかってしまうかね?」
何故かスズキさんがドヤる。
それを囃し立てるしろろん氏。
そんな寸劇をやってるからタイムアップが来ちゃったじゃない。
それでも巻き返しは早かった。
ヨーヨーが神格武器だとわかれば扱いは手に馴染むようにスムーズに。
私のカメラがそれならしろろん氏に取ってはヨーヨーがそれにあたるのだろう。
するするとチェーンクエストを芋づる式に引っ張り上げ、私たちはついに最終地点へと辿り着く。
思えば古代とのつながりはここがスタート地点だったか。
ゴミ捨てをささっと終わらせ、報酬を獲得。
黄金郷の書庫へと続く鍵を獲得して断片を取得した。
普通のライダーにしてみたらたった一枚の断片かもしれないが、ここに至るまでにしろろん氏が獲得したスキルがしれだ上ではないと暗に示している。
だから感慨も深く、断片すらも愛おしく抱きとめていた。
まだルルイエ異本としてのページ数も少ないのか幻影が姿を表す様子は見せないが、それでも。
しろろん氏はプレイヤーとして大きな一歩を踏み出していたと私は感じ取っていた。
あの頃の私と同じように、目に見えない謎に夢中になっている。
そんな懐かしい表情をしていた。