あれからリフトボードを浮きがわりにして釣り糸をくっつけて釣り感覚で様子を見ている。
スズキさんがまたその前に聖獣が釣れるかもしれないからと浮くコタツを何故かもう一つ用意して浮かせていた。
私たちの方のコタツは埋まってしまったからね。
こういう配慮は気づくのに、私が答えて欲しいことは一切答えてくれないのはどういうことなんだろうね?
:なんだ、このシュールな光景
:コタツがもう一つのコタツにリードで繋がれてるもんな
:一人釣りしてる人いますけど
:本来、釣られる側なんだよなぁ
[これで少しは我の仕事も楽になるな]
[ふぅむ。あの程度の小物相手に苦戦とは、ナイアルラトホテプも落ちたものだな?]
:あ、クトゥルフ様それガソリン
:初手煽りはアキカゼさん譲りかな?
[ほう、言うではないかクトゥルフめ。ならば次はお手並み拝見と行こうか?]
あーあ、簡単に釣られるなんてナイアルラトホテプらしくない。この人はもっと余裕を持って周囲に悪意を振り撒くものだと思っていたけど、案外同格相手だとムキになりやすいのだろうか?
そんなところまで私と探偵さんに似なくたって良いのにね。
[望むところだ。アキカゼ・ハヤテ、次は余につなぐよう頼むぞ?]
「そんなムキになってやる事でもないでしょうに。ね、スズキさん?」
「|◉〻◉)えっ?」
俄然やる気になってるスズキさんが私の方へ振り返った。
むしろなぜクトゥルフ陣営である私がこの挑戦を受け取らないのか心底不思議だと言わんばかりの顔である。
「何でもないです。次釣れたらクトゥルフさんに渡せばいいんですね? じゃあスズキさんは聖獣の確保を頼みますね?」
「|◉〻◉)>ラジャーです」
何やら闘牛士のように赤いコタツ布団の裾を掴んでバッサバッサと開け閉めしながらその時を待つスズキさん。
その姿にツッコミどころ満載だけど、見てて面白いからいいか。
私は掌握領域でコタツにくっつけた釣竿の様子を見ながらコメントを閲覧した。
そこに少し毛色の違うコメントを発見する。
<個人コール>
:あ、お義父さん。今ナイアルラトホテプさんお借りしてもよろしいですか?
この聞き方はもりもりハンバーグ君かな?
彼なら輝くトラペゾヘドロンを持っているからいつでもナイアルラトホテプを召喚可能だ。
でも現在私が召喚中だからわざわざこうやってコメントに書き込んでお伺いを立てているのだ。
配信する場合はイ=スの民による改造が必要だけど、その配信を見るだけなら銀の鍵さえあれば大丈夫なようだ。
「大丈夫だよ。こちらの配信がそっちでも見れるのなら、そっちで見ればいいし。どのみち私が居ないと例の勝負はできないからね」
:ありがとうございます。実はヨグ=ソトースさんと面会するのに道案内を兼ねて地元の道を聞こうと思いまして
もりもりハンバーグ君はナイアルラトホテプをそう使うか!
確かにナイアルラトホテプはこの世界で活動してるし地理に詳しそうだ。
けどそれはそれとしてナイアルラトホテプがその条件を飲むかは全く別のこと。
それとも何かうまく丸め込む言葉を持っているのだろうか?
貸し出すのは吝かではないが、受けるかどうかはナイアルラトホテプ次第のところもある。
なんせ彼は気難しいからね。本来ならお助けNPCとは程遠い存在だ。今回はうまいこと召喚する道具を得たが、もりもりハンバーグ君の返答に期待だ。
[なに? 我に案内人をせよと申すか? 不敬だぞ人類めが]
やっぱりそう受け取るよね。
:それは残念です。偉大なるヨグ=ソトース様の存在すら感知できない小物だとは思いも致しませんでした。すみませんお義父さん、今回のお話は無かったことにしてもらって良いでしょうか? これなら僕一人で探したほうが良さそうだ
あ、またそんな煽るようなセリフを。
しかし今までの配信を見ていたのならそこがプライドの突きどころと察したか。良いセンをついている。
ナイアルラトホテプのこめかみがピクピクしてるのが証拠だね。
[ほう、いい度胸だな人類め。アキカゼ・ハヤテにも至らぬ弱者が、我を小物と貶すか?]
:あ、これガソリン
:燃えやすい性格してるからしゃーない
[不敬だぞ、人類?]
:ぐえーー死んだンゴーー
:死に際の声が毎回一緒なのなに?
:多分コメントがこれで固定されてるっぽい
「|◉〻◉)僕が制御してます」
:魚の人ぉ!?
:また一つ謎が解明されたか
:より深まったの間違いじゃない?
:俗世に毒されやがって
:もりもりハンバーグ氏は平気なの?
:あいにくと畏怖耐性があるので怖くもなんともないですね
:強い
:腐っても前回クリア者だもんな。ニャル様にも強気で草
[ふん、どうも我を舐めてる存在が多く居るようだ。クトゥルフよ、この勝負しばし預けるぞ]
[ああ、どうせ我らの時間は長い。100年でも200年でも待つから先に用を済ませてくるが良い]
:クトゥルフ様カッケー
:さすが世界に君臨してる神様なだけあるぜ!
[ぐぬぬ、我に対する当たりがキツイぞ、人類の癖に]
:俺らハーフマリナーなんで。クトゥルフ様を立てるのは当たり前って言うか
:最初っからこの配信見れる時点で何らかの奉仕種族な件
:信仰して欲しかったらプレイヤーの種族にムーンビーストやシャッガイの民を追加してどうぞ
:初手SAN値チェックはやめろ!
:ニャル様が気軽に召喚できるゲームやぞ? インスマスの民が普通に選択できるのに今更でしょwww
[待っておれ! 我の魔導書が実装されたらすぐにその世界も支配してやるからな!]
:悲報、ニャル様の魔導書が未実装な件
:草
:それ以上言っちゃ可哀想だよ
:まず勝負の舞台に立つところから始めんと
:片やアイテム扱いやしな
そんなこんなで煽られるようにナイアルラトホテプはもりもりハンバーグ君のところへ行った。
騒がしい隣人がいなくなった事でこの旅路もずいぶん静かになったものだ。
「|◉〻◉)?」
静かになったのは気のせいだったようだ。
待ち侘びたようにスタンバイしていたスズキさんがナイアルラトホテプの座っていた場所に塩を盛った。
そんなので退散させられるかはわからないが、帰ってきた時に座りが悪いので嫌がらせとしての効果は覿面だろう。
ようやく邪魔者がさったとばかりにスズキさんはクトゥルフさんと隣同士になっていちゃついている。
コメントでは茶柱が後添えのお茶で賑わっている。
「おっ、竿が引いてますね。聖獣の方はどうでしょうか?」
「|◉〻◉)んーーーー」
今は森を超えて草原を滑るように進んでいる。
スズキさんは口からリリーの顔を出して額に手を添えて地平線を見つめていた。
:魚モードの時、目が悪いんか?
:お前魚眼レンズで望遠できるか? 俺はできん
:確かに見えねーわ。海の中なら見えるのに、不思議
:リリーちゃんモードに戻れば良いのに魚の方が実は楽なの?
「|◉〻◉)こっちが本来の僕だよ?」
:本来の姿とは一体
:幻影全否定で草
:本来はルルイエでは?
:口の中から本体見えてますよ?
「|◉〻◉)中に人などいません!」
:人ですらないんだよなぁ
:それより釣果は?
:そうだった。竿引いてるんじゃん
:コタツが連なって竿に引っ張られてる姿が……
「聖獣は出てきませんね」
:コタツ待機が仇になったか
:聖獣つっても動物タイプってわけでもないでそ?
:そういや妖精なんかもその類か
:妖精も聖獣? 意味がわからんぞ
:むしろ聖典連中が公開すべき情報を率先して魔導書陣営のアキカゼさんがバンバン抜いてるのが問題なんやで?
「まぁね。本当なら放っておいても良いけど、特にアテもないからね。ヨグ=ソトース様との件もある一方で今の私にこれといった目的もないんだよ。偶然に偶然が重なった結果、今こうして釣りをしてる感じだね」
:スーパーセーブなんだよなぁ
:むしろ第二次聖魔大戦の正式参加者でもないのに快進撃を繰り広げてる件
:途中で一名の被害者が出てるんやで?
:とろサーモンくん可哀想
:シェリルに報告してるって話は?
:ほぼ一人で聖典の上位勢の足止めしてるのは草
:絵面はシュールなのにな
:ほんとそれ
:全部偶然扱いしてるのはこの人ならではだよな
コメントは無視してリールを引くとタモを持ったスズキさんが身構える。
コメント欄では:立場が逆だろと総突っ込みを受けつつも本人は本気だからまたシュールだ。
ちなみにリールを巻いても領域展開中の私達がその境界に近づくことができないまま、なぜか同じところをぐるぐると回る羽目になる。
明らかにここから先にその結界があるのだとわかるが、一度霊樹が燃やされた件もあってピリピリしてるのかガードが硬めだった。
:釣り人が振り回されてる件
:それよりこの糸強すぎない?
:普通ならキレてもおかしくないやろ
「一度掌握領域で取り込んでますからね。クトゥルフさんの力が働いてるうちは切れませんよ。しかしこちらから手が打てないのも確かです。なので別のアプローチで攻めましょう」
:そう言いながら取り出されるカメラ
:いつものスタイルですね
:そして見慣れた写真撮影
:普通ならなんも起きないけど、ここから……
:そうそうここから
「あ、情報抜いた」
:草
:いつものやつ
:実家のような安心感ですね
抜いた情報は以下の通り。
聖典陣営でない限りここから先に入場許可されない。
つまり見つけた時点で勝ち組なのだろう。
前の霊樹を燃やしてしまった件もあるシェリルに所在地情報を送っておこう。
<陣営チャット>
アキカゼ・ハヤテ:霊樹の情報はスクリーンショットで抜けるよ。あと聖典陣営の武器を浮くタイプのアイテムに括り付けて、放っておくと引っ張られるからそれ目安にして
シェリル :情報が多過ぎるわ。でもありがとう、役立たせてもらうわね
いつになく素直に受け取ったシェリル。
とろサーモン氏から何か聞いたのかな?
取り敢えず燃やした件はお咎めなしになったようで安心した。
シェリル:でも霊樹を燃やした件は後で追及するからよろしくね?
あ、許してくれてなかった。
まぁそれが普通だよねと開き直り、個人チャットを切る。
繋げっぱなしだと余計な発言を拾いかねないし。
「さぁ、時間もいい感じなので今日の配信はここら辺にしようか」
:え、もうおしまい?
:これ以上暴れたら所在バレるやろうし残当
:あー、大会参加者に突撃されると面倒だもんな
:すでに相当引っ掻き回してる件
:腐っても大会にエントリーした手合いがアキカゼさん頼るか?
:前回参照
:めちゃくちゃアテにされてたな
:とろサーモンに捕捉されてますもんね
「|◉〻◉)えー、僕聖獣捕獲する準備してましたのにー」
「そのタモで?」
「|◉〻◉)はい」
せいぜい入っても小魚程度の網を中腰で用意するスズキさん。
彼女から見て聖獣が何に見えてるのか謎だ。
さっきと同様に子猫のパターンもあると言うのに、釣竿に合わせて手網を用意する当たり視聴者受けを狙ってのものなのだろう。
お陰で今回も楽しい放送に出来たので彼女の活躍に感謝かな?
配信を切り、銀の鍵を使って元の世界に帰還した。
[お早いおかえりで、配信の方はどうであったか?]
開口一番イ=スの民が首尾を聞いてくる。
特に不具合らしい不具合もなかったよと伝えると触腕をくねらせながらほっとした様子で安堵していた。
やっぱりあれ、壊れた反応だったんじゃないの?
喉元まで出かけた言葉を飲み込みつつ、昼ごはんを食べに一度ログアウトする事にした。