クラメンを誘ってアイドル活動を始めて約一ヶ月の時が経過する。
配信をしてる時は日が経つのが遅く感じたけど、プロデュース業を生業にするとあれこれ考えることが増えて逆に時間に忙殺された。
クラン内では最早格付けが決定したかの如く優劣さが生まれているが、実際のところは順位にそこまでの差はなかったりする。
しかしその緊迫した空気も、高めた幻影と神格との絆によって程なくお迎えが来る事であっさり終了を迎える。
「アナタ、私もとうとうエントリーされてしまったわ」
「そうかい、いよいよだね?」
むしろ今までお呼ばれされないのが不思議なくらい神格を用いたパフォーマンスを実演してきていた妻。
なんだったらうちのスズキさんの次くらいに信仰値を荒稼ぎしている。お声がかかるの遅くない?
「私が何処までやれるかは分からないけど、精々足掻いてやるわ」
「私も手伝いたいところだけど……」
「流石にそればかりは他の参加者に悪いわ。リアルで夫婦だからって、あなたの恩恵に預かっては成長しないもの。それとも私がその事で後ろ指さされても良いの?」
「いや、辞めておくよ。実際のところ何も心配はしてないけどね」
「あら、どうして?」
不思議そうな顔をする彼女。
気づいてないのは本人だけか。
私に語りかけるクトゥルフさんの信頼値が彼女にも限界突破しているように感じるんだよ。
既に神格召喚を何度も成し遂げてるし、幻影の総司とも信頼を勝ち取っている。
私が古代獣の眷属化で成し遂げた侵食値の増加もせずに、彼女はその域へと至っていた。
アイドル活動のみによって、その高いプロデュース力を発揮したのだ。
「それを教えちゃうと面白くないから黙ってようかな。せいぜい楽しんでおいで。他の神格もクトゥルフさんとそう変わらないよ。素直になれない意固地な子供、そう接すると意外と見える世界は変わるものだ」
「それが攻略法なのね?」
「うん、殆ど正気度を減退させる要素は受け入れ難い見た目からきている。クトゥルフさんを『優しい旦那さん』扱い出来る君ならば、苦労はないはずだよ」
「それって褒めてるの? もしかして拗ねてる?」
バレたか。
実の夫を差し置いてクトゥルフさんの話ばかり持ち上げられたら嫉妬くらいするものだ。
が、彼女の言い分は私と競い合わせるものではなく、純粋に総司君を実の子として見た場合の事。
クトゥルフさんを父とした場合、自分の立ち位置を母としたら自ずとそう言う考えに至ったのだろう。
男と思考が違うからそう考えるのだろうか?
シェリルも案外そうだったりするのかな?
うちのスズキさん、もといルリーエはクトゥルフさんを夫として見てる謂わば夫婦の関係だ。
男性プレイヤーで既婚者は自分の立ち位置を神格であるクトゥルフさんに重ねて見てしまうため、深い同情を得るが、女性プレイヤーの場合は逆らしい。
こんな形で接点が持てるのも新しい発見だろう。
控え室兼クランルームは今日もライブ上がりのアイドル達がプレイヤーと共に本日の仕上がりを褒めあった。
中には指摘する点もあるが、実際にプレイヤーが表に立つことはないため歯痒い思いをしてる者も多い。
何処の双子の幻影とかは言わないけど、信仰値とかランキングとか地に落ちてるからね。
「そこぉ! 今僕たちのスタイルを馬鹿にしたな!?」
「開口一番言いがかりは辞めてよね、探偵さん。アウェイの中ではよくやってる方だと思うよ?」
「|◉〻◉)悔しかったら過去改変してきてどうぞ」
「ぐぬぬぬぬぬ!」
「マスター、落ち着け」
「マスター、おもしろーい」
この性格の異なる双子の幻影は、ものの見事に歌うときの個性が変わる。
アイドルプロデュースをする上でその個性は大きな縛りになっていた。
そもそも彼は面白いからとこの企画に参加しているが、その神格が面白がっているかは不明である。
なんせ人類至上主義の正義執行者。
人類の敵対者(見た目が相容れない)の群がるステージで焼き払いたい気持ちを抑えてのアイドル活動。
ストレスの上昇値が限界突破してるのは目に見えている。
どうやって息抜きしているのやら。そっちの手腕の方を尋ねたいものだ。
「おやおや、下位に居るものは喧嘩なんかに現を抜かして随分と余裕だね」
「サブマスターもずいぶん言うようになったよね?」
「君だって理解してるでしょ? 今やこのホームスポットは魔導書陣営の拠点。上に行くためには聖典陣営のスポットを構える必要があると。もちろん、あくまでランキングを覆すならばの話だ。なぁ、カーシャ?」
「かいちょうのおっしゃるとおりだわ。そこのふたりはきょうちょうせいがだいじ。でものびしろはある。ぷろでゅーさーがかわればいいところまでいけそう」
「ほう、カーシャはそう捉えるか。僕は思い付かなかった。日に日にカーシャは賢くなるなぁ。僕もうかうかしてられないぞぉ」
自分の幻影の成長に浮かれるジキンさん。
幻影のカーシャ君もまた褒められたことに慢心せず、自身のスペックを何処まで伸ばせるかの成長を楽しんでいた。
「その前に神格召喚しとかないと」
「ああ、あったね。そんなコンテンツ」
「サブマスター、このプロデュースがなんのために行われてるか本題を忘れてたな?」
「いや、正直僕もここまでのめり込むとは思わなくて。年甲斐もなくはしゃいでいるよ。リアルに帰ってからもやろうかなぁ、そっちの仕事」
「金狼君が泣くから辞めてあげなさい」
「あの子は関係ないでしょう」
「実際に関係なくても、それで成功されたら実績が積み上がるでしょう? 背を負う側としたらまた突き放されるわけです。その気持ちを汲み取りなさいと言ってるの」
「それを君が言う? オクト氏、もりもりハンバーグ氏、シェリル氏がどれだけ辛酸を舐めてきたか知らないでしょ?」
ジキンさんの一転攻勢に私は視線を逸らした。
ともかく、こっちの仕事とリアルを混同しないように。
私はリアルに帰ったらただの爺だからそこまで他人に影響力ないけど、この人は会社のトップに未だ君臨してるから立場が違うと言うのに。
それを言ったらダグラスさんなんかもそうだけど。
あれ? 探偵さんもそうだぞ?
なんか急に私の肩身が狭くなってきた。
それはさておき、今はイベントの話である。
「ジキンさんはいい加減カーシャ君と次のステップに進むべきですよ。探偵さんは別ブランドを立ち上げてもいいと思います。あ、機関車は貸してください」
「君、たまに僕を便利な駒扱いするよね。まぁいいけど」
「何を言ってるんですか。お互い様でしょ?」
そう言う君こそ私を風除けにして、裏でこっそり計画を進行してるじゃないですか。
私が掲示板を覗かないと思って油断してたでしょ。
ついてはいけないけどこっそり見てるんだからね?
「それよりも私はアイドルプロデュース業を一足お先に抜けさせてもらうことになったわ」
「おや、どうして?」
「強力なライバルの椅子が一つ開くと喜ぶべきか、悲しむべきか」
「アキエさん、聖魔大戦にエントリーされたそうなんだ」
「ああ、おめでとう……でいいのかな?」
「結果的にはおめでとうでいいと思うよ。神格召喚も出来てるし、なんだったらそれで認知度も上がったし」
「僕はそれをしたら暴走しそうだからいまだに叶わずだけど」
探偵さんは項垂れる。
神格召喚なんてしたら文字通り観客を焼き払いそうだもんね、アフラ・マズダーさん。
「やっぱり新ブランド立ち上げた方がいいって。数少ない信者(ファン)を大事にしなよ」
「数少ないって言わないでくれる? いや、実際少ないけど。アキエさんの登場でまた人類種がハーフマリナーに転化したし、どうにかして人類増やしたいんだけどね……」
探偵さんの視線が主なしでも顕現化してる幻影に注がれる。
そこに居るのはアイドル衣装に袖を通した涅槃君だ。
カーシャ君プロデュースで清楚さを売りにしているが、異色の双子とどんぐりの背比べの成績。
実際何人かは正気に戻って人類の獲得に成功してるが、妻が次々と狂信者化させてるので焼け石に水だった。
「いっそ新ブランド立ち上げちゃう? 人類による人類のための神格信仰。涅槃君もこっちおいでよ」
しかし涅槃君はふるふると首を横に振るう。
あれから数度しかログイン出来ていないどざえもんさんとの約束を守るべく、ここのフィールドで頑張ろうと決めてる様子だ。
「あらら、振られちゃったか。うちの神様と違って君のところは温厚だものね」
「聖典の過激派筆頭でしょ、探偵さんの所は」
「過激派は草」
「アンラ、口が過ぎるわよ?」
「|◉〻◉)実際過激派ですし?」
「ルリーエちゃん、言うじゃん」
「そこの魚類とは直々に決着をつける必要がありますね。マスター、戦闘許可を!」
「辞めなさい。だから過激派って言われてるんでしょ」
「ぶえー」
「スプンタちゃん、かわいい」
「|◉〻◉)無様ですね、ブ ザ マ www」
「煽んないの。君の悪いところの一つだよ?」
「正直少年も相当僕たちのこと煽ってるけどね?」
「えっ?」
「本当よ。無自覚なのが怖いの。そこがあなたの悪いところの一つよ?」
「草」
「ププー、ルリーエちゃんのマスター無様だね!」
「|◉〻◉)なにをーー!」
売り言葉に買い言葉。
誰も妻の出立に別れの言葉を送らない。
まぁ向こうとは銀の鍵を通じていつでもいけるからね。
一度行ってクリアした者は特に出立にかける言葉もないのだろう。ジキンさんはなんともいえない顔をしている。
「アキエ、挨拶は済ませた?」
と、そこへ。ランダさんがナツ君を従えて登場だ。
彼も妻や総司君と肩を並べてスズキさん達を脅かせた一柱。
もりもりハンバーグ君とは異なるアプローチの侵食によって瞬く間に信者を獲得した一人であった。
「ランダさん、準備はいいの?」
「ええ、いつでも向こうへ行けるわ。せいぜい楽しみましょ?」
何やらランダさんも向こうへと行くような掛け合い。
そこで今まで黙っていたジキンさんがようやく稼働した。
「ちょ、君も行っちゃうの?」
「あれ、言ってなかったかしら?」
「聞いてないよ!」
「じゃあ今伝えたって事で」
「えぇ~~!? カーシャ、頑張ってツァトゥグァさんとコンタクト取って、今直ぐに!」
「かいちょう、おちついて」
さっきまで何処か余裕を見せていたジキンさんから余裕が消え失せた。
心の何処かで奥さんと参加するときは一緒だと思っていたらしい。
残念だったね。
無理に上位を狙わず三位に甘んじていた結果がこれだ。
「おぉ、揃っておるな。シーラ、いつでも向こうへ行く準備は出来ておるか?」
「はい、師匠!」
そこで現れたダグラスさん。
どうやら彼も一足先にドリームランドへ向かうようだ。
妻達は奇遇ね、と呼びかけあっている。
同期のベルト組という事でそれぞれを意識しあっていた結果らしい。
その輪を恨みがましく見つめてる犬獣人のプレイヤーが一人。
そんな彼の肩にポンと手を置いた。
「ジキンさん、大丈夫、向こうに行ったら私も手を貸してあげますって」
「マスター……」
「アンタ、もしかしてまだ資格受け取ってないのかい? この一ヶ月、いったい何をしてたんだい?」
ちょ、ランダさん煽んないで。
あ、泣いてる。
ジキンさんは床に頭を押し付けながら嗚咽を漏らしていた。
大の大人がみっともないったらありゃしない。