2.
「私はダンウィッチ・ダンバース。それが私の大切な名前です。あなたの名前はなんですか?」
「僕は
この少女の問いかけに素直に名乗った。
「はと、はら……な、は……」
ダンウィッチと名乗った少女は発音し辛そうに、もごもごと口の中で音を転がして、
「鳩原、那覇、さん」
と、正しく発音した。
鳩原はそこでふと思う。さっきの自己紹介もそうだが、このダンウィッチという少女はどうにも言葉に不慣れな感じがする。鳩原の聞き取れる言語で話してこそいるが、どうにも違和感がある。
この土地の人間ではない……?
もっと感覚的なことを言えば、合衆国辺りの喋りに近いとも思った。
「きみは……」
どうしてこんなところにいるの? と訊ねようとした。
『四階建ての学生寮の屋根の上にどうやって登ったの?』とか、『この学校の生徒じゃないよね?』とか。そういうことを質問しようとしたら、
「『きみ』じゃありません」
と、食い気味に言われた。それもかなり強い口調で。
「ダンウィッチ・ダンバース。それが私の名前です!」
少し気分を害したように、不愉快そうに言った。
もしかしたら、名前にこだわりがあるのかもしれない。
「そ、それは悪かったよ……、ダンウィッチさん」
「ダンウィッチでいいですよ、鳩原さん」
そっちはさん付けなのに?
そこもダンウィッチに何かしらのこだわりなのだろうか。
「
「いや……、なんでこんなところにいるのかなって思って」
「そうですねえ、なんと言えばいいでしょうか」
けろっと様子が変わる。気分屋なのか、切り替えが早いのか。
少しわざとらしく考える素振りをしたダンウィッチ。言葉を選ぶようにして、
「探し物をしているんですよ」
と、言った。
「ふうん……?」
何を探しているのだろうか。
それも聞いてみようかな? いや、でも、初対面で質問攻めというのもなあ……。
「鳩原さんは何をしているんですか?」
「え?」
こっちが何か質問されるとは思っていなかったので戸惑う。
「何って……気分転換?」
「星を見ていましたけど、好きなんですか?」
「え、どうなんだろ……」
そんな質問をされたことがなかったし、考えたこともなかった。
ダンウィッチのほうから空に視線を移す。雲は少し残っているが、眼前には星空が広がっている。
「あんまり星のことは詳しくないけど、好きかな。あ、でも……」
「でも?」
空を見ていると落っこちてしまうような、呑み込まれてしまうような感じがする。
暗い闇をじっと見つめているときのような、そんな感覚。
「少し怖いかな」
「それは―― 」
ダンウィッチが何を言ったのか聞き取れなかった。
びゅんっ‼ という風を切る音で掻き消されたからだった。
これはかなりの速度で
「――やっぱり見つかっていたみたいです」
ダンウィッチは音のしたほうを見ながら言った。
明らかな『部外者』であるダンウィッチの今の反応と、箒の飛ぶ音……。学校に設置されている防犯用の魔法のどれかが
防犯委員会の全員を知っているわけじゃないからわからないが、箒が高速で飛んでいたことからして魔法の技術のある人物だ。
「鳩原さん、お喋りができて楽しかったです」
ダンウィッチは立ち上がり、
「それではっ!」
全身を
鳩原がいる位置とは逆のほうに。
屋根裏にある窓から顔を出しているだけの鳩原からは、すぐにダンウィッチの姿が見えなくなった。
「お――おい、ダンウィッチ!」
追いかけようと窓から身を引っ込めて、窓を閉めた。
そのとき――丁度、空に見えた。
箒に乗っている少女の姿が見えた。
(あれは――)
箒に乗っている魔法使いの周りには、発光する物体が浮遊していた。
あれは、魔力を吸収して膨張する木の実だ。
(副会長――ハウス・スチュワードだ)