5.
「ところでダンウィッチは何で学校に不法侵入したんだ?」
「ちょっとした勘みたいなものですね。私はなんとなくわかるんですよ、『鍵』の場所が」
「えっ、そうなの?」
「近いかなーとか、こっちのほうかなーってくらいの感覚ですが、今まで一番ありそうだなって思ったのがアラディア魔法学校です」
だから学校に不法侵入をしたのか。
とはいっても、とダンウィッチは話を続ける。
「さすがにいきなり突っ込んで返り討ちってのもまずいと思ったんですよ。それで困ってたら先週くらいですかね、駅の周辺で出会った人が手伝ってくれたんですよ。『私が手配しておくからそこから侵入したらいいよ』って」
「それってどんな人だった?」
「
……知っている人だった。
おいおい、ハウスとの問答で『ドロップアウトは関係ない』って言っちゃったよ……。だったらハウスの『ドロップアウトの仕業』っていうの、あれ、当たってたんじゃん……。
相槌さえ打てずにいるのを見て、ダンウィッチはこう訊ねる。
「もしかして、お知り合いですか?」
「……僕の先輩だよ」
いや、まあ、別にいいんだけど……あの人はいったい何が目的なんだ?
ドロップアウトで何をしようとしているんだ? ああ、いや、目的は口にしていた――『学校を変えてやろう』と、そう思っているんだったか。
なるほどね。霞ヶ丘ゆかりにどんな思惑があって侵入手段を手配したのかはわからないが、あの人だったらやりそうだと思った。
「昨晩の侵入で、その『鍵』のある場所にアテはついているのか?」
「なんとなく。そんなに自信はありませんけど、そのためにももうちょっと調べたいですね、あの学校を。それにこちらの世界のことも」
「こっちの世界のことも?」
はい、とダンウィッチは頷いた。
「この世界と私の世界はかなり似ているというのが今の印象です。それをちゃんと確認するためにも、世界の歴史を照らし合わせてみたいんです」
ぱたんっ、とダンウィッチは両手を合わせて前に出して、片目を閉じて笑顔を浮かべながら、首を少し傾げた姿勢を取った。
まるでこれからお願いされるみたいじゃないか。
「鳩原さんの学校には、それはもう立派な図書館があると聞きました。そこに行ってみたいんですけど、駄目ですか?」
「…………」
ここで『案内してください!』みたいなことを言われていたら、もっときっぱりと断れた。こんなふうに図々しい癖に、控え目な態度を取られると断りづらい。
お願いされると断れないのは別にこういうときに限らない。
勉強を教えてほしいと言われたら
流されやすい。
さすがに無理なものは無理と言うし、駄目なものは駄目と言う。
このダンウィッチのお願いの本心は『学校に侵入する手伝いをしてほしい』というものだ。
そんなことはできない。……でも、少しだけ目を逸らして考えれば、『図書館を活用したい』というふうにも取れる。
それなら……、まあ、いいか。
「わかった。案内するよ」
「本当ですか⁉ いいんですか⁉」
「いいよ。図書館くらいだったら」
「行きたいです! なんだったら今すぐにでも!」
「さすがに今すぐは厳しいよ。それに行くなら普通の時間のほうがいい」
「昼間ですか? どうしてですか?」
「そんなに不服そうな顔をするなよ……。昨晩、ダンウィッチが見つかったのは、時間外で防犯魔法が機能していたからだ。でも、普通の時間帯なら図書館に這入って、閉館時間に出て行けば何の問題もないよ」
「普通に利用者として行けば、あんなのが駆けつけて来なかったってことですか?」
「そういうこと」
……こうなってくると余計に霞ヶ丘の行動がわからない。
どうして侵入する方法なんて手配したのだろうか。普通に教えてあげればいいのに……ああ、いや、違うのか。別に霞ヶ丘は『夜に行くように』とは言っていないのか。
でも、抜け道みたいなものを手配されたら夜の侵入を選ぶよなあ……。
「もう図書館は閉館する時間だから……そうだな、明日とかどう?」
「もちろん、空いていますよ! いえ、たとえ、どんな予定が入っていても優先するべきはこちらです!」
「ああ、そう……」
熱量に少し引きながら、
「わかった。じゃあ、また明日、駅まで迎えに行くよ」
と提案した。すると、ダンウィッチから反対がされた。
「いえ! それでは時間がもったいないです。それなら、私が学校までお伺いします!」
……大丈夫かなあ。ハウス・スチュワードはあの調子だったし、下手に騒ぎ立てていないとは思うけど、学校はしっかりと侵入者がいたことに気づいている。
「わかった。でも、侵入者騒動で警備が厳しくなっているから、あんまり学校の周りはうろうろしないように気をつけてほしい。それにちゃんと入れるように手続きをしたいから、待ち合わせは校門で。それでもいい?」
「わかりました。そうしましょう。私は校門の前で待っています!」
「それじゃあ、そういう予定で。さて」
と鳩原はベッドから立ち上がる。
さっき腕時計を見たら、そろそろ学校に戻らないといけない時間だった。ティーカップに残っていたオレンジジュースを飲み切ってテーブルの上に戻す。
「ごちそうさま。今日はこの辺りでお
「あのっ、鳩原さん……。明日も今日くらいの時間でいいのですか?」
「うん? 今日くらいの時間でいいよ。……ああ」
そう答えてから、今日はかなり待たせたことを思い出した。
「今日はごめん。かなり待たせて」
「ああ、いえ、待つのは別にいいんです。ですけど、もし、来なかったらと思うと、やっぱり寂しいので。約束したのに人が来ないのは。なので、時間がわかると少しだけ心強いんですよ」
ダンウィッチは寂し気に笑った。
何か過去に辛い経験をしたことがあるのかもしれない。あまり、踏み込まないようにしなければ……。もうかなり踏み込んだことをしてしまっているが、それでも線引きは意識しないといけない。
鳩原は立ち上がって、この廃屋から逃げるように立ち去ろうとした。
「どうして協力してくれるんですか?」
玄関のところでダンウィッチに呼び止められた。
「どうして助けてくれるんですか?」
玄関のところでダンウィッチに呼び止められた。
「どうして――どうして私のことを、助けてくれるんですか?」
「どうしてって……」
「昨晩だって、あれは私がいい感じに言いましたけど、明らかに私を守るための行動でした」
いい感じに――『鳩原の行動はハウス・スチュワードとダンウィッチの両方を守るための行動だ』という部分のことだろう。
あれは確かにダンウィッチのほうに偏っている。
「私に侵入する手段を用意した霞ヶ丘って人の考えのほうがわかります。霞ヶ丘さんには何か目的があるんだと思います。ですが、鳩原さんは――いったい、どうしてなんですか?」
流されやすい。お願いを断れない。
それは事実だ。でも、昨晩の行動は鳩原が勝手にやったことだ。
自分はどうしてあんな行動を取ったのか。考えないようにしていたが、こんなふうに問われて、少しだけ考えた。
思い浮かんだものは、すごくシンプルなものだった。
(あの日の夜に、星空の下で出会ったとき――)
星空の下にいた
とても魅かれて、力になりたいと思って、気がついたら助けていた。
でも、そんな気持ちは言葉にしない。
「まあ、それは秘密ということで」
ダンウィッチの真似をして、唇の前に人差し指を立ててみた。
まったく似合っていなかった。