作動試験が開始されると、コントロールルームは緊張感に包まれた。
一気に雰囲気が変化した——とでも言えば良いだろうか。いずれにしても、このピリピリとした緊張感を肌で感じ取った雫は、これから始まることは失敗が許されないものであるということをまじまじと実感させられるのだった。
「スタンダロン、作動試験を開始します。マギ、起動していますか? 確認お願いします」
「マギ、起動確認!」
『おはようございます、皆さん』
コントロールルームに機械音声が響き渡る。機械音声と言っても最早イントネーションのそれをきちんと聞かないと分からないぐらいには、人間とは大差がない。今や機械音声の進化も凄まじいものであるとされ、人工知能によって声のデータを研究させ続けると、最早本人が言っていない発言なのにそれを捏造出来るという、恐ろしい事態に発展してしまうこともしばしばだ。
「マギ、おはよう。今日の調子は?」
『本日は晴天。温度は十八度になっています。降水確率は二十五パーセントで、もしかしたら夜には雨が降るかもしれません。……それとも、わたくしのことを言っていましたか?』
「ええ、そうよ。マギ、あなたの調子は?」
『わたくしの調子であれば、好調です。これから始める試験について、ワクワクしていますよ』
「……今の人工知能って、あんな冗談も言えるのか? どんなデータを入れればあんなことが」
「さあ? でも人間が考えることだからね。未だ人工知能が自分で考えて物事を推し進める段階までには至っていないし。もう一つ、技術的特異点を突破しない限りは難しいと思うけれど?」
雫とコンタクターの会話は続く。
「技術的特異点とは言うけれど、それを突破させるために技術を提供しているのでは?」
「確かに、それもその通りね。けれども、あくまでもわたくしはきっかけを与えただけに過ぎない。如何すれば良いかなんてことは考えずに、ね。そのきっかけを生かすも殺すもそれを手に入れた人間次第であることには変わりないのですから」
「そうは言うけれどね……」
『これから、わたくしは何をすれば良いのでしょうか?』
マギの質問を聞いて、雫たちは再びそちらにフォーカスを合わせた。
「簡単なこと。これからテストをするのです。簡単なテストです。きっとあなたには簡単すぎて、直ぐに終わってしまうかもしれないですけれど。いずれにしても、このテストを乗り越えないとスタンダロンは実用化されない。……頑張ってちょうだいね」
『わたくしを誰だと思っているのでしょうか? 驕るつもりは全くもってありませんが、このために開発された人工知能「マギ」です。こんなこと、あっという間にクリアしてしまいますよ?』
「とは言うけれど、きちんと作戦内容はインプットしておいた方が良いと思うけれど? ……これから、あなたには仮想に定義する敵と戦ってもらいます。敵と言っても無人戦闘機のことなのだけれど、うってつけでしょう」
『敵を殲滅すれば宜しいのですか?』
「ええ。しかし、防衛をしなければならないこともまた事実です。なので、ある防衛ラインを定義します。このイキマ島の周囲一キロ——それを防衛ラインと定義しましょう。そこを突破させられてしまうとあなたの負け。けれど、それよりも早く全機を殲滅させられれば試験は成功です。如何です、簡単なテストでしょう?」
『ええ。やはり簡単です。成功率は九十九パーセントを超えるでしょう』
「何故百パーセントとしないんだ?」
雫はマギの言葉を聞いて、ふと思った疑問をコンタクターに問いかける。
「いくら人工知能であっても、完全に出来る訳がありません。『彼女』が考える仮想空間ならばともかく、ここは現実です。ありとあらゆる不確定要素が重なりに重なっている状況。一秒として同じ条件は有り得ないし、存在しない。だからこそ面白いのでしょう?」
「分からないね、あんたは……」
「そうですか? 人間に染まったと思ってはいるのですけれど、まだまだでしょうかね」
雫はコンタクターとの会話を終えて、再び試験風景を眺める。
「マギ、準備完了。それじゃあ——発進!」
刹那。
ゆっくりと、スタンダロンの頭部が迫り上がっていく。しかし、それは徐々に速度を上げていき、やがて完全に姿を消した。
スタンダロンを映し出していた窓は、直ぐにもにたーへと変貌を遂げた。何故分かったかと言えば、急に映像が切り替わったかのようにスタンダロンの真上を写し始めたからだ。
「ドローン?」
「ご明察。やっぱりああいう映像は必要でしょう? 試験だから猶更ね。仮に失敗したとしても、如何いう風に今後改善していけば良いかってのが直ぐに分かるだろうし。こう言うのは人間しか発明できないと思うよ」
「……やっぱり人間を小馬鹿にしているよね?」
コンタクターは人間に寄り添おうとしていて、やはり人間のことを下に見ているように捉えられた。
「そうですかね? あんまり気にしたことはないですけれど。まあ、そう思われるのなら、それはそれで致し方ないような気もしますけれどね」
「無自覚ならそれはそれで良いけれど……。自覚している方がタチが悪いから」
そう雫は半ば強引に会話を打ち切って、再びモニターに視線を移した。