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第五話 《アストラジウス・ネティール》


「……といった訳で、今に至ります」


 ミスズの説明が終わる。


 彼女の説明する間、スケルトンは時折相槌をうちながらも、黙って話を聞いていた。それがいかなる感情によるものなのか、流石に金属骨格から読み取る事は難しい。


『状況はわかった。その上で一つ、謝罪をさせていただきたい』


「謝罪、ですか?」


 謝罪を求めるではなく、させてほしい? よくわからず、ミスズは首を傾げた。


『うむ。実は君が説明している間、私はこの施設のデータバンクにアクセスし、記録を確認していた。正直に言おう、君の説明は私にとって理解不能なものだった。大断絶、人類の再発展、宇宙進出の焼き直し……それらは私にとって信じられないものだった。だが、データバンクはこう言うのだ。私がこの施設で眠りについてから一万年以上の時間が流れ、カウント開始以前の記録は全て失われた。そのカウントでさえ、私が眠りについたのと同時ではなく、そもそも私が眠りについたのは別の場所だったとな。さらにはかつて銀河を覆っていた超空間ネットワークは失われ、今や1光年先も見通す事が出来ないのだと』


 スケルトンの言う言葉は、考古学者であるミスズからすると看過できない単語にあふれていたが、黙って彼の言葉を聞く。


 信用されていなかった事にショックはない。むしろ、多少の猜疑心も無い方が逆に不自然だ。


『その事実と君の言葉を照らし合わせるに、君は恐らく嘘をついてはいない。誠実に、私に語るべき事を語ってくれたと私は考える。故に謝罪だ。君の誠意を、私は疑った。恥ずべき行いだ』


「いえ、それは当然の事だと思いますし……その、怒っていらっしゃらないのですか?」


『何を?』


「状況を理解されたのなら、私の行っていた事もご理解なさったと思われます。歴史研究家といえば聞こえが良いですが、やっているのは盗掘です。貴方の寝所を荒らした私に、お怒りにならないのですか?」


『いや、まったく。そもそも私は何故、ここに居るのかもよくわかっていない。他人の家のようなものだ、そこに君達が踏み込んできた所で腹を立てる理由にはならぬよ。それより君に乱暴を働こうとした不埒な者どもを処罰した事を誇りたいぐらいだ。君のような誠実で聡明な女性が、あのような者どもに汚される所だったと思うと、今は無い腸が煮えくり返るようだ』


「え……えと……私、黒髪黒目なんですけど」


『? そうだな。美しい色だ。星の満ちる夜空のような、深く慎ましい色だ。海洋惑星の納める贈呈品の黒真珠にも劣らない』


「……(赤面)」


 そのような事を言われたのはミスズの人生において初めてだった。多くの場合黒髪黒目は奇異の視線に晒され、それを気にせず付き合ってくれた数少ない友人も、その色合いを褒める事はなかった。


 正直、自分が酷く浮かれているのをミスズは自覚していた。これまでの人生で、そのような歯の浮くような美辞麗句で褒めたたえられた事などなかったのだ。しかもこのスケルトン、恐らくとんでもなく正直者だ。優しいとかとは別次元で、自分が不誠実である事に耐えられないタイプと見た。


 つまり、このスラスラでてくる誉め言葉は全部真実の可能性が高い。ミスズは顔が熱くなってきたのを自覚する。


 いけないいけない、と彼女は頭を振って気持ちを切り替えた。こんな事で惚れた腫れたしてる場合ではない。


「いえ、その。お怒りでないのならそれで……。しかし、どうしましょう」


『どうする、とは』


「いえ。私はこのまま、元の生活に戻ればいいのでしょうけども、貴方は……すいません、そういえば名前をお聞きしておりませんでした。教えていただいても構わないでしょうか?」


『おお! 私とした事がなんたる失態! 初めて人と喋る悦びにこのような事すら忘れてしまうとは、恥じ入るばかりだ!』


 大仰な仕草で恥じながら、スケルトンは椅子から立ち上がり、ミスズに頭を下げた。その仕草は流麗ではあったが、どこか少しぎこちなさがあった。


『改めて申し上げる。ネティール王朝の第233代目パーラ、ファウロウが長子、第一皇子アストラジウス・ネティールだ。どうか、我が身の不明を許してほしい』


「お……」


 王子様だったーーー!? ミスズは内心で心の限り絶叫した。







 改めて、アストラジウスは己の出自と半生について、ミスズに語ってくれた。


「ええと、じゃあつまり、生まれた時からその、非常にご病弱だったと……」


『ははは、言葉を取り繕わなくても結構。私が一番分かっているのでな。ほぼ死産といっても過言ではない。心臓も肺も、脳すらも機械の補助がなければ動かないのなら、それは死体といっても差し支えあるまい?』


「え、ええと……」


『ははは、済まない、聞き流してくれ。まあ、運が悪かったのか良かったのか、よりによっても第一皇子がそのような有様で、しかも技術を尽くせば延命できるとあってはな。いっそ完全に死んでいるか無頭児であったのなら父上も諦めがついたのだが、半端に可能性が残っていたのがよくなかった。国力からすれば私一人生かすのも訳はないしな。そうやって私は生き延び、第二皇子第三皇子が生まれ跡継ぎが決まっても、半ば生きた死体として生かされ続けた訳だ。とはいえ、それにも限界がやってきた』


 さらに言えば、第一皇子でさえなければ、幼い内に人工臓器やクローニングした肉体に差し替えるなどの手段が取れただろう。神聖不可侵である第一皇子という立場が、その選択肢を取らせてくれなかった。


「それで、機械の体に、ですか」


 しげしげとミスズは無礼と思いつつもその体を観察する。金属製でありながら、どこか有機的な雰囲気も受けるその肉体は、確かにただのロボットとは違うように見える。人間の意識を機械に転写して生き延びさせる、という話は見ようによっては荒唐無稽かもしれないが、科学者ではないミスズからはそういう方法も技術力次第ではあるのか、という感想を抱くだけだ。彼が自分をアストラジウスと思い込んでいる唯のロボットかもしれない、という疑念は、正直彼女にとってはどうでもいい。


『うむ。まあロボットとは違う、もっと非常に高度なものらしいがな。生命維持装置の中で半覚醒と昏睡を繰り返すばかりだった私にはよく理屈は分からぬ。とにかく、このまま死ぬのだけは嫌だったからな、最初で最後の我が儘としてこの話に飛びついた。主治医には迷惑をかけたと思う』


「それで今の体に転写を行い、目が覚めたら私が目の前にいた、と」


『その通りだ。自分で言うのもなんだが、よくぞ取り乱さなかったと思うぞ。ふふ』


 胸を逸らすアストラジウスだが、内心ミスズも同意見だった。彼の話からすれば、あの太刀筋一つ、彼の人生初めてのものだったはずだ。何かしらの補正が入っていたのは間違いないが、それでも大したものである。


「なるほど。わかりました。……でも」


 彼の、アストラジウスの事情は分かった。だがそれは、ミスズの顔を曇らせた。


 ネティール王朝。233代目パーラ。ファウロウ。


 いずれも、ミスズの知る所ではない。間違いなく、大断絶以前の文明であり、そして、それは全て、大断絶を機に失われた可能性が高い。


 つまり、彼の帰る場所も、従えるべき臣下も、もうこの宇宙には存在しないのだ。


『哀しい顔をしないでくれ』


「あ……と」


『優しい女性だ、君は。私の事を案じているのだろう? 宇宙で独りぼっちになってしまった、この名ばかりの皇子の事を』


「それは……いえ、名ばかりではありません。ここの設備の所有権を有しているのが、貴方の血筋の証明になるでしょう。今の銀河に、これほどの設備を製造、維持する能力はありません。決して、そのような事は……」


『だから優しいと言ったのだよ、麗しいお嬢さん。貴女には、この後の私に待ち受けている運命が、不愉快なものも含めて見えているはずだ』


「……それは」


 彼の言う通りだ。


 この遺跡の存在は、彼の出自を証明するものであるのは間違いない。だが、大断絶によって全ての情報が失われた今、それだけでは根拠に乏しい。どれだけいっても、彼は自称ネティール王朝の皇子でしかなく、その立場が社会的に保証される事はない。ましてや金属の肉体ともなれば、人権を認められるかも怪しい。


 あの業突張りの治安維持局の事だ。あれこれ理屈をつけてこの遺跡を接収し、アストラジウスの事は解体研究に回す。そんな所だろう。


 つまり、彼が己の出自を明らかにする事は多大なるデメリットでしかない。それはすなわち、この宇宙においてはアストラジウスは、自分が自称皇子の狂人であるという事を受け入れなければ生きていけないという事だ。


 彼の出自を考えれば屈辱極まりないはずである。その心境、察するに余りある。


『うむ。確かに、おおっぴらに名乗る事は難しいが……ふふん。私からすれば、主人の居ぬ間に家を占拠した浮浪者のようなものだ、今の政府など。いちいち関わってはおられぬ。私には、使命がある!』


「使命、ですか?」


『そうだ。ただ生き延びれればいいと思っていた私にも、今や必ずや果たさねばならぬ宿願が出来た! そう、つまりだ』







『ネティール王朝の復活である!!』


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