目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第3話



 今夜の御仕事。



 アスラから同行を求められたとき、いつもよりすんなりと「仕方がないなあ」と、マヤが引き受けたのには理由がある。



 ひとつは距離。車で30分ほどの湯乃川町であれば、運転も苦になる距離ではなかったこと。



 もうひとつは、以前から【落ち武者塚】には関心があったからだ。この辺りでは一番有名な心霊スポットであり、この場所をモデルにしたホラー映画を鑑賞したこともある。



 いつか訪れてみたいなと、正直思ってはいたのだが、人気の景勝地だけに、日中は散策路も人が多く、『立入禁止』の看板を無視して山道に入っていくのも気が引ける。



 そうなると、夕暮れ時から夜にかけて、という時間帯が最適ではあるけれど、薄ぐら闇のなか、この心霊スポットをひとりで訪れる勇気がマヤにはなかった。いつか同好会の仲間たちと~などと思っているうちに、大学も卒業してしまった。



 一度、いっしょに行かないかと、両親を誘ってみたものの、先祖代々、仏具店を生業にしているわりに、両親は心霊ネタに滅法弱く、



「お、お、落ち武者塚?! そんな恐ろしいところには行かれない。あそこは出る。絶対に憑かれるよ。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」



 震えながら経を唱えはじめる姿を見て、それ以来誘ったことがない。



 それもあって、アスラから今回の件を聞いたとき。少なからず思ってしまったのだ。



 ──大黒様の打出の小槌が行方不明



 ──小槌の反応があったのは心霊スポット【落ち武者塚】



 ──なにそれ、ちょっと面白そうじゃない? 



 大黒様の打出の小槌を失くしてしまい、閻魔庁をあげて大捜索しているというのに──アスラがいれば、怖い思いもしなくて済みそうだから丁度いいと、不純な動機で同行したから、罰が当たったに違いない。



「ヤバイ──なんてもんじゃねえな」



 アスラがそんなことを云うのを、はじめて聞いた。



 そっと後ろを振り返ったマヤは、漆黒の闇夜を見つめる。



 ここから、ひとりで山道を戻るなんて、絶対にムリだ。怖すぎる。



 洋画ホラーは一人で鑑賞できるけど、邦画ホラーは大人数での鑑賞が必須のマヤである。



 こんなことなら付いてくるんじゃなかった──



 あとの祭りもいいところで泣けてきた。



「そろそろ、行ってみるか。マヤ、離れるなよ」



 いよいよとなったとき、恐怖からか自然とアスラのスーツの裾を握りしめると、わずかばかり鬼の纏う空気が和らいだ。



「どうした? さすがに怖いか?」



「そりゃあね……この雰囲気がさあ。いかにもって感じで、祟られたらどうしよう」



 本気で怖がるマヤを背にして、鬼が嗤う。



「それはねえな。マヤを祟りやがったら、首無しだろうが、落ち武者だろうが、俺が奈落の底の底に沈めてやる」



 辻風が吹いたのはその時だった。



 地表の落葉が舞い上がった瞬間、アスラの左手が鬼道を放っていた。



 青白い焔を避けるように渦を巻いた辻風は、落葉といっしょに、近場のカエデの木の幹を駆け上がっていく。風がやみ、枝葉が揺れてハラハラと舞い落ちる落葉。



 カエデの大木を睨み上げたアスラの瞳は、いつの間にか東雲しののめ色に変わっていた。淡紫と橙が混ざりあった朝焼けの東空を思わせる瞳に、剣呑な光が浮かぶ。



「てめえ、何しにきやがった」



 声はいつも以上に、低く冷たい。



 不穏な気配をビシバシ漂わせながらも、アスラから話しかけたのをみると、知らない間柄ではなさそうだが、仲はよろしくないと思われる。



 暗闇に目を凝らしたマヤは、地上数メートルの高さの枝に、獣のように光る一対の緑眼を見つけた。



「相変わらず、危ない鬼だな。挨拶ぐらいさせろ。あっ、お嬢さん、こんばんは」



 アスラよりは少し高い声。夜の闇によくとおる美声だった。



 枝が軽くしなる音がしたと思ったら、



「驚かせて、ごめんな」



 マヤの目の前には、黒と見間違いそうな濃紺の長髪に金メッシュ。目立ちすぎる明るい緑眼を持つ、ちょっとチャラい系のスーツ男がいた。



 閻魔庁の者です、といわんばかりに、アスラと同じ黒スーツを着ているが、『黄泉比良坂所』の職員が白シャツであるのに対して、チャラ男が着ているのは、とんでもなくドギツイ青だった。



 しかし例のごとく、このチャラ男も人ならざる者なのだろう。いかんせん、顔はすこぶる良かった。長身で手足の長いスタイルは言わずもがな。



 このドギツイ青を違和感なく着こなしているのが、嫌味にしか見えないあやかし風情である。



 当然、マヤの当たりはアスラ同様、強くなる。緑眼のイケ鬼を無視して、となりの鬼課長に訊ねた。



「アスラ、こちらは、どちら様? 鬼友オニトモ?」



「ありえねえ。此処ここで会ったが百年目のクソ鬼野郎だ」



 やっぱり鬼だったか……



 マヤに無視された鬼野郎は、ドギツイ青にも負けない鮮やかな緑眼をパチパチとさせて、「あれ?」と首をかしげてみせる。



「俺、幽世でも現世でも、女の子たちにかなり人気があるのにな。夜叉やしゃの俺より、阿修羅あしゅら系が好み?」



 鬼ってヤツは、どいつもこいつも、こうなのか。呆れるほどに自意識過剰だ。



 マヤの呆れ顔に気づかない夜叉系の勘違い鬼野郎は、さらに──



「キミ、めずらしいな。コイツ、怒った顔ばっかりしているだろ。たいして気も利かないし、人遣いも荒そうだ」



 そこは合っていると、頷いたマヤは阿修羅と夜叉を前に告げた。



「わたし、そもそもの話が、鬼系タイプじゃないから。鬼は鬼でも、好きなのは圧倒的に吸血鬼。ドラキュラ伯爵最高!」



 ブラム・ストーカー原作、ホラー映画の傑作『吸血鬼ドラキュラ』の大ファンであるマヤの言葉に、「マジか」と夜叉。そのとなりでアスラも「嘘だろ…」とショックで固まった。









この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?