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13-8: Pursuit and Resolve(追撃と決意)

帝釈との戦闘が終わった。氷の結晶がゆっくりと解けおちる中、俺たちはしばしその場に立ち尽くしていた。

「灰島、先にいけ。私は他のメンバーの救援に向かう」

フレイヤが背を向ける。

「必要ないだろうがな。みんな、そう簡単にはやられないだろうし」

口調はあくまで軽いが、その目には静かな決意が宿っていた。

「灰島、私が追い付くまで、無理はするなよ」

「わかってる」

俺は静かに頷くと、前を見据えた。まだ先に進まなければならない。黒磯風磨を――仲間を、連れ戻すために。

脚は重かった。帝釈との戦いで、体はすでに限界に近い。

それでも、止まるわけにはいかない。ここで立ち止まったら、すべてが無駄になる気がした。

「絶対に、連れ戻す」

自分に言い聞かせるように呟いた。

足場の悪い渓谷を、息を切らしながら駆け抜ける。

岩を蹴り、水飛沫を踏み越え、全身に痛みが走っても止まらない。

黒磯――すぐに迎えに行くぞ。

幾度も転びそうになりながら、湿った岩肌をよじ登る。

最後の岩壁を乗り越えた瞬間、視界が開けた。

目の前に広がる高台――その中央に、立っていた。


そして――追いついた。


そこには黒磯だけではなかった。

その異様な光景に、俺はほんの一瞬、足を止めた。

風に吹かれて揺れる髪。砂の上に残された足跡。

それは確かに――“味方”だったはずの二人のものだった。

「……水上?」

目を疑う。

拘束され、連れ去られたはずの彼女が、まるで何事もなかったような顔で、俺の前に立っていた。

それだけじゃない。

その腕には、俺の妹――葉奈が、眠るように抱きかかえられていた。

「葉奈……!」

駆け寄りそうになる足を、黒磯が止めた。

「よせ、灰島。これ以上近づくな」

その声は、どこか淡々としていた。

だが、ただの警告ではなかった。明確な敵意が含まれていた。

「どういうことだ、黒磯。なんで水上と一緒に……葉奈まで、どうしてここにいる」

「話せば長ぇよ」

黒磯が肩をすくめる。

「でも、今のお前にならわかるかもな。SENETってやつが、どれだけヤバい世界かってこと」

「ふざけるな……! 俺たちはここで、お前を連れ戻しに来たんだ」

「連れ戻す? どこにだよ」

黒磯が笑った。その顔には、いつか見た冷たさがあった。

「現実か? それとも、あのクソみてぇな支部か?」

俺は、言葉を詰まらせた。

そのとき、水上が一歩前に出た。彼女の顔に浮かんでいたのは、どこか申し訳なさそうな、それでもはっきりとした覚悟だった。

「灰島くん……ごめん」

「水上、お前……」

「申し訳ないけど、葉奈ちゃんはまだ返せない」

その言葉に、俺の胸が冷たくなる。

「なんで……なんでそんなことに……!」

「運命だよ」

黒磯が代わりに言った。

「俺も水上も、おまえの妹も、このゲームから抜け出すことはできねえ。この世界が――いや、宇宙が存在する限り、絶対にな」

「……!」

理解が追いつかない。だが、確かに言えるのは――

水上と黒磯は、もう戻ってこないつもりだということ。

「ふざけるな……! 葉奈は俺が現実に連れ戻す……絶対に!」

ガン・ダガーを構えた。

だが、目の前に立ちはだかる黒磯。

「悪い、灰島。俺、もう、そっち側には戻れねえわ」

その声は、まるで静かに落ちる石のように、重く響いた。

「お前の気持ちはわかる。でも、今の俺には――もっと大きな意志がある」

「それで、お前は仲間を捨てるってのか!」

叫ぶように言うと、黒磯は少しだけ目を伏せた。

「……捨てたわけじゃねぇよ。ただ、信じてるだけだ。お前が、他のやつらが、俺のいない分まで背負ってくれるってな」

その言葉の裏にある信頼が、かえって胸に突き刺さる。

「水上……行け」

「うん」

水上はそう言うと、再び葉奈を抱えて走り出した。

追おうとする足を、黒磯が止める。

「ここから先は通さねぇ。お前が俺を倒すまでな」

その背には、かつての仲間としての想いが、未練が、決意が刻まれていた。

俺はゆっくりとガン・ダガーを構える。

「だったら――止めてみろよ、黒磯」

空気が、張り詰める。

次の一瞬が、全てを決める戦いになる。そして、ここから先――誰も、もう逃げられない。



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