こうして、第2回目のトウキョウ侵食防衛戦は終わりを迎えた。
途中、イベントが終了していないにも関わらず現実に超常的存在が出現したりと、中々に波乱のあったイベントではあったが……成功出来たので良しとしよう。
幸いにして超常的存在に遭ってしまった一般人は存在せず、対応していた実働班も怪我人はゼロ。無傷の勝利と言っても良いだろう。……ここまでならば、素直に喜ぶ事が出来る。出来るのだが。
「……なーんでこうなっちゃったかなぁー……」
現実の、いつもの私の部屋。
いつもの様にゲームからログアウトし、私の所属する課に対して今回の報告書を書き終えた所で気が付いてしまったのだ。
何気なく、一息つこうと手を伸ばしコーヒーの入ったコップを取ろうとして……指先から何かが出ている事に。ゲームでは見慣れた、しかしながら現実では絶対に見る事は無いモノ。
「で、聞こえてるっていうか意志はある訳?」
「あら、分かるの?」
「分かるに決まってるでしょうに。私の身体なんだから、感覚的に」
「まぁそうよねぇ」
私の頬に新たに口が出現し、話し始める。
誰、と問う意味も……何故、と問う必要も無いだろう。私は彼女の力を身に受け、そして半ば融合した状態で戦っていたのだから。
「【口裂け女】……どういう扱いなの、コレ?」
「私が言うのも何だけど、かなり特殊だとは思うわよ?一応はゲームの中と同じ様に、私は貴女の身体の中から自由に動く事は出来ないし、貴女の支配からは逃れる事は出来ない。まぁでも……」
「私の所属的に、色んな枷が掛かるのは間違いないか……」
と、ある程度何が出来るのかを確認しようと、席を立った瞬間。
家のチャイムが鳴らされる。最初は1回。しかしながら、次第に押される回数が多く、加速していく。
その押し方に嫌な予感と、脳裏に浮かぶ1人の知り合いの顔に冷や汗を流しながら急いで玄関へと向かえば、
「お、やっと出てくれた。――現実ではハジメマシテ、だね。神酒ちゃん。……いや、瑞希ちゃんかな?」
「あ、あはは……どうも、ライオネルさん。ハジメマシテ……」
にっこりと、獰猛な笑みを浮かべた長身の黒髪の女性が扉の先に立っていた。
その後ろには疲弊した様子のマギステルらしき男性が、こちらへと頭を軽く下げているのが見える。
……はっやいなぁ。流石実働班。
仮にも同じ組織に所属している為に、何故彼女らがここに来たかは分かっている。
ある種、新種の超常的存在に成ってしまった私の――「捕縛、なんて考えてないよねぇ。瑞希ちゃん?」――考えを先回りされ、目を見開いてしまう。
彼女は笑みを浮かべたままの状態で、そのまま懐から1枚の書類を取り出し目を通しながら話し始める。
「えー……篠崎瑞希。超常事象対応特課事務班所属の隊員であり、非戦闘員。VRMMOに造詣が深い為、今回危険度が高いと思われる超常的技術を使われ製作されたと思われる『Arban collect Online』の調査及び攻略班として抜擢。合ってるね?」
「く、詳しい所は分からないですけど、多分合ってます……ね?」
「よしよし。――で、今回。篠崎瑞希の身体から超常的存在特有の力場の発生を確認。調査後、対象に協力の意志がある場合……捕縛ではなく、監視目的として実働班への異動を命ずる」
「……はい?……はい!?」
「と、言う訳さ。つまるところ、君は事務班から実働班……私達の所に異動命令が下った訳だね!ちなみに拒否権は無いぜ?もし拒否ったら、この場で捕縛してきっつーい尋問やらの後に、四六時中Arbanにインして、クリアするまでずっとプレイしてもらう事になると思うからね」
言われた事を咀嚼し、飲み込むのは難しい。
だが、彼女らに敵意が無い事は分かるし……何よりも、だ。
「私の平穏な生活は……」
「あは、運が悪かったねぇ。これからは私達と一緒に、バイオレンスでスリリングな生活を送ろうじゃあないか!幸い、好きなんだろう?ギャンブルとか」
「いや、いやいやいや!好きですけど!好きなんですけどね!?私が好きなのはトランプとかそういうのを使うギャンブルであって、自分の命をベットするようなモノじゃないんですよ!」
だが、ライオネルが言った通り拒否権は無いのだろう。
今も私の一挙手一投足は目の前の2人に監視されているのが分かっているし、何ならマギステルはいつでも動けるよう、片手を懐の中へと突っ込んでいる。
……はぁー……本当。恨むぞ、悪魔……!
この時点で、私の大目的が改めて定まった。それは、だ。
「~~ッ!分かりました!分かりましたよ!行きます!実働班!よろしくお願いしますッ」
「おぉ、良い返事。でもどうしたんだい?正直、あと5分くらいはごねるかと思ってたんだけど」
「いえ、単純に!――実働班に居れば、私をこうした存在を一発ぶん殴れると思っただけですよッ!!」
「あはッ、それは良い動機だねぇ」
彼女は笑い、私を促すように扉の前から横にずれ。こちらへと向かって静かに手を差し伸べた。
その手を握り、扉から外に出る瞬間……私はゲーム内と同じ様に、奇譚繊維でブーツを、コートを、眼鏡を、そして手袋を作り出して。
「さて、どこに行けば良いんです?実働班の詰め所ですか?」
「そうだねぇ……まず最初は……訓練場かな。私もそうだけど、上の人達は君が現実でどれくらい
「了解です。とりあえず……全力でやってみますよ」
最後に、奇譚繊維を使って赤黒いスカーフを作り出す事で、ほぼほぼゲーム内のアバターと同じような見た目になって、先導する2人の後ろを着いていく。
Arban collect Onlineはまだ終わっていない。私は様々な幸運が重なって、開発を倒し、イベントを乗り越える事が出来たものの……まだそれだけだ。
元凶となる存在はまだ依然として健在であるし、その影だけは追う事が出来ているものの実物には会えていない。
故に、私がこれからやる事は変わらない。
所属する所が変わっても、私を取り巻く環境が一変しても、私が純粋な人間じゃなくなったとしても……変わらない。
「はぁーあ、これじゃあもうパチンコとか行けないじゃないですか……」
「実働班の身内内で流行ってる賭け事教えてあげるから、元気だしてよ瑞希ちゃん」
「あ、それダメです。先輩が全部勝っていくんで、出来レースとかそういうのじゃないんで」
「……へぇ?そういうの、ちょっと気になりますね」
「瑞希さん!?」
願わくば、いつの日か。
平和に、趣味に興じる事が出来る世の中になるのを願って。
私は今日も、