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第86話 地獄巡

「スチーマンが入るぞ! 格納庫員退避ぃ!」


 黄色い回転灯が回る中へ、膝を屈めた機体は火花を散らしながら滑るように進入する。

 急いでいた訳ではない。ただ減速するのが面倒くさかっただけだ。

 コックピットハッチを開ければ、もうちょっと丁寧に入れと整備員たちにどやされるが、俺は耳垢をぐりぐりやりながらステップを上った。


「ふぃー……ったく、バカが多い上に人使いが荒ぇぜ」


 ぶるると首を振って汗を飛ばした矢先、背中をポンと小さい手に叩かれる。


「お疲れヒュージっ。やー、人気者は辛いねぇ」


 ガスマスクを首から下げたにっこり笑顔。

 どうしてだろう。無邪気な子どもにしか見えないはずが、こんなに額がピクつくのは。


「辛いねぇ、じゃねぇーヨ! テメェが目の敵にされてんだろが! 罠張られんのもこれで3回目だぞォ!?」


 口から火が吐ければ、間違いなくこいつの髪の毛をチリッチリにしていたことだろう。

 ぴゃぁと甲高い悲鳴を上げながら頭を抱える現雇い主様は、しかし大きな目を潤ませながらこちらを睨み返してくる。


「お、怒んないでよぉ! だっていい契約だったんだもん! しゃーないじゃんか!」


 仕方ないわけあるか。ようやく仕事場に着いたかと思えば、出るわ出るわ敵の群れ。中小混ざったスチーマンに囲まれての大立ち回りだ。

 相手がヘボ揃いだったからよかったものの、オールドディガーはまた傷だらけであり、コラシーに戻ったらまたリヴィに説教を食らうのが目に見えている。

 つまり、泣きたいのはこっちなのだが、流石にこう小さくなったタム・ムラサキに拳骨を落とすのは俺のポリシーに反してしまう。


「……これが社長で本当に大丈夫なんか」


「まぁそうケンケン言わんでよかろう。罠だったとて、破ってしまえば資源そのものであるからな」


「スクラップの製造業者、ですね」


 ハッハッハと笑う声に振り返る。

 そこにはいつの間にか僚機となっている銀眼鏡と、相変わらず口元をマフラーで隠したカラス女が立っていた。

 ため息が出る。全くこいつらとも何の因果なのか。


「先行き不安な会社だぜ……」


「ブー! ヒュージのパイナップル乗せ石頭」


「あ゛ぁ゛ん゛!? 何だァ、やんのかどチビよォ!?」


「はいはい喧嘩しないのよォ。とにかくこれで仕事は終わりなんだし、帰って休暇にしましょーよ」


 拳を握りしめた所で、タムの後ろからヌッと現れるメルクリオに制される。

 その妙な熱い視線には俺の拳も冷めようというもの。できればあまり関わりたくないから、というのもあるが。


「帰る、ねぇ」


 フンと鼻を鳴らしながら愛機を見上げる。

 あの仕事を終えてからもうそろそろ1年になろうか。



 ■



 フルトニスを出る時、俺が受け取った金は結構な額だった。正直、ダウザーとして仕事をする理由なんてどこにもなくなるくらいには。

 だが、俺は自分が思っていたよりもずっと不器用だったらしい。コラシー以外の国を知っている訳でもなく、ダウザー以外に仕事ができるとも思えず、かといって贅沢な暮らしという物にもあまり想像がつかなかった。

 おかげで逮捕の危険は承知しておきながら、結局はコラシーの領内にある薄寂れた信号所で愛機と共にぼんやりしていたのだが、どうにも耳聡い奴はいるらしい。


『サテンはどーしたのさ? 一緒じゃないの?』


 どこかに噂が流れたのか、あるいは何かの仕事で偶然寄ったのか。見覚えのあるデミロコモから降りてきた、これまた見知ったチビスケに引っ張られたのが今に至るきっかけだ。


『あいつなら家に帰ったぜ。こないだの事で、伝説を追いかけるのにも疲れちまったみたいでよ』


『寂しいですね。せめて一言くらい何かあっても……』


『彼女を責めるモンじゃないわよサミュエル。冤罪だったとは言え、あの時の彼女はコラシーだと脱獄犯だったんだから』


『そこまで迷惑かける訳にはいかねぇって聞かなくてよ。謝っといてくれとは言われてるぜ』


 砂漠のど真ん中で口裏を合わせておいてよかったと心底思う。あの時の俺は、サテンから離れるとなんて思ってもいなかったが。

 しかし、ここで意外なことを意外な奴から聞かされた。


『今となっては、なかったことにされている事件、でありますがなぁ』


『シュヴァリエ・ド・フェールでさえ、事故からの修復という名目で新造されたという噂です』


 どういう経緯なのかは知らないが、ベンジャミン・ヴィカス・モレルとニコラ・ワルターの2人は、アパルサライナーの専属パイロットになったらしい。

 職を失ったニコラはともかく、何故元々名の売れていた隊商護衛のベンジャミンが、今更フリーランスをやめたのか。

 銀眼鏡曰く、まぁ縁という奴であるな、らしい。聞くだけ無駄なのだろう。

 それはともかくとして、なかったとこにされている事件、という話について、俺は目を点にしなければならなかった。


『アルノルト・ヂゼル・ホンスビー。あの男が行っていた計画が、お上にとって余程都合の悪いものだった、ということでしょう。暴走に近かったのかもしれないわねェ』


『おかげで俺は豚箱にぶちこまれてねぇってか。わっかんねぇなぁ』


 コラシーにとって、あるいは防衛隊にとっては手痛い損害となったはず。それをなお不幸の事故が重なったとして、歴史から蓋をしてしまう理由なんて俺には分からない。

 だが、おかげで仕事に戻れると思えば、何となくホッとしていたのだが。


『……ヒュージはさ、寂しくないの? サテンが居なくて』


『全部元通りってだけさ。元々群れるタイプでもねぇしよ』


『素直になんなよ。せっかくアタシ様が専属契約してあげるって言ってるのに』


 少しだけムスッとした、その癖何となく照れたような口調で差し出された紙は、ベンジャミンとニコラがサインした物ときっと同じだったのだろう。

 ダウザーである誇りと、群れる事の価値。俺は結局、タムの言う通り少し寂しかったのかもしれない。



 ■



「乗った俺も大概か」


 瓶の中で揺れる半透明の黄色い液体を眺める。

 変わったことは多い。歪んで見える天井は、コラシーの下層エリアで初めて借りた部屋のもの。愛用のコンテナも悪くはなかったが、アパルサライナーが仕事先の家になってしまえば流石に担いでいるのも無駄となり、今は格納庫の奥に押し込まれている。

 それも大きな変化ではある。だが、何より大きいのは。


「球について、変化確認できず、ねぇ。俺なんかの監視するだけってのも、面倒な仕事だろうに」


 エンドテーブルに置かれた紙片に視線を落とす。

 フルトニスの影。あるいはキオン家の影と言うべきだろうか。

 金で契約というを得たとはいえ、コアの話が外へ漏れればフルトニスは間違いなくビッグトラブルに見舞われる。だからこそ、契約の履行が確実に行われていることを把握し続ける為に、何者かを放ってはいるらしい。

 そいつはわざわざコラシーやフルトニスで、完全蓄熱コアの情報が流れていないことをこちらにまで伝えてくるのだから、随分と律儀なものだと思う。


「つってもまぁ、見えなきゃいないのも同じってな。その上金に困らず、好きに酒かっくらって好きに寝れるんだったら文句もねぇ」


 たまに何かの連絡があると部屋を訪ねてくるが、それも同じ人物ではない為、正直担当者が何者なのかすら俺は把握していないのだ。

 別に見られて困るような行いをするつもりはない。そんなことで精神をすり減らす程、俺は繊細な作りをしていないと言うべきだろうか。

 酒の入った息を吐いて、このまま夢に落ちるのも悪くないとうつらうつらし始めた頃。

 ふいに部屋の中へノックの音が転がり込んだ。


「あぁん? チッ、誰だこんな時間に」


 俺を訪ねてくるなんて物好きは、それこそ件の使いを除けばほとんど居ない。部屋を借りてからとなればなおさらで、いつか買った喧嘩を買戻しに来る奴すら最近は見ない程だ。

 どうせ碌な相手ではない。そんな思いから、居留守で無視してやろうかと思ったのだが、これがどうしてかやけにしつこい。

 ドラムでも叩くかのような勢いでノックしてくるものだがら、いい加減鬱陶しくなってドアを開けた。


「ンだようるせぇな。仕事なら受けねぇぞ。こちとら休暇中なん、で……な」


 睨みつければ大体の奴は悲鳴を上げて退いていく。そういう一種誇れる俺の外見的特徴を全活用した、我ながら完璧なメンチだったと思う。

 にもかかわらず、どうして俺の声は後に行くほど尻すぼみになったのか。こちらを見つめたまま爪先ほども退かないニコニコ笑顔に、その原因を求めたいと思う。


「それは残念。でも、今回は仕事の話じゃないんだ」


 作られたかのように明るい声。どこかで見たような異国情緒漂う帯締めの服に長いウルフカットの髪。

 そしてどういうことか。笑っているはずなのに、メンチ以上に重い圧がビリビリと感じられるのは。


「……なんでテメェがここに」


「久しぶりだね。逃げのヒュージ君」


 笑顔とメンチの間に沈黙。正直勝負にはなりそうもない。


「間に合ってます」


 ならばと勢いよくドアを閉める。唯一の勝機はここにあったのだが。


「そうはいかない、かなッ!」


 ドアが閉まりかけた所で、どうしてかガツンと音を立てて止まる。

 俺のパワーに勝ったというのか、細腕の女が。

 なんて思いながら視線を落とせば、全く変形していない靴先がそこに。


「アッ、テメェ! 安全靴はズルだろ!?」


「色々手回ししてた私の努力全部無駄にしてくれたんだから! 説明、してもらわないと、ねぇ……!」


「くそ、堪えても絶対に入れねぇぞ……面倒事はこりごりで――」


「叫ぶよ。身体だけ遊んで捨てられるって。あー、私のお腹には貴方の子どもがー」


「おいやめろ馬鹿! わかった、わーかった!」


 元々ヤバイ女だったことは認めるが、いつからここまで無敵になったのか。

 しかし、ごねればせっかく手に入れた市街地での平穏が奪われかねない為、結局静かに扉を開いて死神を招き入れるしかなかった。

 テーブルを挟んでちょんと座る死神ことサテン・キオン。思考が何も追いつかない中、俺は眉間を揉みながら呻くように声を出した。


「……なんでわざわざ追ってきた。アレでお前は元のお嬢さんになれてただろ。それでよかったんじゃねぇのか」


「そうだね、そうかもしれない。でもやれることはやったから問題なし」


「ってぇと、コアの話か」


「お陰様でね。1年の試験を経て実働段階に入ったから、後は究理院が運用の成果をどう取り扱うかだけ。私のやりたいことは完遂、って訳で――」


 ペチンと音を立てて机に叩きつけられる上質な紙。


「はいこれ。お父様から」


「ぁあ? 俺にィ?」


 問題なしを聞いたばかりだぞと首を捻りつつ、それを開いて視線を落とす。


「えー……監視員の異動について?」


 内容は酷く端的だった。というか、説明らしきものはほとんど書かれていない。

 ただ短く、今まで自分を見張っていたであろう奴の名前と、交代要員としてサテン・キオンの名前が書かれているのみ。

 ゴリゴリと顎を掻く。


「つまりどゆこと」


「私が君を監視する。拒否権はないよ、ってこと」


 言葉が分からない訳ではない、はず。

 同じ言語を喋っているのに、こんなにも頭が理解を拒むことがあるとは知らなかった。

 そんなこちらの反応が面白いのか、あるいは予想通りだったのか。サテンは口を薄く開いてニィと恐ろし気に笑う。


「君は私と一緒に居なきゃいけない。そういう運命を、君は選んじゃった訳だ」


「……わざわざ大枚叩いて契約結んで、影の見張りまでつけて娘からチンピラ離したってのに。親父さん今頃、顔面皺くちゃになってんぞ」


 一体どんな手を使ってコルドゥに印をつかせたのかは分からないが、こいつが運命を捻じ曲げてまで迫ってきたのは間違いない。少々あの父親の胃腸が心配になる。

 それも当の本人は、ムッと頬を膨らせながら鼻を鳴らすのだから始末が悪い。


「余計なことをしてくれた罰だよ。ホント君たちは酷いよね、私の気持ちなんてなーんにも考えてくれないんだもん」


「ハァ?」


「安心して。今度は私、君のことぜーんぜん信じてないから。それじゃあ改めて、皆に挨拶しに行こう!」


 お前の気持ちとはなんなのか、とは流石に聞けなかった。

 家の名前なんて物の重みを俺は背負えない。それをわかった上で、こいつは。


「……もう好きにしろよ」


「勿論、言われなくてもそのつもりだよ。ふふふっ」


 笑う彼女に手を引かれ、俺はいつの間にか酔いが覚めてしまった泥のような頭を引きずって部屋を出る。

 自分が選んだ結果がこれなら、案外悪い気もしないのだと思いながら。



 地獄巡りのスチーマン 終

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