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第7話








 生寄いよりが大学をやめると言い出した翌週の日曜日。


 僕は、大学を辞めないよう説得するために生寄を家に呼んでいる。


 本当はもう少し時間をかけてゆっくりと説得したいのだが、生憎うちの大学のキャンパス祭は9月の上旬。


 退学の処理が半期ごとであるうちの大学では、もう殆ど時間がない。


 なので、説得の準備に時間をかけている暇はない。


 大して信用してないけど、青い鳥やミンスタでも激重系の女性の対処法や、どうすればいいかなどを調べてみた。


 ここで得た知識は最終手段としよう。


 どれだけ前準備をしたって、生寄を説得できるかは分からない。




「ふぅ……」




 少し緊張してきた。


 だけど、大丈夫だ。大丈夫なはずだ。


 予定通りに進めば生寄は説得できる。


 そうだ、大丈夫だ。






♢♢♢






ピンポーン




 少しして、家のチャイムが鳴る。


 決めた時間と1分1秒違わずピッタリで―――それだけのことでも、今の僕は少し怖く感じてしまう。


 扉の覗き穴から見ると、案の定生寄だったため中に入ってもらう。


 前回と同じように、丸テーブルに座ってもらい、飲み物を用意する。


 僕も生寄の前に座り、生寄に目を合わせる。


 彼女の人生を決めるかもしれない説得。


 これは大袈裟でもなんでもないだろう。






 口を開こうとしたとき、僕の中の何かが僕に問いかけてくる。





―――なんで僕は、こんなことをしているんだ?




 何かは言葉を続ける。




―――ちょっと前まで、好きな人と付き合えて、楽しくて……なのに、なんで今は人の人生に関わる説得をしているんだ?




―――お前が他人の人生を背負う必要なんてないだろ?




 僕に問いかけてくるなにか。


 そのセリフに、僕は逃げたくなる。


 だけど、逃げるわけにはいかない。


 だって―――




―――必要なくても僕は背負う。だって僕は彼女が好きだから。






 大丈夫だ、いける。


 僕は、重い口を開き―――




「あのさ、生寄」




 話を切り出した。


 何度も考えて、シュミレートした手順だ。


 落ち着けば大丈夫、絶対に失敗しない。






「大学を辞めないでくれないか?」




 生寄を説得するのは簡単じゃないと思う。


 だけど、僕は生寄が好きだから。


 僕のせいで、生寄の人生を壊したくない。


 だから―――





「うん、わかった。じゃあ退学届は撤回してもらうね」


「……えっ」




 今、分かったって……




「どうしたの?」


「い、いや。別に、何でもない……」




 なんか、もっと大変だと思っていた。


 自意識過剰かもしれないけど、「ワタシはアナタに尽くすために大学を辞める」とか言われて難航すると思っていた。


 しかし、説得してみれば拍子抜けもいいところ。


 たとえ拍子抜けでも、生寄が退学を撤回してくれるなら口を挟むべきではない。




「じゃあ、スマホから消した他の人たちの連絡先も戻してくれないか?」


「うん、いいよ」




 本当に終わってしまった。


 長丁場を予想していた僕としては拍子抜けもいいところ。


 しかし、ここまで素直だと少し不安にもなる。


 まあ、単純に頭が冷えたんだろう。


 だけど……




「なんでここまで……」




 呆気なく用事が終わった僕は、油断していたのか少し大きい声で呟いてしまう。




「なんでって。言ったでしょ? アナタに尽くすって。アナタが言うってことはアナタに利益があることだと思うの。なら、ワタシはそれに従っていればいいじゃない」


「…………」


「それにね。アナタが望むってことはそれが最善手だと思うの。ワタシに友達と仲良くしなさいって言った時もそう。アナタのお陰でワタシは生きていける。アナタはワタシの一部。カラダの一部なの。ワタシにはアナタがいればいい。アナタとずうっと一緒―――」






 僕の何かが叫ぶ。




 「逃げろ」と。




 でも、僕は目の前の生寄が怖くて動けない。






 僕は、何かに呑まれていく気がした。




 必死に抗う。




 だけど逃れられない。




 何かに完全に飲まれる。







 瞬間、僕は彼女に恐怖を抱く。




 好意とは、恋心とは、愛とは




―――こうも人を変えてしまうものなのかと。




 それは、心の奥底で僕が思っていたことで―――必死に封じ込めていた考えだった。








 そして、僕は辿り着く。




 一生後悔するであろう決断に。




 最悪の逃げの決断に。






 普段だったら決して発さないであろう言葉を発してしまう。











「こんなの、僕が好きになった生寄じゃない」








 全てを壊す、一言を。













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