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第47話 先輩、ファングッズを作る


「後輩、そろそろ出かけるよー」

「はーい、ちょっと待ってくださいねー」


 今日はローディック師との対談の日。

 だというのに後輩は鏡の前で睨めっこしていた。

 女性は支度に時間がかかるというのは知っている。

 いつもは僕の方がお待たせするのだが、今回に限っては僕が待つ側に回ってしまった。暇を持て余すように、昨日録画しておいたNYAOを再生した。


「お、今回は例のバトル回か」


 普段のミステリーパートからの導入に不穏な登場をする敵役。

 同じ錬金術を用いての推理バトルが始まると思いきや、間接的な補助役の除外。

 そして、巨大化するというお約束に苦笑した。


 正義の錬金術師としての決意と、今まで完成に一歩足りなかったポーションを用いての自信の変化。

 それは冴えない少女のもう一つの一面をあらわにするようだった。

 コンセプトは化粧。

 魔法のコンパクトケースのパステルカラーを用い、顔にエンチャントを施す。

 相手の攻撃に合わせて形態を変化させていくのはどう考えたって仮面ヒーローの特色だが、それが錬金術と相まって違和感を綺麗に拭い去っていた。


「面白いな。錬金術をこう使うか」


 意外と楽しめてしまっている自分がいる。


「ごめんなさい、遅れちゃって。お待たせしちゃいましたね」

「いや、NYAO見ながらつくづく女子って大変だなって思ってた」

「どうしたんです?」

「いや、NYAOでも変身バンクでコンパクトケース出してきてさ」

「あー、女児向けアニメでは定番ですね」


 後輩も昔通って来た道だと頷いた。

 人気のアニメはおもちゃも同時進行している。

 アニメに出たその日には、該当商品はもう販売しているらしい。

 商売が上手いな。


「で、僕もこんなものを作ってみた」

「番組の時間内で?」

「有り合わせのものを詰め込んだだけだし」

「はぁ、先輩らしいといえばらしいですが」


 それは言うだけ無駄って顔だな?

 わかってるじゃない。

 僕は気にせず説明を続ける。


白粉おしろいは防御。口紅ルージュは攻撃。アイシャドウは移動で活躍するのは心得てる」

「わー、お化粧詳しくないのによく理解できましたね」

「アニメで詳しい特色を教えてくれたおかげだね」


 人は興味のないものにはそれほど食指は向かないが、興味のあるものへの理解力は早いものなのだ。

 普通にニチアサヒーローで培って来た技術である。

 本来ならブレスレットやベルトに対応パーツを組み込むが、NYAOは全部それを顔面に叩き込むという荒技で対応して見せた。僕はそれに感銘を受けているのだ。


「まずはコンパクトケースをオープン」

「真ん中に宝石を入れてるのはオシャレポイント高いですね」

「これは魔石で、専用のネイルに反応して開くタイプだ」

「え、もしかしてネイルに解除キーを?」

「女子ってゴテゴテしたもの嫌いな割に、おしゃれでゴテゴテするのは一向に構わない生き物じゃん?」

「異議あり、と言いたいところですが今は説明の続きを」


 言われた通り説明を続ける。


「まずは白粉の選択だ。女子的な配慮はわからないので、わかりやすくタイプ別に選べるようにした」


 コンパクトの中ではリング式に回転する選択画面が現れる。

 それを専用のブラシで選択するのだ。

 女子はこういうの拘ると思って。

 しかし食いついたのは全く異なるところだった。


「えっと、選ぶだけで実際には化粧しない?」

「そんな暇を敵に見せたらやられちゃわない?」

「変身バンクを挟むとか」

「そんなにしょっちゅう入れたらテンポ悪くなるでしょ。なのでこうした」


 真ん中の魔石をタッチすると、鏡に映った自分の顔が投影される。

 そこに白粉、口紅、アイシャドウに対応した部分が光り、属性選択をするとそれが即座に顔に対応されるというギミックだった。


 僕は実際に使って見ながら説明を重ねる。

 すると肩をワナワナと震えさせた後輩が、真顔で詰めてきた。


「ぜひ商品化させましょう!」

「痛い、痛い! 顔がマジすぎるって。これはおもちゃだから、商品にはしないから!」

「世の女性はこういうのを待ち望んでいたんです! 早く、実現させて先輩ここにありと見せつけてやりましょう、さぁ今すぐに!」


 もう何を言っても聞かない後輩に促されるまま、僕は研究に取り掛かり、後輩の要望を全て取り入れた世界で一つのコンパクトケースを制作した。

 ローディック師との対談?

 余裕でぶっちぎったよね。


 その後特許を取ったり、化粧品メーカーに話を持ちかけたりとてんやわんやの毎日。なんだかんだと3ヶ月の月日が過ぎ去ろうとしていた。

 ここ最近疲れ顔の後輩の笑顔が見れたので、僕もほっこりした。


「それで、約束の日に来れなかったと?」


 真顔で固まるローディック師は背後に虎の守護霊を背負っていた。

 静かな怒りが体全身から伝わってくるようだ。


「うん、ちょっと夢中になれる研究にぶち当たってね。そもそも僕もあなたもそういう人間だって前もって知っていたじゃない」

「ならキャンセルの連絡くらいあってもよかった。ずっと具合を悪くしたのでは?と心配で眠れぬ日々を送っていたのだぞ?」

「そこは本当に申し訳ない。代わりにはならないが、研究の成果をどうぞ」

「ふむ。センパイがそこまで夢中になるアイテム、興味がないといえば嘘になるが、これは?」

「化粧道具だね。今の僕の技術をこれでもかとぶち込んだ」

「流石に私は化粧とは無縁の男でな」

「でしたら私にください!」


 やたらと食い気味に、エミリーさんがやってきた。

 後輩が事前に連絡を入れていたのだろう。

 全身から興奮冷めやらぬオーラが漂っている。

 鼻息の荒い彼女に、ローディック師は完全にタジタジだ。


「使用方法の説明は後輩に聞いて」

「はい、ではあちらで詳しいお話をしましょう!」

「では先輩、私たちはこれで!」


 気を利かせてくれたのか、後輩は僕とローディック師を二人きりにしてくれた。

 あの魔法のコンパクトケースを前にすると、世の女性はおかしくなってしまうそうだ。

 後輩もそうだが、エミリーさんの変貌具合も恐ろしいものだった。

 秘書業を投げ捨てて飛びつくんだもの。麻薬か何かかな?

 後輩が夢中になってたのもあり、却って僕は完全に冷めていた。

 たかが化粧道具ひとつ。

 僕の中ではそんなものさ。


 それはさておき、彼にわざわざ呼び出した事情を聞いておく。

 余裕で約束を破っておいてなんだけど、らしくない理由を聞きたいところだった。


「で、僕に用事って?」

「ホッホ。大したことではないんじゃがな」

「わざわざこんな場所に呼び出すんだもの。実は大層なことなんじゃないの?」

「先輩は本当に『にゃん族』と関わり合いがないのかの?」


 ああ、やっぱりか。

 この探り方。

 そうであって欲しくないとは思っていたが、完全に僕の中で確信に変わった。


「それってローディック師が『うさ族』と癒着してるから気になる感じ?」

「ほっほ、バレていましたか」

「隠さないんだ?」

「隠したところで無駄でしょう? 今回の訪問の件。らしくない行動の数々。センパイなら即座に見抜いてくると思っておった。なんならその上で予定をずらしたのではないか? とも」

「今回に至っては完全にこちらのミスかな。まぁわかっていたのは事実だけどね」

「それでもこちらの誘いに乗ってきた。その意図は?」

「面白そうな匂いがした。ローディック師が何に乗せられて手を組んだのか含めて気になった。それだけじゃダメかな?」


 彼の瞳の奥が怪しく光る。

 その瞳孔は大きく開き、そして笑みを強めた。


「ハッハッハ! 流石センパイ。己の身の危険を顧みず、未知を探究しようとするか。深淵の先に身の破滅が待ち受けようとも!」

「それを判断するのは僕なんだよね。なんだったら蘇生薬の備蓄も潤沢だ」

「そうか、そうだったな。センパイはとっくに私を超越している。同じ基準で例えるのが愚かだ」

「それで、ローディック師は深淵を除いて死ぬほどの知識を得たの?」

「そうじゃのう……」


 語れば長くなる。そう前置きして、語った。

 最初に接触したのは30年も前。

 まだ大学を卒業してこれから魔道具技師として自立しようとしていた頃だった。

 拗ねての財産を注ぎ込んだ研究が徒労に終わり、膨らんだ借金の取り立て人から逃げる生活に疲れた頃に現れた。

 その時は救いの神だと縋ったそうだ。


 落ち目に現れて手を貸すとかナンパ男のすることじゃんね?

 しかし相手は女性個体。

 金は貸せないが、知識は貸し出す。

 特に目立つウサ耳をつけた学者肌の女性は潜伏場所の提供を願い出た。

 それが今秘書をしているエミリーさんだそう。

 え、今そんな感じなくない?

 後輩と化粧談義で盛り上がっている彼女を思い出し、苦笑する。


「しかし、それはあの者たちの地上進出の足がかりに過ぎなかった」

「うさ族の最終目標はやはり?」


 胡散臭いにゃん族と同様に地上の侵略ではないか?

 そんな問いかけに、彼は首を横に振った。


「真意はわからん。じゃが、間違いなくその可能性は捨てきれん。オーバーテクノロジーを与え、世に混乱をもたらす片棒を担がされたしの。薄々そうなんじゃないかと感じていた」

「けど、そうはならなかった?」

「ああ、どうやら人を探しているようだ」


 人を?

 と言ってもそれが人類である可能性は限りなく低い。


「それがうさ族の重鎮か、はたまた別の種族かわからぬが、大変な物を盗んでしまった。それを取り返すための助力をして欲しいと」

「訳がわかりませんね」

「じゃが、私は断れなかった」


 理由はともかく、落ち目の自分を拾って救ってくれたのは事実。

 人探しくらいは手伝おう。そう約束は取り決められたと。


「ふぅむ」


 考えれば考えるほど、相手の真意がわからない。

 けどそのタイミングで僕に話題が飛んだ。

 探し相手は高い熟練度を持つ存在だった?

 まさかね。


 いや、僕をにゃん族と間違えていた場合、辻褄は合うか。

 相手の探し人がにゃん族である確証は今のところないけど。


「とりあえず会って話をしてみないことにはわからないかな」

「話を聞いてなお行かれるか」

「止めないんだ?」

「さっきからそれとなく引き留めてはいますが、その気になったら止まらないでしょう?」

「よくわかってるじゃない」

「なのでこれをお渡ししておく」


 そう言って、手渡されたのは。肩からかけるタイプのポーチと指輪だった。


「これは?」

「もしもの時のお助けアイテムですな。今のセンパイによく似合っている」

「ああ、そういえば後輩の都合でNYAOになってるんだった」


 ちょうどいいので、この姿をお披露目しましょうってことになった。

 もう慣れたもんさ。まぁ僕もチーフなので僕の普段着と似たようなものなんだけどね。ハハッ。

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