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77.思い出させてはいけないバンド

「じゃあ音が無いのはどうして? 無いのにどうしてあんたの声はここで聞こえる訳? それにあんたの声、いつもと少し違う……」

「質問の多い子だ」


 くす、とHALの顔にやっといつもの笑いが浮かぶ。


「そこで子供扱いする? 見かけから言ったらよっぽどあんたの……」


 そこで安岐は言葉を切る。見かけとは関係ないんだっけ。ちらり、とHALは安岐に横目をくれる。


「前も言ったよね。俺の本当の年からしたら君は子供もいーとこ。ま、それはいいけどね。音がないのは、ここには基本的に時間が無いから」

「時間が無い…… さっきあの人達の声が聞こえたのは?」

「あれは過去の光景」

「過去の」

「そういうものを映し出す分には大丈夫なんだ。だってそうだろ? ここにライトが君のいる筈の時間に、点く訳がない」

「あ」


 そうか、と今更のように安岐は気がつく。


「この噴水塔、こんな綺麗なものだったんだ」

「うん。それは俺も思った。この都市は結構雑に作られてるとか言われてるけれど、時々こうゆうものが無造作に、無意味に残されてる」

「無意味……」

「……かどうか本当には知らないけどな。まあ俺が昔住んでた地方ほどにそういうもの多くはないけど、それはそれでいいと思ってきたし、無計画にいろいろ作っては組み合わせるそのばかばかしいところが俺は結構好きだったし」


 誉めているのか、けなしているのか判らない言いぐさだ、と安岐は思う。


「HALさん西の人…… だったんだよね」

「判る?」

「言葉が西の人だよ」

「そ。西に居たんだ。それから東の首都へ出向いて、そこから旅巡り……」

「大道芸人のような言い方だけど?」

「近いんじゃない?」


 ふっと彼は腕を上げる。


「今からあのバンドのライヴが始まるんだ」

「……読めない」

「読めるよ」


 よく目をこらして、と彼は安岐につぶやく。言われるままに安岐は黒く細く書かれたその文字に目をこらす。それまで意味の無いアルファベットの羅列の様だった文字が、意味を持ち始める。


「……判る」

「うん。ここなら読めるはずなんだ」

「ここなら?」


 HALはうなづく。


「あの都市の中では、俺達のバンドに関する記憶は、全て隠してきたんだ。あの時、あの場所に居合わせた君達の記憶を初めとして、出したソフトとその中身に関する記憶……」

「あんた達のバンド……」

「決して出してはいけない。思い出せてはいけない。大気に乗せてはいけない」


 安岐があのソフトの上に見た彼らの姿。そうだ、確かにあの名前だった。妙に綺麗な字面で。


「あの時も、何てことない、ただのツアーの一部だったはずなんだ」

「あの時……」

「十年前の、夏」


 暑い年だった、と今になって安岐は思い出すことができる。


「西や南の都市を回って、何日も何日も、旅の日々。いろいろ楽しいこともあったし、誰かが身体壊して倒れてしまったこともあったし、いろいろ。全部が全部いいことじゃなかったけれど、全部が全部嫌なことでもなかった」

「学校時代のような言い方するなあ」

「どんなことだってそうだよ。でもね安岐、俺は結構この都市へ来るのは不安だった」

「どうして?」

「この都市は俺を嫌っていたから」

「え? だって今はあんたが都市なんだろう?」

「ううんそれじゃなくて、当時の。『彼女』だよ」


 ああ、と安岐は城の地下(?)で聞いた話を思い返す。


「あの頃、『彼女』に俺は嫌われていたし、布由の奴は好かれていたんだ」

「?」


 都市がそういう好き嫌いを見せる、というのが安岐にはイメージできなかった。


「『都市』の意志である『彼女』とね、俺の出す声は、何でか判らないけれど、ひどく反発していたんだ。別に俺にそんな気があった訳じゃない。はっきり言えば言いがかりに近いんだけど、まあ朱夏にとっての布由の声みたいなものかな……いやちょっと違うか。『彼女』は俺の声が自分の中に響くと、ひどく心地悪かったらしい」

「…………へえ」

「で逆に、布由の声は『彼女』の中で心地よく響いたらしい」

「そういうこともあるんだね」

「うん。人間だってそうだろ、声の好みなんて本当にみんな別だもの。『いい声』って世間一般で言われてようと好きじゃない声ってのもあるし、逆に『すげえだみ声』とか言われても、俺にはたまんない、ということもあるだろうし」

「そうだね。それは凄く判る」


 尤もそれを「都市」というレベルに持っていくとよく判らないと言えばそうなのだが。


「で『彼女』は俺を来させたくなくて、いろいろ妨害したんだ」

「妨害?」

「声が、上手く通らない」

「声が?」

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