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第77話 動き出す計画

「何? 襲撃が失敗した?」


 暗がりの執務室で、モニターの光だけがその男の異様に光る目を映し出している。

 訪問者の女は「電気ぐらいつけろよ」と男の年齢を心配しながらも、余計なことを口にして給料を減らされる真似だけはされないよう口を噤む。


「はい、定刻になってもいまだ連絡はつかず。ダンジョンを出たと言う報告もありません。記者も、もううちからは二度と仕事を受けないと息巻いておりまして」


 女は悠長に述べる。所詮記者など足切り商売。

 しかし下手に扱えば、自分たちの商品の悪口さえ書かれかねない諸刃の剣。

 書いたところで事実はもみ消せるので、特に大した心配もしていなかった。

 もみ消すお金を自分のボーナスにできれば最高だ、くらいには思っているが。


「そっちは元から期待してない。金欲しさで絡んできた連中だ。空海陸は社会とは繋がってないとから連絡は受けていた」


「それでは?」


「あまりこの作戦は取りたくなかったが、出来レースをする。捕獲していた実験モンスターの産物を孫に預けろ」


「まさか、あれを?」


 女は驚愕する。

 あれ、と言うのはかつて契約していた迷宮探索者ダンジョンアタッカー、二余郡太の成れの果て。

 ダンジョンエラーを引き起こし、魔石泥棒として全国から指名手配され、さらには全国区で食い逃げを実行してご近所迷惑を果たしたあの男を解き放つと言うのか!?

 しかも可愛い可愛い目に入れても痛くないと大切に育ててきた孫娘、久藤川ひかりのアタックするダンジョンに?

 正気じゃない。


「ああ、あれだ。今まで封印指定していた極大魔剣、イグニス。それをひかりに持たせてやれ」


 違った、そっちか!

 女は最初から知っていましたとも! と乗り気で言った。


 極大魔剣イグニス。

 それはモンスターを活き餌として、魔神を呼び出すための儀式魔剣。

 魔神が降臨した地にはペンペングサひとつ生えない焼け野原となる。


 その魔神が降臨した後、永久封印されたと言われるあの魔剣を持たせると言うのだ。それを会社の商品として扱う、と男は言い放った。


「あの子のデビューはもっと華々しくなくてはならん。深淵の魔獣を一匹追い返したぐらいで目立ってはいけなかったんだ。そうだよ、今思えばいい機会だった。それをワシときたら目くじらを立てて……」


 男、久藤川烈火は久藤川グループの社長にして探索者学園の理事も務めていた。

 学園で調達した素材をちょろまかし、自分の会社の実験に投資していたのである。

 孫が初めて遭遇したブラックドラゴン。

 討伐こそできなかったが「素材の一つぐらいは入手できただろう?」と烈火は大層喜んだ。


 しかし帰ってきた言葉は「そんなものより生徒の命が大切じゃないんですか? 大人なら、社会人なら子供の命を優先しろよ」と言う至極真っ当なもの。

 その日から烈火にとって空海陸は相容れない存在となった。


 来る日も来る日も思い出しては怒りに震え。

 そして目の上のたんこぶという理由だけで「学園にふさわしくない! 出ていけ!」と自主退学を促したのである。


 相当に傲慢な理由だったが、あの学園で理事を務める烈火に逆らえる人間は誰もいなかったのでそれがすんなり通ってしまった。


 それが罷り通ってしまっている学園では、空海陸の退学後資源が思うように集まらなくなっていた。

 原因はわからない。しかしその少年が在学してる時の資源の豊富さは日を追うごとに消えていき烈火は「こんなはずじゃなかった」と落ち込む日々を送った。


 ならば孫にチャンスを与えてやるのも祖父のつとめ。

 そう思い立った烈火は研究中の魔剣を持たせた。

 するとみるみる活躍していく。


 そこで孫と一緒に活躍しつつも、資源を持ち帰ることの多くなった存在を知る。

 孫がそれを担ってくれたら言うこともなかったが、どうもその魔剣は対象を消し炭にするのに躊躇がないらしい。


 対して風の魔剣に呼応した被験者一号威高こおりは切り刻むことに特化し、資源を無傷なまま持ち運ぶことが多くなった。

 闇の魔剣の被験者二号二余郡太と比較にならない活躍だった。


 しかし傲慢な烈火の願いをいつまでも聞いてはくれず、仕方なく金で雇われてくれる二余郡太を使うほかなかった。


 その二余郡太はダンジョンエラーを起こし、深淵の魔物に取り込まれてしまったところを研究所が保護し、飼育している。

 人間だった頃の意識はほとんどなく、魔石を大量に喰らうと言う無駄飯ぐらい。

 ならばこちらの実験材料にしてしまえ、と烈火は考えたのだ。


 新しく実験に投与する封印指定の極大魔剣。

 そこにはかつて二余郡太と呼ばれる男の能力が模倣され、それはインスマスダンジョンで華々しいデビューを遂げた。

 魔石を喰らう性質は相変わらずだが、まだこちらの言うことに理解は示してくれている。


 使用後24時間以内に体が持たずに消滅することを除けば及第点だろう。

 極大魔剣とはそれぐらいに高い威力を内包しているが、使用者に対するデメリットもまた大きいのだ。


 今回投与するイグニスも使用者の命を200人は喰らってきている。

 それを孫に持たせると言うのは烈火にとって苦渋の決断だった。


「使用時間は30分までにせよ、と伝えておけ」


「恐ろしいお方」


 女は烈火の人しれぬ葛藤を知らず、ただ、ずいぶん深い時間考え込んでいたのを「この時間も給料は発生するのかな」などと考え込み、退席した。


 久藤川グループは烈火のワンマン運営なところもあり、能力が優秀ならばどんな人格の相手でも雇う懐の深さを見せる。

 しかし同様に一度ヘマをした社員は退職する前に謎の失踪を遂げる噂があった。

 炎の極大魔剣イグニスの実験をした時に消えた社員は実に200人。

 ちょうどいなくなった被験者と一致することから、一度のミスも許されないと人知れず噂が立っていた。


 なので社風は余計なことは言わず、しかし考えるのは自由というものになっていた。


 その日、高校卒業と同時に探索者デビューした久藤川ひかりと威高こおりは颯爽とAランク認定試験をパスし、世間を騒がせていた。


 その話を聞いて、烈火はうんうんと頷くのであった。

 これで良かったのだと話を締めくくる。


 社員ばかりが心の底で「社長がご乱心なされた」と騒がしかった。



・ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。



 同日、俺たちは検査後に暇を持て余し、今度の休みの日にダンジョンが使えないならばプールに遊びに行こうということに。

 いつも配信ばかりで気苦労をかけていたのもあり、配信は休んで心を休ませようと計画を立てていた。

 その日に向けて今日は水着を買いに来ている。

 その後食事でもして帰るつもりだった。

 時刻は昼下がり、買い物して食事をしたらちょうど日も暮れるだろう。


「志谷さん、女児のファッションに精通してるよね? 任せても?」


「先輩、それは流石にデリカシーなさすぎでは?」


 なんだよ、似たような背格好してるんだから、手に取るようにわかるだろ?


「お兄たん、あたしこれでもいいよ!」


「そんな派手なのはダメです! もっと地味なのにしなさい」


 俺は妹の持ってきた派手な色合いの水着を突き返した。


「えー、店員さんに聞いたら、あたしくらいの子はみんなこれ着てるって言ってたよ?」


「先輩、それ今年の流行ですよ。しかも小学生のファッション界隈で」


「は、正気か?」


 だって色は派手派手、布を捻っただけのもので胸と下腹部を覆うような、いわゆるビキニだぞ? 小学生のうちから誰かを誘惑するつもりかよ。


「こういうのが可愛いんですよ。誰かを悩殺するつもりもなく、おしゃれできてるんです」


「ダメダメ、お兄ちゃんは許しませんよ」


「先輩、そういうところで保護者風吹かせますよね?」


「いや、だって心配だろ?」


「そこは颯爽と助けに行くって考えはないんんですか?」


「だからってみうを危険な目に合わせていいことにはならないだろうが」


「心配性の極みですね。ならいっそ、プールを貸切にして撮影会でもしてあげたらいいんじゃないですか? 九頭竜の財力ならできませんか?」


「瑠璃さんが許可するんならな」


「理衣さんをダシに使って、なんとかなりませんかね?」


「私がどうしたの?」


 そこではみうたちよりもはしゃいで水着を選択している理衣さんの姿があった。

 今度の休みできるであろう水着が一着どころか随分とたくさんあるように思う。


「随分たくさん買い込みますね」


「そう? こういうのって着る機会なかったから、どれもよく思えちゃうのよね。瑠璃に言って買わせるから、みんなも好きなの選んでちょうだい」


 瑠璃さんをこき使いすぎだろう。

 一応連絡だけしておくか。


『何!? 姉さんが水着を着るだって! それでプールを貸切にして撮影会か。許可する! ブラックカードを使ってもかまわん。本当なら私がその場に駆けつけたかったんだがな、あいにくとダンジョン入りしてしまっている。あー、なんでこの日に予定入れちゃったかな! 私のばかばか。ということでだ、陸くん、カメラマンは任せたよ?』


 早口で言いたいことだけ言って電話は切れた。


「瑠璃はなんだって?」


「好きなだけ買えって」


「ほらご覧なさい。なんならデザイナーさんごと雇い入れてしまってもいいんじゃないかしら?」


 いつになく上機嫌な理衣さん。

 ああ、そうか普段は瑠璃さんが買ってくる服を否応なく着てるだけで、自分でこうして選ぶ機会などなかったのだと思い知る。

 ただ動けないだけじゃない寝たきり状態。


 それは選択の自由すらも奪うのだ。

 思っていた以上に深刻で、そして瑠璃さんの猫可愛がりっぷりに納得するのだった。

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