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「こっちです!」
学校の裏門から出て、道路を東の方へ進む。それから最初の十字路を南へ曲がり、道なりにひたすら走ると、大きな公園が見えてきた。
交差点沿いにあり、歩道との境には街路樹が並んでいて、ずいぶん先まで続いている。公園の出入り口と思われる場所には石柱が二本、門のように立ち、その向こうに『狛杜公園へようこそ』という文字と、地図の書かれた大きな看板が見えた。
歩行者用信号を待ちながら菅原が後方を振り返ると、少し遠いが仁科も一応こちらの後を追って走ってきている。信号が変わり、菅原と小坂は飛び込むように公園の中へ駆け込んだ。
しかし、公園の中にいるのは小学生から中学生くらいの子どもが多く、端にあるベンチでは主婦たちがおしゃべりをしているばかりで、見知った顔は見当たらない。
肩で息をしながら、菅原が何度も辺りを見回すが、和都の姿はやはり見えなかった。
「見たところ、相模はいないけど……」
言われて、小坂が出入り口の近く看板へ駆け寄る。
地図には看板の現在地と、特徴的な遊具のイラストがいくつか描かれていた。
「でもほら、この遊具とかそっくりじゃね?」
小坂の指差すイラストは、確かに仁科に送られてきた写真のものと特徴が似通っている。ちょうど看板の近くからも見えたのでそちらに視線を向けると、多少バランスは違うようだが、写真の遊具そっくりだ。
やはり和都はここにいる。だが、見えない、らしい。
「もっかい掛けてみる!」
そう言って、唯一繋がった小坂のスマホから再び和都に電話を掛ける。
最初の時よりも酷い雑音が繰り返されたが、今度もなんとか繋がった。
〈こ……か……?〉
途切れ途切れ、少し遠くから話しているのかと思うような音量だが、確かに和都の声が聞こえる。
「相模?! 今おれらも近くにいる!」
〈どっち……けば……〉
小坂の声にちゃんと返答した。意思疎通できている。
こちらの声は向こうにもちゃんと届いているようだ。
あとは向こうの現在地が分かればいいのだが。
「ええと、じゃあ、近くに何がある?」
菅原がスマホに向かって呼びかける。
〈……と、青……シーソ……と、かだ……〉
「青いシーソーと、花壇?」
雑音が酷い。
ようやく聞き取れた単語を小坂が繰り返すと、菅原は地図を見上げた。花壇は看板のすぐ近くにある。青いシーソーはその向こう側だ。
「それなら、花壇のほうに真っ直ぐ!」
「花壇のほうに真っ直ぐこい!」
小坂が言うと、しばらく雑音が続く。また途切れてしまうかと思った矢先、ふっと雑音が聞こえなくなった。
〈あ……〉
急に電話の向こうの声がクリアに聞こえる。
え、と思った次の瞬間には、そこに確実にいなかったはずの人間が、立っていた。
「……出れ、た!」
スマホを片手に肩で息をして、随分遠くから駆けてきたような、そんな様子の和都がいる。
「やった!」
「相模ー!」
制服姿のまま汗だくで、泣きそうな顔をした和都が、その場でぐったりうなだれ、しゃがみ込んだ。
菅原と小坂は一度顔を見合わせて笑うと、それから和都に駆け寄って二人して抱きつく。
「よっしゃー、見つけたぁ!」
「もー、お前何してんだよぉ」
「……ごめん、ありがとう」
菅原に頭を撫でられながら和都が顔を上げると、公園の出入り口にある石柱に寄り掛かって、肩で息をしている人物が目に入った。
「……おかえり」
校内で履いている、白いスニーカーのまま走ってきたのか、珍しく汗だくになった仁科が、いつものように目を細めて笑う。
「せんせ、」
呟くように言いながら、和都はふらり立ち上がり、仁科に駆け寄って抱きついた。
「こわ、かった……」
「うん、頑張ったな」
仁科がそう言って、目に涙を小さく浮かべた和都の頭を優しく撫でる。
その様子を見ていた菅原は、ふむ、と考えていた。
よく分からない状況ではあったし、大変なことが起きていたのも分かる。だが、それにしてもだ。
なぜ、和都が連絡先すらも交換し、春日ではなく仁科を頼ったのか。そしてなぜ、当たり前のように仁科も和都のためにあそこまで必死になっているのか。
しかし、それを言及するのは多分、今ではないだろう。
菅原はうーんと伸びをして立ち上がる。
「……よし、相模見つかったし、戻るか!」
「おう、練習の続き!」
続いて小坂も立ち上がり、二人が出入り口のほうへ向かってきた。
「え、二人とも部活抜けてきてたの?!」
和都が鼻をすすりながら驚いて二人を見ると、菅原はニヤリと意地悪そうに笑ってみせる。
「そーよー、先生が血相変えて体育館に来るもんだからさー」
「小嶋先生の許可はとってるから、心配すんな!」
「……そ、そっか」
どこか大仰に話す菅原とは対照的に、普段通りの顔で小坂が言うので、和都は少しホッとした顔をした。
公園出入り口の前にある歩行者信号を渡り、四人は揃って学校に向かって歩き出す。
「はー、小嶋先生には今度コーヒーでも奢るかなぁ」
疲れた顔で仁科がそう言った。
突然、練習中の体育館に駆け込んで、意図不明な申し出を快諾してくれたのだから、それくらいはするべきだろう。
「おれらにも何かくれよ」
「いーよ、今度ね」
仁科の返答に、小坂がよっしゃ、と喜ぶのを見て、今度は菅原が口を開いた。
「先生、オレは先生に色々と聞きたいことがあるんですけどぉ」
「……でしょうねぇ」
「部活戻んなきゃだから、明日の昼休みに
「ドウゾ」
菅原の妙に楽しげな顔に、仁科が眉を八の字にしながら答える。春日も含めて、というのが気になったが、和都に関することなら仕方がないだろう。
「よっし! 先生、覚悟しとけよ!」
小坂が仁科に向かって人差し指を向けて言うと「戻るぞー!」と叫びながら、学校へ向かって駆け出した。
「じゃあな、相模。また明日!」
菅原は和都の肩を軽く叩くと、小坂を追いかけて走り出す。
西日が空をオレンジ色に染め始めた時間。
仁科と和都は走っていく二人の背中を見送りながら、ゆっくり学校へ続く道を歩いていた。
「……いい奴らだねぇ」
「うん。でも……」
「ん?」
「……やっぱ、言わなきゃダメ、だよね」
和都の表情は、薄い影を落としたように少し暗い。
「そうねぇ。言っちゃったほうが楽だと思うけど」
「でも、ずっと隠してたから、さ。……こわいなって」
二人のお陰で助かった以上、何が理由で、何が起きてそうなったのかは、話す必要があるだろう。
けれどそれを説明するには、線を引いてひた隠していた秘密を、打ち明けなければならない。
「俺は……春日クンの尋問が今からコワイ」
「おれもぉ……」
中学時代を含めて四年以上、春日には言えなかった話をするのだ。
和都が躊躇うのも仕方がない。
「小学生じゃあるまいし。あいつらも、そんなことで今更お前を嫌ったりなんてしないよ」
そう言うと、仁科は和都の肩を抱き寄せて。
「俺も隣にいてあげるから、楽になっちゃいなさい」
「……うん」
和都は俯いたまま、小さく頷いた。