◇
昼休み。
保健室のドアには『面談中』と書かれた札が下がっている。
和都達はいつものように屋上で昼食を食べ終えてから、保健室に集合した。
「──そんなわけで、まぁ色々聞きたいんだけど」
保健室の中央にある談話テーブルでは、奥の席に仁科と和都が、その反対側に春日・菅原・小坂で並んで座る。楕円のテーブルなので綺麗な真向かいではないが、取り調べといえばそう見えなくもなかった。
菅原が妙に楽しげな顔で張り切っているのを、仁科は呆れたように見ながら口を開く。
「その前に。春日クンは昨日の件について、話は聞いてるの?」
「はい、菅原から聞いてます」
「ああ、そうなんだ。じゃあ何でもドウゾー」
仁科はテーブルに両手で頬杖をついていて、こちらは普段と変わらず飄々とした様子だった。
──……帰りたい。
和都だけ、胃の痛い顔で座っており、春日も小坂も普段通りである。
「えー、とりあえず。一番聞きたいことはぁ……」
菅原がわざとらしく咳払いを一つして。
「ずばり、先生と相模って、付き合ってんの?」
嬉々とした声で言われて、和都はがっくりと肩を落とした。
「……それはない、デス」
「いきなり豪速球だねぇ、菅原クン」
仁科は呆れつつもなぜか楽しそうだ。
「えぇ、じゃあなんで連絡先とか交換したりしてんのよぉ。昨日だってやたら親密そうだったじゃーん!」
菅原が口を尖らせて言うのを見て、そうだったかなぁ? と顔で言いながら、仁科は隣でうなだれる和都に視線を向ける。
「話すとちょっと長いんだよねぇ。……ほれ、相模から言わないとだろ」
下を向いたまま、和都が何も言わないので、仁科が背中を叩いて促した。
気持ちは分かるが、正念場だ。
「あー……うん」
頭を少し下げたまま、和都は前方に座る三人をそれぞれ見て、小さく深呼吸する。
それから、隣に座っている仁科の白衣を、テーブルの下でギュッと小さく握ってから、口を開いた。
「えっと、ね……」
和都は小さい頃からずっと幽霊が視えていること、時々発作のようなものを起こして倒れるのがそのせいであること、そして今は仁科に必要なチカラを分けてもらいながら、狛犬の生まれ変わりらしい自分を狙う『鬼』をなんとかする方法を探していることまで、全てを正直に話した。
「……はー、なるほどねぇ」
「先生が相模をコキ使ってたのは、そういう理由か」
「まぁ、そんな感じ」
仁科はそう言うと、頑張ったね、と和都の頭を撫でる。
しかし、和都の顔はまだ少し浮かない。
一番反応の気になる春日が、考え込んだようにずっと黙ったままだからだ。
「先生の距離感がバグってるわけじゃなかったのか」
「そーよー。一緒にいたり触れ合ったりしてたほうが、相模クンのチカラをより強くできるらしいんでね」
そう言いながら、仁科はこれ見よがしに和都の肩を引き寄せ、両腕でぎゅっと抱きつく。
そこまでしてようやく、春日がジロリと睨むような視線をこちらに向けた。
「……確かに、最近は全然倒れてないな」
「でしょ?」
春日がいつものように口を開いたので、和都は仁科に抱きつかれたまま、少しだけホッとしながら言う。
「触れ合うことでチカラが強くなり、チカラが強くなれば、気持ち悪くならない、か。……なるほどな」
この件については、まだ少し考えているようだが、春日なりに納得はしたらしい。
「しかし『鬼』かぁ」
「昨日のも、結局それ絡み、なんだよな?」
「うん。あのいっぱい写真送ったとこで、ずっと川野先生に追っかけられてた」
菅原に訊かれ、和都はそう返しながら頷く。
「だから出てきたとき、あんな汗だくだったのか」
「……うん。ずっと走ってたからね」
思い出すだけでも疲れそうな、異空間での鬼ごっこ。あんな体験はもう、したくもない。
「その送ってた写真は、もう見られないのか?」
「あるよ、見る?」
春日の問いかけに、仁科が自分のスマホを取り出してチャット画面を見せた。
ああそうだ、と和都も自分のスマホを出すと、テーブルの上に置き、それぞれの画面をみんなで一緒に覗き込む。
「うわ、本当に文字化けしてたんだ」
「そーそー、全然読めなくってさ」
和都の撮った写真を一枚ずつ見ながら、春日が何かに気付いたような顔をした。
「……写ってるの全部、学校周辺にある公園の遊具っぽいな」
「げっ。春日お前、それも全部覚えてんの?」
「まぁ俺はずっとこの辺に住んでるし、特徴的なものならだいたいどの公園のものかくらいは分かる」
「そっかー。春日がいたら、相模がどこにいるのかもうちょい早く特定できたのかもなぁ」
迷い込んでいたのは、あらゆる公園という公園を繋いだ空間、というところだろうか。それなら和都の自宅近くの公園から、学校の裏手にある狛杜公園にまで移動したのもギリギリ納得できる、かもしれない。
「しかしお化け云々は、オレと小坂は昨日変な体験をしたから分かるけど、春日は全然実感わかねーよな」
「まぁ、なんとなく理解はしたが、正直なところ実感はない」
酷く困惑している、というわけではなさそうだが、普段から表情の分かりにくい春日の顔にも戸惑いの色が見える。
「そうよねぇ」
「ハクがみんなにも視えたら、早いんだけどね」
そう言って仁科と和都は揃って、保健室の隅へと視線を向けた。
「え、なになになに? そこに何かいんの?!」
何もない場所を見つめる二人に、菅原が怯えたような声を上げる。
「ああ、うん。ハクが、そこに」
仁科と和都には、指差した先に最近は随分白さが濃くなった、犬の頭しかないお化け・ハクが空中に浮いているのが視えているのだが、やはり他の三人には視えていないらしい。
〔実体化はまだカズトのチカラが足りないからなぁ〕
「おれのチカラが強くなれば、みんなにも見えるようになるの?」
〔そうだけど、とりあえず今できる範囲でやってみる?〕
「出来るなら、お願いしたいかな」
〔わかった!〕
ハクと和都では成立している会話だが、もちろん三人には和都の声しか聞こえていない。菅原が困ったように眉を下げる。
「え、なに? なんか始まる、の?」
「あぁ、ハクがみんなにも見えるようにしてみるって」
「そんなこと出来んの?」
「まだおれのチカラが足りないから、一部だけっぽいけど」
和都が説明している間に、ハクが真剣な顔で目を閉じ、んんんっ! と全身に──と言っても首から上しかないので顔全体になるが、チカラを込め始めた。
しばらくして、小坂が感嘆の声を上げる。
「おぉ! 犬の口だ!」
和都と仁科には鼻先から口のあたりの色が少し濃くなったか、というくらい。
だが他三人には、犬の鼻先からパクパク動く口の辺りまで、空中にポツンと浮いて視えているようだ。
〔どう? 見えてるー?〕
「すっげぇシュール……」
「なんだアレ」
菅原と春日が若干引いてるのに対し、小坂だけが妙に楽しそうにハクの元に近寄っていく。
〔どうかな? どうかな?〕
「あ! 近づくと声もなんとなく聞こえる!」
〔ほんと? わかる? 聞こえる?〕
小坂が嬉しそうに言いながら、見えている鼻先を撫でる。
「え、マジで?」
菅原も小坂の言葉に興味を持ったのか、そそくさとハクに近寄っていき、本当だ! と撫で始めていた。
二人の様子を眺めながら、春日がなんとも言えない表情で小さく息をつく。
「まぁ、二人の話は全面的に信用するとして。ただ、このままだと少し、問題が出てくるな」
「え、なんかマズいかな?」
和都が心配そうに春日を見ると、春日は腕組みをしながら視線を二人の方に向けて。
「教師が特別な理由なく、特定の生徒とプライベートで外出したり懇意にしてるのは、立場的にダメだろ」
「あー、やっぱ良くない……よね」
「そこなんだよネー」
部活に入っていれば、部活動の関係で顧問と生徒だけで出掛けることもあるだろう。だが、和都と仁科は委員活動くらいしか接点がなく、学校内で一緒にいるのはよくても、学校外となるとまた話は別だ。