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12-03



 神社跡地から移動して、以前も利用した山向こうのファミレスに入ると、やはり昼食時ということもあって混雑していた。

 家族連れで賑わう中、少し広めの四人席に五人で座り、ドリンクバーで取ってきた飲み物を飲みながら、なかなか届かない注文をのんびりと待つ。

「そういや、相模が見た昔の夢って、どんな?」

 和都が大学ノートを広げ、小坂の話していた雷や祠の件を書き足していると、向かい側に座っている菅原がそんなことを言い出した。

 今朝合流した際にそう言ったのを思い出し、和都は「あー」と少し考えてから、隣に座っている春日を指差し、笑いながら言う。

「コイツがおれに、高校でも『ストーカーする』って宣言した時の夢」

「えー、なにそれ。ストーカー?」

「……違う。見張りだ」

 言われた春日はグラスに口をつけたまま、顔をしかめて和都を睨んだ。

「意味は一緒でしょ?」

「何を見張ってたんだよ」

 小坂の問いかけに、春日は呆れたように息を吐きながら、眉をひそめたままの顔で口を開く。

「コイツが『死なないように』だ。中学の時はやたら家出したり、変なとこ行って死のうとしたりしてたからな」

「うわぁ……」

「なんだ、メンヘラってやつか」

「違うし! 今は、してないっ」

 反対側の隣に座る小坂に言われ、和都はムキになって返す。

「てか、いつの夢だ?」

「あー……中三、かな? 中学校の裏山の、崖から落ちた時だと思う」

 和都の言葉に、今度は菅原が眉を下げた。

「はぁ? 崖から落ちた?」

「コイツよく落ちるんだよ。川にも落ちたしな」

「べつに好きで落ちてるわけじゃないもん」

 四人の会話を黙って聞いていた仁科は、呆れつつも向かい側に座る春日に楽しげな視線を向ける。

「春日クンの愛も、なかなか重たいねぇ」

 しかし春日は、普段と変わらない、冷めた顔のままで言った。

「……これは『嫌がらせ』です」

「あれぇ、そうなの?」

「そーそー。おれへの『嫌がらせ』で高校も第一志望蹴ってるんだよ。バカなやつぅ」

 和都はそう言いながらクチを尖らせる。

「ちなみに第一志望どこだったの?」

白鷹はくよう大の付属」

「げ、マジか」

 白鷹大は隣県にある有名な難関大学で、偏差値もかなり高く、一流の政治家や経営者を輩出しており、本当に頭の良い人間しか入れないらしい。

 その附属高校もまた、白鷹大に進む人間が殆どというような名門高校だ。

「……模試の判定評価、ずっとAだったくせに」

 春日が白鷹大付属に入るために、中学一年の頃からずっと塾に通っていたのを、和都は知っている。

 だからこそ、未だに自分なんかに合わせて高校を選んだことを、根に持っていた。

「うへぇ、偏差値……」

「全教科、きっちりギリギリ足りない状態にしたら、落ちた」

 春日が表情を変えずに言うので、菅原も小坂も驚きを通り越して、ただただ呆れる。

「どこ頑張ってんだよ」

「別の意味でやべー奴じゃん」

 以前、春日が狛杜高校に来たのは第一志望に落ちただけ、と言われたのを仁科は思い出し、そういう手を使ったのか、と逆に感心してしまった。本当に嘘が上手いヤツである。

 周りが感心する中、和都は一人、少し諦めたような、怒ったような顔をしていた。

「このままだと大学もついてくるって言うから、諦めて高校では大人しくするって決めたの」

「高校に入ってからは、確かにないな」

「でしょ? 高校卒業すれば、あの家からも出ていけるし、メーワクかけずに自由に出来るまで、良い子ちゃんするしかないのっ」

 そう言うと、和都は持っていたグラスの中身を一気に飲み干して立ち上がる。

「ドリンクバー行ってくる!」

「俺もいく」

 勢いよく席を立った和都に、春日も続いてついて行った。

 席に残った三人は、ドリンクバーへ向かう二人を見送りながら、ただただ呆れる。

「いやー、分かっちゃいたけども、ここまでとはなぁ」

「あれはどっちもヤベェ」

「拗らせてんねぇ、あいつら」

 仁科がそう言うと、隣りに座っていた菅原が、何故かこちらをじぃっと見つめていた。

「……なに?」

「先生と大差ないっすよ、多分」

「菅原クンは俺の何を知ってるのよ」

 仁科の問いかけに、菅原は楽しそうな顔で視線を逸らして言う。

「いいません♪」

「賢いガキどもめ、嫌いだわぁ」

 和都の周りには、一癖も二癖もある人間ばかりだな、と仁科は苦笑した。



 人も多く混雑しているドリンクバーでは、ようやく順番が回ってきた和都と春日が、それぞれ氷を入れたグラスをジュースサーバーにセットしたところだった。

「……なんで、その話したの」

 隣りに立った春日がそう聞きながら、ジンジャーエールのボタンを押す。視線は薄茶色の液体が炭酸独特の泡を立てながら、コップに注がれるのを見ていた。

「別にいいじゃん、昔の話だし。それに……」

 和都はその隣りで、コーラのボタンを押しながら、目を細めて笑う。

「最近は、そんなに死にたいって、思わなくなっちゃったしね」

「……そ。なら、いいけど」

 春日はそう答えて、それから少しだけ口角を上げた。





 ファミレスを出た後は、近くの市立図書館へ移動し、ちょうど空いていた会議室を借りて、提出用ノートに載せる内容を吟味することになった。

 基本的には和都の『狛犬の目』や鬼の要素を除き、狛山にある不自然な空き地の存在から、昔はそこに何があったのかということを調べるため、地元の人(と言っても小坂の祖母だが)に聞き込みを始めた、といった内容に落ち着く。

 するとまとめたノートを見ていた小坂が「これ、文化祭のお化け屋敷のネタに使えんじゃね?」と言い出した。二年三組は文化祭でお化け屋敷をやる予定なので、神社をモチーフにしたものになりそうだ。

 白狛神社以外の、きちんと看板の残っていた神社跡地の情報を郷土資料から追加で集めるなどしていたら、あっという間に閉館時間である。

「とりあえず、こんなもんかな」

 菅原は自宅が電車でまだ数駅先にあるため、市立図書館の最寄駅で降ろした。山のこちら側に戻ってくると、祖母の家に自転車を置いてあるという小坂を狛山駅前まで送る。

 そこから次に近いのは、春日の家だ。

「じゃー順番的には、春日の家行って、相模の家、かな」

 春日の家の住所をカーナビで確認し、そう言いながらバックミラーで仁科が後部座席を見ると、小坂に手を振って見送っていたはずの和都が寝落ちていた。

「あれ、寝てる」

「……大勢で出掛けることなかったんで、疲れたんじゃないですかね。はしゃいでたし」

 助手席から春日も後部座席を覗き込む。シートベルトは付けたまま、座席に深く座り込んだ和都が、小さく寝息を立てている。

「色々と経験できてないんだろうなぁ、とは思ってるんだけど『友達と出掛ける』も、やっぱりそんなにないの?」

 仁科はそのまま春日の家に向かって車を走らせながら、助手席に尋ねた。

 すると春日は、少し考えてから口を開く。

「……アイツの母親が、妙なこだわりを持ってて」

「こだわり?」

「神社仏閣に近づけるな、と。そのせいで、修学旅行や校外学習に行けたことがないんです。たいてい、そういうとこに行ったりするじゃないですか」

「まぁ、そうだね。歴史の勉強とか、兼ねてるだろうし」

「神社はまだ大丈夫っぽいんですけど。一度、校外学習のルートにお寺があるのを知らせずに参加させたら、学校に抗議の電話がきて大変だったことがあって」

「……なるほど」

 お寺は神社に比べて死を取り扱うことが多い。

 もしかしたら、和都の母親は彼の特異な性質を知っていて、だからこそ家の中に閉じ込めているのかもしれない、と仁科は考えた。

「今は、アイツが視えたり幽霊のせいで倒れたりするからなのかなって、理解はできますけど。中学の時はそれもあって色んな意味で問題児扱いされてましたね」

「まぁ、そうなっちゃうよね」

「それに、近づいてくるヤツはだいたい下心を持ってるし。俺以外の人間と出掛けたことは殆どありません。だから、複数人で出掛けるの、ほぼ初めてだったと思います」

 そうであるなら、和都に付き合っていた春日自身も周りに色々と言われていたはずだ。それについて一切触れないのは、本人の性格なのだろうか。

「……お前も苦労してるねぇ」

「もう、慣れました」

 春日が小さく笑いながら言う。

『狛犬の目』の影響を受けていないらしい彼の、違う形での執着。その真意は、自分と近いような気がして、仁科はそれ以上聞かなかった。

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