「カズト! 覚悟しろ!」
「だーかーら! 三対一は卑怯だろーが!」
翌朝、朝食を食べ終えた和都は、蔵掃除を手伝った報酬として、地元の中学生三人と水鉄砲マッチの再戦を行なっていた。
和都はいつも通りに早朝に起きたのだが、仁科は昨晩散々に飲まされたからか、起きてくる気配が全くなく。仁科が起きるまでの暇つぶしに、午前中から神社にきた中学生たちの挑戦を受けたのだった。
ところが、中学生たちは初日にやった時以上に大きな水鉄砲を持ってきた上、最初から三対一という理不尽な状況。和都は持ち前の俊足で境内を逃げ回りつつ、なんとか応戦していた。
八月も下旬に入ってくるこの時期は、午前中といえど気温が高く、空も綺麗に晴れている。
水鉄砲マッチは結局、四人全員がずぶ濡れとなる結果に終わり、ヘトヘトの状態で広場の隅のほうにある、大きな御神木が作る木陰で休んでいた。
「なんかもう、勝敗よく分かんないんだけど」
「たしかに!」
髪も着ているTシャツもびしょ濡れで、もはや汗なのか水なのか分からない。
水分を含んだ薄い布は、ぴったりと肌に張り付いて気持ち悪かった。
和都がTシャツの裾を絞って、少しでも水分を抜こうとしていると、すぐ近くにいた中学生の一人が、何かに気付いた顔をする。
「あれ? カズト、そこどうした?」
「え?」
「ほら、そこ」
彼が自分の胸の、鎖骨の下辺りをとんとんと指差して見せた。
言われて示された自分のそこを見て、和都はギョッとする。
ずぶ濡れでぴったり張りついた、白いTシャツの向こうに、薄く透けた肌色の上で、赤紫の丸い痣が浮かんでいた。
昨晩の出来事が頭の中を駆け巡り、和都は慌てて痣を隠すように、Tシャツのその部分をギュッと握る。
「あ、いや、これは。……昨日、蔵を片付けてる時に転んで、ぶつけた」
しどろもどろになりつつ、思いついた言い訳を口にした。
「だっせー!」
「妙なとこ打ったなぁ」
「うん、まぁ。蔵の中、うす暗くってさ……」
純粋な中学生相手で助かった、と和都は内心ホッとする。
──先生につけられたキスマークとか、絶対に言えない……!
昨晩は、離れに戻ってきた仁科に、酔った勢いのまま布団の上で迫られた。
そして、それを受け入れた結果がこれである。
一線は越えなかったけれど、昨晩のことが夢ではないという証拠だけは、自分の胸元に残っていた。
だってこれは、いつものチカラを分けてもらうためのキスとは違う。
はっきりと伝えてもらったわけではないけれど、向こうも同じような気持ちだという証。
恥ずかしいけれど、自分の気持ちを受け止めてもらえたような気がして、少しだけ嬉しい。
「そういやカズトって、今日帰んの?」
「うん。蔵での調べ物は一応終わったしね。戻って調べたのまとめなきゃだし」
汗を拭いながら中学生の一人に聞かれ、和都は笑って答える。
そっかー、と少し寂しそうに返事をするので、和都もなんだか名残惜しい。
チカラが強くなったからか、それとも神社のお陰か。知らない場所で知らなかった人たちと、こうして普通に笑い合って交流できるのは、やっぱり楽しかった。
「じゃあ来年も来いよ! 今度はみっちり遊ぼうぜ!」
「えー、でも来年は受験だからなぁ」
「そっか、高校受験?」
「大学受験だっての! 高校二年だって言ったろ?」
身長のせいか、どうしても同年代に見られてしまっている。初日から敬語で話しかけられていないのがその証拠だ。その分親しくはなれたが、やっぱり釈然としない。
「じゃあ受験終わったら来いよ!」
「分かったよ、来れたらな」
嬉しそうに笑う中学生たちに、和都は同じよう笑ってみせた。
◇
「今度は調べ物じゃなくて、遊びにおいでね」
「はい、ありがとうございました」
午後を過ぎた頃になって、ようやく仁科が起きてきた。
そこから少し遅い時間になった昼食をいただき、地元の名産やお菓子などをお土産にもらって、和都と仁科は安曇神社を後にする。
神社の専用駐車場を出ると、来るときには通らなかった墓地の見える通りを抜けた。そのまま大きな道路へ繋がる道を走っていると、青々とした田畑の広がる街並みが、後ろの方へと遠ざかっていく。
「女の人苦手って言ってたけど、凛子とは結構話せてたね」
運転する仁科に言われ、和都は頷いた。
「凛子さんとか、安曇の家の人とか、あと神社にくる人は全然怖い感じしなかった」
「波長が合う合わないがあるのかねぇ。やっぱ安曇神社と縁があるかどうか、が基準なのかな?」
「どうなんだろ? でも、女の人とも頑張ればちゃんと話せるんだって、自信にはなったよ」
そんな話をしていたら、仁科が交差点で高速道路に向かう道とは逆方向にハンドルを切る。
「あれ、先生。道、違わない?」
「ちょっと寄り道。せっかくこっち来たから、実家の方にも顔出しておきたいなって」
「……あ、そっか」
仁科の実家、つまり和都にとっては所謂『本家』となる場所だ。
なんだか妙に緊張してしまう。
「まぁ、仁科の本家にはなるけど、安曇の分家みたいなもんだからね。そこまで大きくないし、親父達は今ちょうどいないらしいから、そんな緊張しなくて大丈夫だよ」
和都の表情が強張っているのに気付いたのか、仁科が明るい声で言った。
「それなら、いいんですが」
仁科はそう言うが、到着した日に見た安曇家の人達の反応を思い出すと、どうしても気が引ける。
赤信号で停まったタイミングで、仁科の手が伸びてきて頭を撫でた。そちらを見れば、どこか懐かしそうに、とても優しい表情をしている。
「もう一人の弟が、俺の代わりに家を継いで頑張っててさ。子どもが二人いるんだ。アイツの代わりにってわけじゃないけど、会ってやってよ」
「はい……」
和都が答えてすぐ、信号が青に変わったので、仁科はハンドルを握り直すと、ゆっくりアクセルを踏んだ。