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19-04



 四人は仁科の車で狛山へ向かった。

 途中、山の麓にある小坂商店に立ち寄り、お清めに必要な清酒を購入。和都はその際に、ようやく小坂の祖母・キヌエに、改めて神社調査のお礼をすることができた。キヌエも狛杜高校の文化祭には来ていたそうで、和都たちの展示は小坂の案内で見てくれていたらしい。

 じっくり話したいところだが、遅くなってはいけないと、すぐに白狛神社跡地へ向かった。

 山の一番高い位置を通る坂道を上がっていき、カーブの膨らんだ先に小さくできた駐車場のような場所に車を駐めると、そのすぐ近くにある、坂の上からも下からも見えにくい通路へ向かう。

 以前は雑草をかき分けなければいけなかった場所だが、工事のおかげか雑草もなくなって、跡地へ繋がる緩やかな坂道がよく見えた。

「あ、入り口が分かりやすくなってる」

 通路へ視線を向けると、暗くなり始めているせいなのか、その先のほうはどこか薄暗い。

「和都くん、まって!」

 率先して車を降りた和都が、すぐに跡地へ向かおうとしたのを、凛子の鋭い声が止めた。

「え?」

「……やっぱりちょっと、澱んでるわね。帰ったらしっかりクレームいれなくちゃ」

 そう言いながら、凛子は持ってきたリュックから、四角い白い紙が斜めに繋がった紙垂しでを沢山つけた木の棒──大幣おおぬさを取り出す。

「ちょっと下がっててね」

 凛子は和都に車の辺りまで戻るように言うと、大幣を前に突き出すようにして両手で持ち、一人通路の入り口に立った。

 そして、何事か呪文のような言葉を呟きながら、大幣を左右にゆっくりと振るう。

 すると通路のほうから、吹き下ろすような風が周辺に広がるように駆け抜けていった。

「……うん、ひとまずはこれでいいわね」

 持っていた大幣を、肩に担ぐように持ち替えた凛子が言う。

 何がだろうか、と和都が通路の先へ視線を向けると、先ほどまで薄暗かった辺りが明るくなっていた。

「……え、あれ?」

 戸惑う和都を見ながら、凛子が楽しそうに笑う。

「やっぱり和都くんにはちゃんと視えてたみたいね」

「じゃあ、あの薄暗いのって」

「うん。不完全なせいで周辺から集まってきてた悪い気よ。アタシは気配で分かったから祓ったんだけど、和都くんには目で視えたのね」

 すごいなぁ、と凛子が感心した声で言った。

「……普通は、視えないんですか?」

「霊能力も種類とレベルが色々あってね。視えたり感じたりするほかに、聞こえたり、匂いで分かることもあるわね。こう言うのは、霊力チカラを蓄えられる許容量とは別で、人によって違うんだけど、チカラが増えるとその能力のレベルは上がっていくわ」

「なるほど」

 和都が視えるのに悪霊に耐性がなかったのは、霊力を蓄えていなかった為だが、仁科の協力や安曇神社に行ったおかげでチカラが増えたため、視るチカラもかなり強くなっているらしい。

「気配みたいなのは、よく分からなかったです」

「和都くんはそっちはあまり強くないのかも。ヒロ兄と一緒ね」

「えっ」

 驚いて仁科のほうを見ると、仁科が少し呆れたような顔をしていた。

「そーですよ。感応力低いから、チカラの強い弱いは分かんねーの」

「ちゃんと修行しないからでしょー」

「継ぐ気がないのに、鍛えてもねぇ」

 凛子がクチを尖らせて言うと、仁科は肩を竦めて舌を出す。

 こういった霊力は『修行』によって鍛えられるようだが、仁科はずっとそれを拒否し続けてきたらしい。

「ほらほら、暗くなってきちゃうし、さっさとやろう」

 話を切り替えるように、仁科がパンパンと手を叩いて言った。

 季節は十月の頭。気付くとあっという間に陽が落ち始める時期である。

 仁科の声掛けで、四人は通路となっている坂道を上り、その先の空き地──白狛神社跡地へ赴いた。

 倒木の撤去と整地、そして祠の作り直しがされたそこは、以前来た時よりも随分と広く感じられる。敷地全体に小石が敷き詰められ、周辺の雑木林の前に並んでいた、背の高い雑草たちが刈られたためだろうか。

「結構広さあるわねぇ」

 凛子がぐるりと跡地全体を見渡して言う。

 落雷により折れた木の根本部分は、根っこのギリギリ辺りで綺麗に切り整えられていた。綺麗な切り株となったその断面は、斜めに大きく割れてしまっている。

 倒木の落ちていた箇所には、黒い屋根に白い壁の、小さな家のようなものが建っていた。床面はピッタリと地面にくっついており、両腕をぐるりと回せるくらいのサイズで、屋根まで含めて膝くらいまでの高さがある。

 これが新しく建てられた祠らしい。壁面は白く塗られたコンクリートで、正面に木製の小さな観音開きの扉があった。

 小石をジャリジャリと踏みしめながら凛子が祠に近づき、その小さな扉を開けたので、後をついてきた和都と春日も一緒に中を覗く。

 扉を開けてすぐの地面に、大人の握り拳ほどの真っ黒な穴が開いていた。

「これが『鬼穴』……?」

 軽く地面を掘ったようなサイズで、一見ただの窪みのようにも見えるが、不思議とその凹みの先は真っ暗で見えない。

 じっと見ていたら、背筋をぞくりと冷たい空気が撫でていった気がして、和都は一歩だけ後ろに下がった。

「大丈夫か?」

「う、うん……」

 和都の異変に春日が気付いて声をかける。春日自身は特に問題ないらしい。

 凛子の方はというと、穴に注意しつつ、祠の中を何か探すように見回していた。

「あっやっぱり指示と違う! んもー」

 どうやらお札の置き方が違ったらしく、指示では穴の向こう側、祠の奥のほうに設けられた小さな棚の上に置くように言っていたのが、穴の横の地面にそのまま置かれていたらしい。

 凛子がぶつくさ言いながら、お札を直しているのを見守っていると、仁科が声を掛けてくる。

「じゃあ、清酒撒いていくから、お前らも手伝って」

「あ、はい」

 仁科の指示で、和都と春日も整地された空き地をぐるりと囲うように、小坂商店で購入した清酒を少しずつ撒いていった。

 そうやって準備しているその間に、凛子は背負ってきたリュックから小さな木製の台──三方さんぼうを取り出し、その上に小さな酒瓶やお皿を並べる。台の向こう側に緑色の葉っぱのさかきと紙垂を組み合わせた、玉串のようなものを立てていた。

 それがすむと、凛子は薄ピンクのパーカーを脱ぎ、織柄の入った白い着物の上衣を羽織って細長い烏帽子を被る。ひとまずそれで準備が完了した状態、らしい。

「……雑だな」

 ひと足先に清酒を撒き終わり、支度を見守っていた仁科がポツリと言った。

「簡略式だからいーの。この土地のことは、あんまり大っぴらに出来ないしね」

「あっそう」

 そんなことを言っていると、作業を終えた和都と春日が祠の前に戻ってくる。

「清酒、撒き終わりました」

「こっちも終わりました」

 二人がそう言うと、凛子はよし、と頷いた。

「じゃあ、始めましょうか」

 全ての準備が整い、凛子は両手で大幣を持つと、改めて祠の前に一人で立ち、大幣を左右にゆっくりと動かしながら、呪文のような祝詞をあげ始める。

 凛子が祝詞をあげ始めて暫く、その後ろで仁科たちと一緒に並んで立っていた和都は、敷地内の空気が静かに変わっていくのを感じていた。

 なんの変哲もない、山の中のただの空き地なのに、安曇神社にいたときのような澄んだ気配。

 空気の中にある不純なものが、ゆっくりと取り除かれていくようだった。

 ──これが、土地を清めるってことか。

 安心感と同時に、不思議と懐かしさを感じる。かつてここに神社があった時も、こんな空気だったのだろうか。自分の中のバクが、懐かしく思っている気がした。

「ひとまずお清めはこんな感じかしらね」

 祝詞が終わり、祠に向かって頭を下げた凛子が、そう言いながら顔を上げる。

「じゃあ次は、祠に白狛神社の神様を呼ぶわね」

「おい、休憩は?」

「遅くなっちゃうし、大丈夫よ」

 額に汗を浮かべる凛子に、仁科が休むように言うも、問題ないと言わんばかりだ。

 空は確かに夕焼けしていて、薄暗くなり始めている。

 この辺りは道路に等間隔に並ぶ街灯くらいしか明かりがないので、すぐに暗くなってしまいそうだ。

「それじゃ、次ね」

 再び凛子が祠に向かって一礼し、両手に持った大幣を左右に振る。

 そして先ほどとはまた違う祝詞をあげ始めた。

 先ほどのような、分かりやすい変化は感じない。そう思っていたのだが。

 ──あれ?

 凛子の向こう側には、祠があるだけのはずだが、何か光っているように見えた。

 不思議に思っていると、その光はすーっと空に向かって柱のように伸びていく。

 和都が驚いて空を見上げると、光の柱はぐんぐんと天高く伸びていき、安曇神社で墓参りをした時に見たものとそっくりになった。

 ──これが、白狛神社まで繋がってるんだ。

 橙色に染まった空に向かって伸びた光の柱は、しばらくキラキラと輝いていたが、そのうちスーッと縮んでいき、祠の辺りでフッと消えてしまう。

 その時ちょうど、凛子の祝詞も終わったようだった。

「よし、こんなもんかしらね」

 びっしりと額にかいた汗を拭いながら、凛子が息の上がった声で言う。やはりこういう儀式にはそれなりのチカラを使うものらしい。

「お疲れ」

 そう言って仁科が凛子に、小坂商店で清酒と一緒に購入していたスポーツドリンクを差し出した。

「ああ、ありがと」

 受け取った凛子はゴクゴクと勢いよくドリンクを飲みくだす。

 何に使うのだろうと思っていたが、このためだったのか、と和都は感心していた。

「凛子さん、すごかったです」

「あはは、本当?」

 一息ついた凛子に和都が言うと、凛子は儀式前と変わらずに明るく笑う。

「はい。周りの気配も変わったし、安曇神社と同じ空気になったなって」

「おおー、やっぱり和都くん、ヒロ兄より優秀なんじゃなーい?」

「うるせぇよ」

 仁科が面倒くさそうな顔で凛子にそう言う傍ら、春日は妙にはしゃいでいた和都に尋ねた。

「どこか、変わったのか?」

「うん! 来た時より、空気が綺麗になったなぁって感じする」

「……そうか」

 やはり春日はピンと来ないらしい。そんな春日を見ていた凛子は、ふむ、と納得したような顔をした。

「……なるほどねぇ」

「何が?」

「祐介くんは、視えないうえに、感じないタイプなのかぁ」

「ん? いやだって、春日クンはそもそも……」

 仁科がそう言うのを、凛子は呆れたような顔で見上げる。

「ほんっと鈍いわねぇ、ヒロ兄。祐介くん、強い守護霊が憑いてるだけじゃなくて、ヒロ兄並に霊力チカラ持ってるわよ?」

「……マジで?」

「え……?」

 仁科同様、春日も眉をひそめて驚いた。

「ちゃーんと鍛えたら、ヒロ兄より使えそうよねぇ」

「そうかい」

「ユースケも霊力チカラ持ってたんだ! すごい!」

 和都が嬉しそうに笑うも、春日は自分の両手を見ながら、得難い顔のままである。

「……うーん、祐介くんもいいなぁ」

「だから、猫の子じゃねぇって言ってんだろ」

 難しい顔をする春日を見つめながら、凛子がポツリと言ったのを、仁科は嗜めるように言った。

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