「花房 萌です。よろしくお願いします」
翌日。
俺はピカピカの転校生だ。今は朝のホームルーム。決して多くは無い視線が俺を見る。
「!」
見知った顔が居た。あのニヤケ面は忘れもしない。
「っへへ」
梶 大吾だ。
昨日親に無事だとの連絡を入れ、ついでに大吾にお別れの電話をした。
《っま! 楽しみにしてなって!》
また訳の分からない事言ってるなと思ったら、こういう事か。
「帰還して間もなく、わからない事も多々あるだろうから、みんな花房くんを助けてなー」
半目でやる気ゼロ感オーラを出している隣の教師。このクラスの担当、
「花房くんの席はあそこね」
顎で指示された場所。一番後ろの窓際だ。
「さぁ座ったなー。はいじゃあタブレットの連絡事項見て―」
席に座り、いそいそと支給されたタブレットを起動した。
淡々と連絡事項を読んでいく阿久津先生。ここら辺は普通の学校と変わらないなと思っていると、隣の人がコソコソと話しかけてきた。
「ねえ、久しぶりだね、
「まさかとは思ったけど、朝比奈さんもいたんだね」
なんと奇遇なんだろうか。大吾に続いてクラスのギャル、朝比奈さんもいた。
「ウチらの学校からは梶と私、萌だけ。これからもよろしくね」
「よろしく、朝比奈さん」
たぶんだけど、同じ学校の奴らをかためてできたクラスなのかもしれない。という事は、他の知らないメンバーは、俺らと同じ境遇なのかも。
時計の長針がある程度動いた後。
「あー、花房くん。今日は顔見せ程度だから、予定通り身体検査を受けに行ってね。場所はタブレットに乗ってる」
「はい。では行ってきます」
席を立ち部屋を出ていく。タブレットを確認すると、ここから検査場はそこまで遠くないようだ。
広めな建物。中に入ると、係の人が待っていて、俺を誘導していく。
「いろいろ検査するから、今日は覚悟してね」
笑顔で言う医師。たぶん医師。白衣を着ているのでたぶん医師。
『チュートリアル:身体検査しよう』
俺も望むところだ。
更衣室で検査のための衣類に着替える。
「はい背筋伸ばして顎引いてー」
身長計に乗る。
「はいオッケー。次体重計ね」
タブレットにすらすらと書いていく。
「……ん? ごめん、リセットするからもう一回乗ってみて」
「うす」
また怪訝な顔をする医師。数秒考えたのち、次に行こうかと催促された。
それからはもう学校ではやらないような検査ばかりされた。血も抜かれたし、バリウムなる白濁とした液体も飲んだ。味はうん、最悪。
デンデデン♪
『クリア報酬:体力+』
翌日。
『チュートリアル:体力テスト』
「ジャージが似合う男だね君は」
「あざす」
褒めてんのか?
「すみません。握力計、壊しちゃいました……」
「え」
握力テスト。
「あのー、飛び越えた場合って、どうなりますう?」
「え?」
立ち幅跳び。
「ボール……向こうのコンクリに埋まっちゃいました」
「え??」
ボール投げ。
《♪♪♪》
「あのー、もうかれこれ同じペースで音なってますけど、これ以上上がらないならもういいスか?」
「え???」
シャトルラン。
その他にもたくさんテストした。
「はいご苦労様。これでテスト終了だよ」
デンデデン♪
『クリア報酬:体力+』
午前で終わったので、昼飯は学園の食堂で取ろう。
腹減った~。
「ふぃ~」
「俺と同じ反応で笑える」
机にダウンする俺。その姿が面白いのか、どんぶりを持って来た大吾がケラケラと笑う。
「疲れたろ」
「気疲れだ。昼からカウンセリングが待ってるわ」
体力的にはまったく問題ないが、検査官? 医師? がずっと怪訝な顔をしていて、あまりいい気分じゃ無かった。
「飯だ飯。腹いっぱいになれば気分が良くなる! つっても
超大盛の定食を見た大吾。少し引き気味だ。
「しかたないだろー腹減ったんだからぁ」
「それでも食い過ぎだって……」
ちょっとした近況を交換し合い、ご飯は食べ終えた。
「ふぅ。ごちそうさま」
はい。ごちそうさま。
「で? 萌ちゃんはどっち?」
何の脈絡もない質問。大吾が言いたいのは、"攻略者"か、"一般者"か、だ。
この学園に通う大半の人間は大きく二つの進路がある。それが攻略者と一般者。
攻略者とは、この世界に出現したダンジョンを攻略、モンスターの掃討、研究、そして、ダンジョンの謎を解き明かす者たちの事を指す。
そして一般者。一般者は、今の社会で働き、生活をする者たちだ。まぁようは一般人だな。攻略者になったからといって、ダンジョン攻略に強制できない。そもそも一般者はそれを望んでいない。そういう人が進む道だ。
大吾の質問に答えるとする。
「俺は攻略者だ」
「だろーな。もちろん俺も攻略者!」
「だろーな」
知ってた。こいつが一般者の道を選ぶはずない。
「って事で、アタシ達三人でチーム組むか!」
「朝比奈さん……」
俺の隣に座ってきたのは、ギャルの朝比奈さんだ。既に食べ終えたのか、デザートの紙パックジュースをその手に持っている。
「初級ダンジョンから帰ってこない萌ちゃんも、攻略者候補だって聞かされてたから俺ら待ってたんだよ」
うんうんとストローを吸う朝比奈さんが首を振る。
「つかなに? あんなクソ簡単な初級ダンジョンで足止めくらってたのか?」
「……簡単?」
「おうよ! みんな同じとは言わないが、俺なんてダンジョンクリアするのに三十分もかからんかったぞー」
「……」
頭の芯が冷える。俺は焦ることなく冷静になった。
レイドボス、クリア不可要素、
あの所業をいとも簡単にクリア。
無理だ。あれは無理だ。『至高の肉体』を持ってしても簡単ではない。むしろ、『至高の肉体』がなければ到底不可能。単独クリアなど不可能。
なのに二人は、他のみんなは容易にクリアしたと?
「俺の場合はスライムだったけど、棒で小突いただけで目を×にして消滅したぜ」
「アタシは変な芋虫だった。デフォルメされてて可愛かったけど、触れただけで目が×になって倒した」
「そ、そうなんだ……」
違う。俺と違う。そもそもスライムや芋虫などいなかった。てか何だ目が×て。コミカルか。
「ボスとか苦労したろ」
「え、萌ちゃんの所はボスいたの? まぁボスがいたってのはある話だが、萌ちゃんみたいに月単位で時間はかからんて」
なるほど……。大吾の言葉をうのみにすると、大体はその日、または一日程度でクリアできた事になる。そうなると国連の対応は的確かつ迅速に行われたのだろう。
……含みを混じらせてみるか。
「俺が時間かかったのは、モンスターがやっかいだったからだ」
「どんなやつ? ミミズ? それともゴキ○リとか?」
「梶やめてよ! 気持ち悪いってば!」
顔を青くする朝比奈さん。
「それも厄介だが、俺の場合はそうだなぁ。……幽霊」
「ッ!?」
更に青くなる朝比奈さん。
「ガチもんのおばけで、
「チュートリアルかぁ。言い得て妙だな。それならそれで、システムのメッセージにでも書いといて欲しかった思うわ。いきなり出てきて『ダンジョンをクリアしよう』だからなぁ」
「私もそれは思った」
嘘はついていない。誤魔化してもいない。二人の反応でそう取れる。
って事はだ。俺に課せられる毎日のチュートリアル。このメッセージは、今のところ俺だけという事になる。
「っしゃー。じゃあ食堂出ようぜー」
なぜ、俺だけチュートリアルなのか……。
いづれは紐解いていくことになるだろう。