週末の土曜日。天気は曇りのち晴れ。夏日だが気温は比較的高くなく、時折涼しい風も感じる日。
まさに絶好のデート日和だろうが、あ゛あ゛ん!?
「フフフ……」
今日の俺は紳士的だ。そう紳士。ジェントルマンだ。服装は黒一色。何ならサングラスもかけてある。もう一度言う。俺は紳士だ。
「ママー、あれー」
「こら、見ちゃいけません!」
……俺は紳士だ。今親子連れがなんか言ったけど俺はジェントルマン。物陰に隠れているが、けっして怪しくない。
今日の予定は期末試験に向けての勉強の予定だった。そう、だった、だ。
「むぅ……」
俺の予定を過去に追いやったのは他でもない。学園駅前の待ち合わせスポット(カップル御用達)にて待つあの男、梶 大吾に他ならない。
「あの野郎……陰キャな俺でも分かる洒落たファッションじゃないか……!」
思わず角のレンガを少し砕かせてしまった。
今日の予定はそう、大吾の彼女とやらのご尊顔を拝みに来た。
なぜ俺が待ち合わせ場所と時間を知っているかというと、文字通り締め上げて吐かせた。絶対に来るなという条件付きで。
ん? 来てる時点で条件を破ってる?
知らんなあそんな事……!
今の俺は非モテ陰キャ童貞の看板を背負ってここにいる! ミッションだよミッション!
ちなみに今のチュートリアルはこれだ。
『チュートリアル:試験に向けて勉強しよう』
知るかああああ!! 俺には重大なミッションがあるんだよ!?
「大哥」
「なんだワトソン君」
「暑くないノ?」
中華風の服を着ているリャンリャンが質問してきた。
「見て分からないか、この滝の様に流れる汗を」
「暑そうだネ☆」
速攻で服が届いたので、一応は外出OKしている。もちろん門限順守に変な事しない等の条件付きだが。一万円のお小遣いもあげているので、ある程度は大丈夫だと思う。
「大哥は何で隠れてるノ? あの男子を見てるみたいだけド☆」
「俺の友達だ。だがあいつは敵だ敵! 尾行ターゲットだ!」
細目イケメンが中華服を着ているので変に目立っている。
「あの野郎は試験が迫ってる学生なのに、女に現を抜かす不届き者だ」
「その不届き者を尾行する友達はどうなんだイ?」
「あえて言おう、カスだ」
「えぇ……」
声だけで分かる困惑な表情。俺はジェントルマンだから一切関係ない。
「もしかして嫉妬心でこんな事してるのかイ……?」
「だから何だよ? これが俺だよ!」
「アイヤー大哥、カッコわるすギ……」
イケメンに言われるとムカつくな。
「ほっとけ! つか散策するんだろ? その服装目立ってしかたないから早よ行け!」
「大哥楽しそうだシ、行ってくるネ☆ 門限までには帰るル☆」
そう言ってリャンリャンはスタスタと歩いて行った。途中で手を振られたので小さく返した。
AIとは言え体が手に入ったんだ。いろいろと思うところがあるんだような。それなりに自由にさせておこうと思う。
「む?」
ターゲットがスマホを確認。駅入り口に向かった。
彼女がもうすぐ着くからって入り口で待つわけか大吾。そんなに会いたいか大吾!
俺も姿勢を低くして自販機を盾にする。ここからだとイイ感じに拝める。
上のホームに電車が止まった。どうやらご到着の様だ。
人がポツポツと駅から出てくる。俺は忙しなく出てくる人を追うが、女子高生の類は見られない。そう思っていると、大吾が少し歩き始め、俺の目も追った。
「な!?」
そして驚愕した。
「わぁ、やっと会えたね大吾くん!」
「元気そうで何よりだよ。やっぱり直接会って、こうやって
何かの間違いだと、世界がバグったと、俺は震えた。
綺麗な黒髪はロング。髪飾りを付け、水色のワンピースを着こなす美貌。整った顔立ちを見れば、お花の香が漂ってくる。
まさに清楚系の権化。前の学校の全男子が悩むマドンナ、元クラスメイト、花田 蕾さん!?
「えへへ。大吾くん♡」
花田さんが大吾の彼女!?
「バ、バカな……!? あ゛りえない……!?」
思わずイシュタール家の別人格みたいな反応をしてしまった。しかも恋人繋ぎを見せびらかして俺の精神をガリガリ削って来る。
やめとけ花田さん。そいつウンコして絶対に手洗ってないから! 汚いからおやめって! それに何だあのメスの顔は……! 私恋してます感半端ない!
「じゃ行こうか」
「うん!」
予定通り、学園都市が誇る複合施設でランチ。からのショッピングか。
「うふふ」
「ッハハ」
嫉ましい……嫉ましいぞ大吾。清楚系大好きな俺にとって花田さんは憧れの的だ。同じ
ワンチャンどころかチャンスすら無かったけどな。
「ぐぬぬ。大吾め、イチャつきやがって……」
目の前のカップルがどんどん進んでいく。観葉植物の間、柱の陰、観光用のプラスタンドの隙間、それらを駆使して尾行した。
「ん?」
フードコートの店を物色している。どうやらここで昼食を済ますらしい。
選択した店はオムライス専門店だ。老若男女御用達の無難なお店。これがリア充が選択する店だと驚愕する。
俺だったら隣のステーキハウスを選択してしまうあたり、やはり大吾はモテるんだろうな。
「うわ、マジでいるじゃん」
唐突に背後から聞き慣れた声がした。
「せ、瀬那!? なぜここに!?」
学校の制服とは違うプライベートな服装。
脚の根元まで見えそうなデニムショートパンツ。へそ出しファッションで、瀬那特有の胸部も長くて深い谷間を見せている。こんな格好で街に繰り出すなんて流石黒ギャルといったところか。
「
「大吾から連絡!? ッハ!」
気付かれたと思って振り向いた拍子に大吾と目が合う。やっぱりかと言いたげなすごいジト目だ。
「バレたか!」
そそくさと逃げ出そうとすると、耳に痛みを感じた。
「うお!? 痛いって!」
瀬那に耳を引っ張られる。
「ほら行くよ!」
「ぬおおお!!」
引っ張られる不自然な態勢で歩く。耳は痛いが内心焦ってる。向かう先は大吾と花田さんのテーブルだ。
「ヤッホー蕾ー。元気してた?」
「わぁあ瀬那久しぶり! そっちも元気そうだね!」
女子二人が仲良く両手を握って挨拶している。俺はというと、四つある一つの椅子に座り、大吾に向けて呪いを口ずさむ。
「リア充死すべし慈悲は無い」
「絶対に来るって思ってた。萌ちゃんに知られたあの瞬間からこの光景が浮かんだわ」
クソ、大吾の手の平って訳かよ。
そんな事を思っていると、花の香りを漂わせる女性が話しかけてきた。
「久しぶりだね、花房くん! 元気してた?」
「は、花田さん! ぅうん元気にしてたしてた!」
女神降臨である。
やっぱり清楚な花田さんは最高だぜ。まさに一輪の花って感じ。
「おい」
青筋を立てた大吾が眼前に迫った。
「なに鼻の下伸ばしてんだコラ。俺の彼女だぞ」
「伸ばしてねーよリア充。お前の彼女だろうが」
俺の言葉が意外だったのか、大吾が驚きを顔に出した。
「なる様になったんだろ? じゃあ俺は応援する側になるだけだ」
「
友達として、親友として、その相手が誰であろうと応援するのが友達だ。ご尊顔を拝みたかったのは本当だが、別に恋路を邪魔するつもりはなかった。キリのいいところで帰るつもりだったし。
「まぁ美男美女って事で、よろしくやってくれや」
「ありがとう。花房くん」
「いやーそれほどでも~」
笑顔が眩しい。でも隣の瀬那が何故か不機嫌そうにしている。なぜに?
凄む大吾。
「おい、なにニヤついてんだよ。俺の彼女だぞ」
「めんどくせーなお前!」
この流れはアレだな。とりあえず昼飯はみんなで食べて俺と瀬那は解散。カップルのデートを邪魔しちゃ悪いからな。
「ねぇ二人とも。この後予定あるの?」
「予定はまぁ別に……」
花田さんの質問に俺は真顔。隣の瀬那はチラチラと俺を横目で見て返事した。どうやら瀬那は俺と一緒でこれと言った予定は無いらしい。
「じゃあさ! 四人でダブルデートしようよ! 素敵でしょ!」
「「「ダブルデート!?」」」
大吾は心底嫌な顔で俺を見る。瀬那は顔を赤らめて俺を見る。俺はとち狂ったかと花田さんを見る。そして花田さんは、花の様な笑顔でみんなを見ていた。