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第136話 チュートリアル:兆し

「ふぅ……」


 三年Aクラスを担当する教師――阿久津 健。


 湯気が昇る熱めのコーヒーを一口飲み、テーブルにあるソーサーへ置いた。


 時間は夜の八時ごろ。


 仕事は家に持ち込んでゆっくりするタイプな彼だが、今、仕事を家に持ち込んだことを後悔し、息抜きにコーヒーを啜った後だった。


「こりゃまた随分と多いなぁ」


 タブレットを操作する阿久津。


 授業の一環でダンジョンの攻略に勤しんだ生徒たちの評価、報告書。


 それは引率の現役攻略者が書いたもので、形式に乗っ取った報告書もあれば、熱く語る者、冷ややかな評価をするものある。

 その中で一際目を引くのは花房と戸島が潜ったダンジョンの報告書。他の報告書と比べ、実にページ数が数倍だった。


 手で顎を支えながらも気だるくタブレットを操作しページを捲る阿久津。


(この報告書って国連うえでも騒いでだ奴だろ。めんどくせー)


 現実逃避気味に読む素振りをした指のスワイプ。


「ッま! ぼちぼち読みますかぁ」


 最初のページに戻り、読む。


 内容はこうだった。


『――オアシスに着いたらよ、いかにも数日は滞在してますって小汚い装備した攻略者のサークルが居てよ、どうしたのかなーって思って近づいたらよ、俺の目に飛び込んできたのはよ、閉店ガラガラって感じで枯れそうになった泉だったんだよ。


 そしてらよ、そいつらがヤクキメたみたいに発狂してよ、どこもかしこも泉が枯れてるってんでしこたま怒鳴り散らしてよ、もう宥めるので精一杯でよ、話し合った結果よ、調査する事になったんだわ。


 流石に実力不足な生徒二人を小汚い攻略者たちの一部と帰らせてよ、花房くんと戸島くん二人がよ、攻略者の端くれだからって調査に志願してきてよ、実力あるから許可したんだよ。あ、帰った二人はもちろん合格な。


 でよ、水源に到着するとよ、滝がアイスクリーム頭痛みたいに凍っててよ、こりゃE・HE○Oアブソ○ートZeroの仕業に違いないって思ってよ、洞窟の中に入って――』


 プツリとタブレットをスリープモードにした阿久津。


「はぁ……熱い系かぁ」


 思わず頭を抱える阿久津。


 "熱い系"。これは阿久津が付けた報告書の類別だ。


 正しく簡潔に書かれている物もあれば、一言だけやこうして一般的な報告書から逸脱した熱い系や擬音塗れの物までを阿久津は呼んでいた。


 今回報告書を書いたのはサークルファイブドラゴンの烏丸 黒鵜。文の雰囲気通り、彼の笑顔が眩しい元気ある文章。


 見慣れたと思っていた阿久津だが、やはり頭が痛いとコーヒーを啜る。


「……ふぅ」


 ざっと読み終えた彼は部屋の天井を仰ぎ、無駄な報告を頭の中で削ぎ、整理する。


(調査によると泉の枯渇は凍った滝によるもの。そして滝を凍らせたモンスターが居た。『氷結の怪鳥 ブリズド』。霜の積った洞窟に居たモンスターだ)


 コーヒーを飲みほし、ポットを傾けカップに注ぐ。


(烏丸、後須、青野の三人が挑むもあまりの猛攻に苦戦。堪らず花房くんと戸島くんも加勢し、なんとかブリズドを撃破……か)


 ファイブドラゴンは今が熱いサークル。リーダーの不動を始めとするメンバーは性格に一癖二癖あるものの、実力は他のサークルとは一線を画す。そのメンバー三人が苦戦する程のモンスターだった。


 初心者ダンジョンに在ってはならない事態。国連の整備でダンジョンは封鎖されている状態になっている。


(加勢した花房くんと戸島くんは最早学生としての実力は頭二つほど飛びぬけている……。四世の俺もうかうかしてられんなぁ)


 一度負けてるし……。とコーヒーを飲みながらそう思った阿久津。


(氷結の怪鳥 ブリズドを撃破した事で水源の凍結は溶けたが、何故突如としてブリズドが現れたのかは定かではない。……ほんと何でだろうなぁ)


 椅子の背もたれに体重を乗せる。少し反った背中で伸びをし、さらに欠伸してからタブレットを操作した。


 開いたのは報告書を作るフォーム。


 そのままキーボードをカタカタとタッピングする音が部屋に響くが、エンターを押す直前で指が止まった。


(うわぁめんどくせー……)


 タッピングをする事が面倒くさいわけではない。


 報告書を作成する事が面倒くさいわけではない。


 が現れた事を報告するのが面倒くさいのだ。


「ああーマジでメンドい。なんで俺にこんな事降りかかるんだよぉ。絶対国連に呼びだされんじゃん。同じ報告書見てんだからそれしか答えよう無いってマジで……」


 目を><にする阿久津。


 動画サイトで上がっている無能な政治家の切り抜き動画を彷彿とさせる想像。


 それが容易に想像できるからこそ、タッピングの指が止まる。


 しかし、そうも言ってられない状況。


(なんかの悪い兆候じゃなければいいんだけどなぁ)


 切にそう願い、重い指を動かしながら報告書を作成するのであった。

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