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二年前の記憶①

「陽、目が覚めたの!?」



 保健室に入ると同時に声を上げてしまって、私は慌てて口に手を当てた。


 お義母さんに電話をかけ終わったら、丁度一緒にいた景子のスマホに加藤くんからメッセージが届いたんだ。


 陽が起きたって。


 だからつい慌てて入ってきたけど、他に休んでいる人がいたら迷惑行為だった。


 幸い休んでいる人も保健室の先生もいなくてホッとする。


 ドアを閉めて、私は陽が寝ているベッドへ向かった。



「電話終わったのか? じゃあ俺戻るわ」


「あ、うん。ありがとう加藤くん」



 陽を見てもらってた加藤くんと入れ替わるようにカーテンの中に入ると、横になっていたらしい陽が上半身を起こすところだった。



「モモ」


「陽、起きて大丈夫なの? 突然倒れたから……頭は打ってないと思うけど」



 近づいて背中に手を当てて起きるのを手伝ったり、額に手を当ててみたりとペタペタ触っていたらパシッとその手を掴まれる。


 そのまま手のひらにキスをし、頬をすり寄せた陽はいつものかわいい陽だ。


 ううん、なんだかいつもより甘いような……。



「ああ……モモだ。俺の大事な……」



 まるで私の存在を確かめるように呟いた陽は、今まで見たことが無いような眼差しで私を見る。


 とても、とても大事な宝物のような……憧憬、恋慕、思慕、色んな好意を詰め込んだような眼差し。



「っ……は、陽?」



 熱っぽい眼差しに見つめられただけで胸がドキドキと高鳴った。


 しかも陽は私の手を自分の胸に当てる。


 シャツだけの体は胸板の硬さをすぐに伝えた。



「やべぇ……わかるか? モモ。俺、めっちゃドキドキしてる」


「そっそう、だね!?」



 陽の言う通り手のひらに陽の心臓の鼓動が伝わってくる。


 でも、私も同じくらいドキドキしてるから早いのかどうかはわからない。



 陽、いったいどうしちゃったの!?


 いきなり倒れて起きたと思ったら、メチャクチャ甘ったるくなってるし!



 私を見つめて近づいてくる陽の薔薇の香りも相まって、甘さにクラクラしてしまう。


 そのまま自然と唇が触れそうになったけど――。



 コンコン



 ドアがノックされる音が聞こえて、私はバッと陽から離れた。


 び、ビックリした。


 目の前の陽はムスッと不機嫌顔になってるけど、誰か来たのに続きする訳にもいかないよね。



「失礼します。息子が倒れたと聞いて……」



 控えめにドアが開けられて、馴染みのある声がした。


 お義母さんだ。早いな、もう来たんだ。


 さっき連絡したばかりだからもう少しかかるかと思ったんだけど。



「あ、おか――」



 こっちにいるよと知らせるために声を掛けようとしたけれど、掴まれたままの手を引かれて途中で止まる。



「続きはあとで」


「っ!」



 私の耳元に顔を寄せた陽が、薔薇の甘ったるい香りを強めて囁いた。


 落ち着きかけた心臓がまた大きく鳴って、本当に困る。


 顔が熱くなるのを感じながら、私は「わかったから」と返した。


 すると陽は妖しく目を細めて意味深な笑みを浮かべ、私の手を離す。


 その表情はちょっと危ない雰囲気があって、いつものかわいくいて危険な陽だなと安心する。


 さっきまでの甘すぎる陽はなんだったんだろう?


 疑問に思うけれど、お義母さんがこっちに向かってきていたから聞くわけにもいかなかった。



「陽? ここにいるの?」


「ああ」



 私より先に陽が返事をする。


 カーテンを開けて入ってきたお義母さんは、陽を見てホッと一息ついた。



「あ、萌々香さんもここにいたのね。連絡くれてありがとう」


「いえ、家族ですし」



 まだどう接するのが正解かわからない部分もあってちょっとよそよそしいけれど、少しずつ距離を縮めている最中なんだからこれでいいよね?



「そうね」



 微笑んだお義母さんは、少し悲しそうな目をしている。


 チラッと陽の方を見ていたから、血の繋がった家族である陽にもよそよそしい態度を取られているからかな、と思う。


 陽は記憶が無いから仕方ないことなんだろうけど……。



「倒れたっつっても大したこと無いんだけどな」



 困り笑顔で頭を掻く陽は「でも」とお義母さんを見上げて続けた。



「心配かけて悪かったよ、母さん」


「……え?」



 珍しく、情を込めた目でお義母さんを見る陽。


 見開いた目でその視線を受け止めたお義母さんは、息が止まっているんじゃ無いかって思うほど静かに驚いているように見えた。



 あれ? 陽、今お義母さんのこと『母さん』って呼んだ?



 初めて会ったときから、陽がお義母さんのことをそう呼ぶのを見たことも聞いたことも無い。


 どうしたのかと思ったら、お義母さんが「ああ……」と声を震わせて目に涙を滲ませる。



「陽……もしかして記憶が、戻ったの?」


「ああ。……ホント、心配かけてごめん」


「陽っ!」



 泣きながら抱きつくお義母さんを陽は照れくさそうに受け止めていた。


 お義母さん、陽のことそんなに気にしていないように見えたけれど、本当はすごく心配してたんだな……。


 私の実母とは違う母親らしさに、ちょっとだけ陽を羨ましく感じる。


 でもそんな人が今は私の母でもあるんだって思うと嬉しくもあった。



 記憶が戻ったっていう陽のことは気になるけれど、今は二人だけにしておいた方が良いような気がする。


 私はその場をそっと離れて、陽の迎えが来たことを保健室の先生に伝えるために廊下へ出た。

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