目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

8話 疑惑(1)

 翌日、ユリエルは簡単な恰好で外に出た。その後にはシリルとレヴィンもついてくる。肩には鷹のフォレを乗せてきた。フォレの運動と食事を理由に飛ばす事にしたのだが、本当はこっそりと手紙を持たせてある。


「この子、帰ってこられるかな?」

「大丈夫ですよ」

「随分な自信だね」


 ユリエルは苦笑したが確信がある。フォレはきっと彼を見つけ、その手紙を持って戻ってくると。


「さて、シリルは剣の練習があるのでしょ? 私も仕事がありますから」

「鷹は?」

「夕刻くらいには戻ってきますよ」


 放っておいても大丈夫とユリエルは砦に戻った。そろそろアルクースが来る頃だろう。


「ユリエル陛下!」


 丁度良く、砦の兵士がユリエルにアルクースが来たことを伝える。ユリエルは頷いて砦へ戻り、レヴィンも無言のままその後に続いた。

 会議室ではアルクースが国内の情報を主要なメンバーに報告する為に待っていた。


「アルクース、長旅ご苦労さまでした」

「陛下、お久しぶり。なんでも派手にやったんだって?」


 僅かに咎めるような調子で言うのにユリエルは苦笑する。そして、全員が席についた。


「まず国内の状況ですが、今年は豊作と豊漁だったようで安定しています。表面上の混乱はありません。ですが、やはり戦況が伝わっていない事が不安に繋がっているようです」

「分かりました、有難う」


 大まかな報告にユリエルは頷く。まずは予想通りだ。戦況としては荒れたが、天候などは理想的だった。豊作であれば民の生活も安定してくる。国に蓄えも数年は戦が無かった事で充実しているから、税も上げる必要はない。

 だがここで一度は国内と向き合わなければ不安ばかりが広がるだろう。ユリエルではないが、ユリエルに次ぐ者の言葉と姿で不安や疑心を取り除く事をした方がいい。

 それもユリエルは考えていた。そしてその条件は整いつつある。ここにアルクースが来たことが最後のピースだ。


「収穫祭などについては後日としましょう」


 そう言ってユリエルは話しを切り上げる。それに誰も異論はなかった。これからは少し対策を考え、状況を整えなければならない。


「では、次に今後の話ですが。怪我人や希望者を一度国に戻そうかと思います。物理的に進軍は不可能ですが、同時に攻められる可能性も低い。兵達にも休息を取らせます」


 ここまでが駆け足だった。そろそろ兵にも休暇が必要になってくる。最低限の人数を残し、交代で国に戻し家族に会わせてやりたい。その時間は十分にある。


「さっき見せてもらったけれど、随分派手に落とされたんだね。これじゃ石工も苦労するよ。足場もどう組むんだか」


 アルクースの言葉にユリエルは苦笑する。だからいいんだとはさすがに言わないが。

 会議を終えて執務室までゆくと、部屋の前で待っている影があった。剣の修練を終えて待っていたシリルだ。


「シリル、どうしました?」

「あ、兄上! お疲れさまです」


 軽く頭を下げるシリルは困った顔をしている。何か相談があるのだろう。ユリエルは笑みを見せ、寝室の方へとシリルを招いた。

 座らせてお茶を出し、ユリエルはシリルの前に座る。しばらくだんまりが続く。きっと、何を話せばいいかを考えているのだろう。次には深呼吸をして、前を見た。


「兄上、夜這いってどうやればいいのですか?」

「シリル……」


 考えた結果がこれとは、なんだか悲しくなる。だが、そういう考えに至る理由は何となく察しがつく。

 しばらく考えて、ユリエルは真剣なシリルに年長者のアドバイスをした。


「あの男が、また何かしましたか?」

「あの、違います! レヴィンさんはとても優しいけれど……僕が不安になっているのです。だって、レヴィンさんはとても魅力的で、女性にもきっともてるし」

「たんに口が上手くて付き合いがいいだけですよ。シリル、早まると後悔します」

「でも僕、他の人に取られたくなくて! 焦っているのでしょうか? 自分に自信なんてないし」


 シリルの気持ちは分からないではなかった。ユリエルもルーカスを他人になど取られたくない。彼をずっと魅了するためなら何だってするだろう。そういう焦りがシリルの中にもあるのだろうか。それほどの恋情が、あるのだろうか。

 だがさすがにまだ止めるべきだ。何もそんなに早く男に体を捧げる必要はない。それにきっと、あの男はこの子の元に落ちてくる。だから今は体ではなく気持ちを大切にしてもらいたい。


「あのね、シリル」


 柔らかく丁寧に、そして穏やかに声を作ってユリエルは言う。必死に止めるのではなくて、受け入れてかつ考えるように仕向けなければ。


「レヴィンもきっと、貴方の事を考えていますよ」

「そうでしょうか?」


 いまいち自信のない声が問い返す。こんなにじれったいというのはどういう関係なんだ。


「シリルは、レヴィンとどのような関係になりたいのですか?」

「ずっと、一緒にいたいのです。誰にも取られないように。クレメンスさんが言っていました。大事な人はちゃんと捕まえておかないと、取られてしまうよって。だから、僕は取られないように、その……」

「体で繋ぎ止めておこうと?」


 こくんと頷くシリルに、「それは不純な関係です」とはユリエルは言える立場じゃない。国や仲間すらも裏切って大切な人の傍にありたいと、しかもこんな幼い子まで利用しようとしているのだから。


「シリル、聞いてください。レヴィンもきっと考えています。貴方の事を大切に思っているからこそ、考えて考えて、奥手になっているのですよ」


 ユリエルはシリルにしっかりと向き合って言う。レヴィンはあれで多分不器用な男なのだろう。遊びならいくらでも楽しむが、本気となれば悩む。その結果、手がでずに逆に放そうとしてしまうのだろう。


「彼もね、貴方を大切に思っているはずです」

「本当、ですか?」

「貴方の思いと彼の考えが一致していないだけですよ。レヴィンは貴方との関係をどのような形にするのか、考えていると思います。そこで貴方が焦って迫ればレヴィンは戸惑ってしまいますよ。焦る気持ちはわかりますが、しばらくは彼に任せて同じ時間を過ごしてみてはどうですか?」


 しばらくシリルは黙って俯いていた。初恋が男だというだけでも戸惑いが多いだろうに、相手があれではシリルの分が悪い。それでも逃げずに真っ向から挑戦する姿勢は、ユリエルも見習うべきところがある。

 よく考えれば、ユリエルもルーカスが初恋の相手だ。遊びではいくらでも相手がいたが、心まで任せていいと思える相手は彼だけ。それどころか、命を預けても構わないような相手だ。


「分かりました、しばらくはレヴィンさんに任せます」

「冷静に、彼と話し合ってみなさい。そうして過ごす時間は十分に満ち足りた時間のはずですよ」


 そんな時間、ユリエルにはない。いつも遠くから彼を思い、その身を案じるばかりだ。案じるもなにも、彼を危険に晒しているのは自分自身だが。


「兄上は、誰か気になる方がいるのですか?」

「え?」


 突然の質問の意図がよく掴めない。いや、単に好奇心とか、興味の問題なのだと思う。だが、後ろめたいユリエルは思わず焦った。誰にも言えない相手との誰にも言えない蜜月。それは胸を温かく締め付ける。


「兄上?」

「……遠い、月のような人です」


 遠くを見て切ない笑みを浮かべる。心に浮かべる人の顔を、昨夜の逢瀬を思い出す。逢瀬と呼ぶにはあまりに色気がなく、殺伐とした状況だった。それでも、触れた唇や交わした言葉に胸は熱くなり、体の芯は痺れた。


「その人のこと、大事?」

「命ほどに」


 キッパリと言い切れる。彼の為に死ねと言われれば、多分考えるだろう。状況が許すならきっとそうする。それほどに、深く想っている。


「その人も、兄上の事を大事にしてくれますか?」

「えぇ。多分彼も、相当なものを犠牲にしているはずですから」

「彼?」


 思わぬ失言にユリエルの顔は一気に熱くなる。だが、どう考えたって後の祭りだ。


「いえ、大丈夫です。あの、兄上が幸せであるならそれで僕は。だから、誰にも言いません」

「有難う」


 こっそりと柔らかくユリエルはシリルに言う。それに、シリルも頷いた。彼は約束を守る子だから、その点は誰よりも信じている。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?