正拳突きをぶちかまされた綾瀬川は、私の宣言どおり、歯を食いしばっていたこともあり、よろけることなく頬で拳を受けていた。イケメンはどんなときもイケメン様みたいで、痛みで顔を歪ませている様相も格好いいのが余計に腹が立つ!
「斎藤っ、なにやってるんだおまえは!」
千田課長の慌てふためく声が、応接室に虚しく響いた。綾瀬川と一緒に来ているお客様と加藤くんは絶句したまま、私たちの様子を窺っているのを、横目で確認する。
この状況に誰も反撃してくる感じがなかったので、大きなため息を吐きながら殺気を消し去り、口を開いた。
「千田課長も同罪なんですよ、そのことわかってます?」
綾瀬川の顔から拳を静かに外し、両手の関節を鳴らしながら千田課長に近づいた。すると「ひっ!」なんていう情けない声を出して、ソファの隅っこに逃げるように体を縮こませる。
「わかっているのかと、聞いているんですけど?」
「わかわかわかっ!」
「佐々木先輩と付き合ってるのを知ってるくせに、綾瀬川を焚きつけた結果、強制わいせつという犯罪に結びついたんですからね!」
「七光り、おまえそんなことしたのかよ!?」
聞いてるだけで、カチンとくるような言い方だった。千田課長からお客様に視線を飛ばす。ただ見ただけなのに、お客様の顔色がざっと青ざめたのがわかった。
「貴方、綾瀬川のなんですか?」
「なんですかって、先輩だけど……」
「はぁあ? 先輩がどうして綾瀬川のことを、『七光り』呼ばわりするんですか?」
問いかけながら座ってる先輩様に近づき、スーツの襟を両手で掴んで逃げないようにホールドした。傍から見たら金をせびる、反社会的勢力に見えるかもしれない。
「ひ~っ、みみみみんながそう呼んでいるので、俺も同じように呼んでる感じですぅ」
「そんなんだから綾瀬川がつけあがって、今回のようなことをするんだよ。先輩のくせに、そんなこともわからないの?」
スーツを掴んだ両手を使って揺さぶると、先輩様は涙目になりながら万歳して喚く。
「ずびまぜぇん! もうじまぜんっ! 殴らないでぐだざい~」
(なんだコイツ、弱すぎでしょ。まだ綾瀬川のほうが骨があるじゃないの……)