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半人前霊能者シリーズ ② 紡がれる力  第2章:導きの乞え4

***


 学祭が終わって家に帰ると、なぜか母さんが塀に寄りかかって待っていた。俺の存在を認知するや否や、顔を見てギロリと睨みつけてくる。


「た、ただいま……。どうしたのさ、こんなところで」


「お祭りが楽しすぎて、なにを拾ってきたのやら」


 塀に寄りかかっていた体を起こし、俺の目の前に立ちはだかった。


「はじめまして、優斗のお母さん。って言っても、歓迎されていないみたいだね」


 俺の声で博仁くんの言葉が告げられたことに、心底驚くしかない。


(なんで!? ってあれ……)


 声が出せない――それだけじゃなく、体も自分の意思で動かせなくなっていた。


「優斗のバカ。乗っ取られたんだよお前」


 母さんのセリフですっと青ざめたけど、既に遅いのは明白だった。いつの間にかあの緑色の炎が、俺の手に出ている状態だった。


「アンタ、それはっ?」


「優斗のお母さんなら、これを受け取っても平気ですよね。名のある霊能者なら、これをどうやって受けてくれるでしょうか?」


 言い終わらない内に、母さんに投げつけられる炎。だけど手に持っていた数珠を使って、瞬く間に光り輝く大きな結界を張り巡らせた。


(――母さんっ!)


 だけどそれは炎によって、簡単に燃やされてしまった。メラメラと紅蓮色に燃え尽きて、いとも簡単に結界が壊された。


「優斗、なにボケッとしてるのさ。さっさとそんなヤツ、体の外に追い出しな!」


 そんなことを急に言われたって、追い出し方が分からない――。


(博仁くん、母さんに向かって、いきなり炎を投げつけるなんて酷いじゃないか!)


 追い出し方が分からなくても、文句なら言える。説得して、これ以上の攻撃を止めさせなくては。


「君のお母さんから、攻撃をしようとしていたんだよ。その証拠に見てごらん。あの手に持っている数珠を。実の息子を待ちながら、持っているべきものではないだろう?」


(そ、れは……)


「優斗の姿形をしていても中身が違うだけで、別人になるものだね。お蔭でこっちから仕掛けやすい」


 なにかの術をかけようとした母さんに向かって、再び放たれる緑色の炎。


(止めてくれ博仁くんっ。母さんは悪くないのに――)


 話し合えば、きっと分かってくれるハズだよ。


 心の中で必死に叫んでみてもスルーしたまま、母さんへの攻撃の手を緩めてはくれなかった。


「優斗の力を使って、そんなモンを出すんじゃないよ。忌々しいコだね、アンタ!!」


「さすがは優斗のお母さん。全部弾いてくれるなんて、凄いですね」


 なんで、こんなふうに争わなきゃならないんだ。自分の体を使って母さんに投げつけられる炎が、憎くて堪らなくなってくる。これさえなければいいのに。


(もう……もうやめてくれって!!)


 俺の体を気遣って、ひたすら攻撃を受けているだけの母さん。一緒に霊を浄化しようと言ってくれた博仁くん。そんなふたりの争いを見ていたくないと、心の底から強く願った。


 次の瞬間、体の重みをズシッと感じて跪くと、目の前に博仁くんの霊体が横たわって現れた。


「あ……?」


 目の前にいる博仁くんを不思議に思いながら、体を触って自分が戻ってきたことを実感する。


(くそっ! もう少しだったのに……)


「優斗、そこを退きなさい。今から除霊する」


「待って、それなら俺が」


「お前は知らないでしょう? 浄化の方法しか」


 俺を突き放すような物言いに急いで立ち上がり、博仁くんの前に立った。


「いきなり除霊なんてあんまりだ。彼の願いくらい、最期に聞いてあげてもいいだろう?」


「優斗、はじめに教えたことがあったでしょ。それはなんだい?」


 忘れもしない――常日頃から言われ続けられている言葉だから尚更。


「いつ如何なるときでも、油断をしないこと。情に流されないこと……」


「お前はその大事なふたつの約束を破った結果、体を乗っ取られちまったんだよ。危険な霊だと、全身で感じとっていただろうに」


(優斗……済まない)


 言いながら俺の右足首を、ぎゅっと掴んだ博仁くん。次の瞬間、頭の中でバチッと火花が散った。


「!!」


「あっ、コラッ! 待ちなさいっ!」


 息が詰まってその場にしゃがみ込むと、母さんが舌打ちしながら崩れてしまった体を抱きしめてくれる。頭がクラクラする上に、少し吐き気もした。


「大丈夫かい、優斗?」


「う……なんとか、ね」


「まったく。お前に釘付けだったお蔭で、まんまと逃げられちゃったよ。油断した」


 ――そっか、逃げることができたんだ。


「なんだい、その安心しきった顔は。自分の霊力を奪われたというのに」


(――俺の霊力が奪われただって!?)


 告げられた事実に、唖然とするしかない。


 母さんに抱えられながらゆっくりと立ち上がり、家の中に連れて行ってもらって、玄関傍にある仏間に仰向けで横たわった。


「お前が今こんな状態になったのも、あのコが一気に霊力を奪ったからだよ」


「……信じられない、そんな」


「正直、そこまで霊力がないからこそ、こういう技を使えるようになったんだろうね。優斗、目を閉じなさい」


 枕元に座った母さんが、額に手を当ててくれる。言われた通り目を閉じたら、あたたかいなにかが体の中に染み込む感じが伝わってきた。なんだか、温泉に入ってる気分みたいだ。


「お前はあの炎を手渡されたら、使ってみたいと思う?」


 唐突に訊ねられた言葉に一瞬考えてみたけど、迷うことはなかった。


「使わない。博仁くんは命が危なくなったから使ったって言ってたけど、同じ状況になっても、きっと俺は使わないと思う。基本、ビビリだし」


「ビビリでもいいんだよ、それで。体が教えてくれただろ、これはヤバイものだって」


「うん。背筋がゾクゾクした。俺が触れちゃいけない物だって直ぐに分かったから、博仁くんには悪いけど放り投げちゃってさ」


 なんとも、後味が悪いとしか言いようがない。


「霊能力があるからこそ、そのヤバさは否応なしに分かるハズだよ。それに手を出したら、命の保障がないってこともね」


「命の保障?」


「ああ。あれは自分の命を削って霊力に変換させて、地獄から貰い受ける炎なんだよ。そのコの寿命が、一瞬だけ長らえただけということさ」


 そんな……自分の寿命が縮むことが分かっていながら、地獄の業火に手を出したなんて――ひとえに、堕ちた霊を除霊するためだけに。


 そして今もなお博仁くんは俺の体を使って、除霊しようとしていた。彼をそこまで駆り立てるものって、いったいなんだろうか?


「さてと。私の霊力を、ちょっとだけ移植してやったよ。もう立てるだろ?」


「うん……」


 本当はお礼を言わなきゃならないんだろうけど、そこまで気持ちに余裕はなかった。今まで自分がやって来た浄霊が、中途半端すぎて情けないと思ったから。


「吸い取られた霊力も、お前だと一晩寝たら元に戻っているだろうから安心しなさい。それと――」


「なに?」


 体を起こして顔だけ振り向き母さんを見たら、少し浮かない顔をしていた。


「優斗の体に入れないように、仕掛けを施したよ。もう、あのコと付き合うのは止めなさい」


「……どうして? だって博仁くんは霊体になっても、堕ちた霊と戦うって言ったんだ。俺はそれに賛同した。力になりたいと思ったから」


「そうしてお前は霊力を吸い取られ、やがて同じように霊体なる運命に、引き寄せられるかもしれないのに?」


 その言葉にくっと息を飲み、顔を背けるしかない。


「やれやれ……。やっと訪れた反抗期が命がけって、どうしたら止められるのやら」


 ため息混じりの困り果てた母さんの様子が、ひしひしと伝わってきた。俺だって、ムダなことをしたいワケじゃない。ただ、博仁くんの熱意に応えたいだけなのに。


「すっごい怖がりでビビリのお前が、あのコに憧れる気持ちは分からなくはないよ。だけどね師匠として母親として、間違った道に行こうとする可愛い息子のことを考える、私の気持ちも考えてちょうだい」


「母さん……」


「お前の霊力を一時的に奪ったところで、あのコはいずれ堕ちた霊になる。堕ちた霊になって、お前を食らいにやって来るんだよ」


 そんな――博仁くんが堕ちた霊になるなんて。


「それか堕ちた霊になる前に、堕ちた霊に食べられるか、どちらかだろうね。だから関わるんじゃない、優斗。頼むから……」


 涙声の母さんが、後ろから俺の体をぎゅっと抱きしめてきた。だけどそれをさっと振り解く。


「優斗――?」


「悪い……俺は今まで知らなかったから。浄霊以外の術も自分の体を抜け出して、霊体になることもなにもかも知らず、キレイな部分しか見てこなかった。堕ちた霊がいるなんて、全然知らなくて」


 それを一番最初に教えてくれた博仁くん。たとえ彼が堕ちた霊になったとしても、自分ができることをしてあげたいって思う。


「それは力を使う上で、踏んでいく段階があるから、私はあえて教えなかったんだよ。まずは、正しい力の使い方を知らなければならなくて」


「母さんの言いたいことは分かる。だけど俺はショックだった。自分が今までやってきたことが、無意味に思えてならなかったんだ……。だからもっと」


 強くなりたいと願った。博仁くんのように――。


 立ち上がって、仏間から2階へと一気に駆け上がる。そして自分の部屋に閉じこもった。


 この先どうやって力を使っていくかを迷ってしまい、布団を頭から被り、暗闇の中に身を置くしかできなかった。

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