8月31日。今日で夏休みは終わり、明日からまた授業が始まる。普通の中学生だったら……去年までのあたしだったらもの凄く憂鬱。でも今のあたしは嬉しい、普通の日が戻ってくるから。
今日のランチ弁当はハンバーグで、あたしはあまり好きじゃない。だから注文はしないでコンビニにお昼を買いに出た。
大学もまだ休みでお客さんが少ないから、コンビニのお弁当も数が少ない。高校と大学の授業があるときはいつも棚がみっちりなのに、今はのり弁当とからあげ弁当だけ。おにぎりもツナマヨと昆布と梅しかない。
「サンドイッチでいいかな……」
決めることができなくて何となくお店の中をウロウロした。雑誌のコーナーで漫画を見ていると、道路の向こうに銀色のベンツが止まった。運転手が降りてきて、後ろのドアを開けている。
「あ……」
ベンツの屋根の向こう、須藤さんの顔が見えた。運転手付きのベンツで送ってもらえるなんて、須藤さんはすごい家のお嬢さんらしい。でも面と向かってそんなこと言ったらきっと怒られる。
ベンツが行ってしまうと。須藤さんはリュックひとつを担いで、道路を渡ってこっちに歩いてくる。ジーンズに、ダボッとしたサイズの大きな白シャツ。お店に入ってすぐ、須藤さんはあたしに気がついた。
「ああ、もう帰ってたのか」
そう言って、須藤さんは何だかちょっと恥ずかしそうに笑った。最近は見なかったのに、何となく暗い笑顔がまた戻ってきていた。
「おかえり……なさい」
何て言っていいのかわからなくて、あたしはそれしか言えなかった。
「もっと早く帰ってきたかったけど、会って話さなきゃいけない人が多かったんだ」
お弁当のコーナーに向かう須藤さんに、何となくついていった。
「なんだ。ロクな物ねーな」
「大学もまだ休みだから、種類も数も少ないです」
「お前もお昼買いに来たの?」
「はい」
「それじゃ、その辺で一緒に食べようか。一人でしょぼい飯は淋しすぎる」
『制服着てくればよかった』って、あたしは後悔した。着替えるのが面倒だったから、体育用の青ジャージで出てきていた。
キャンパスの林の中は、セミがうるさいけどけっこう涼しい。
「ベンツ……須藤さんの、お家のですか?」
「あれは親父のプライベート用で、もう1台仕事用のがある。あと母のワゴンと……」
ベンツが3台もあるらしい。
あたしはツナマヨお握りとタマゴスサンド、須藤さんはフライドチキンをバンズにはさんだのとハムレタスサンド。
「お前……女子扱いになったこと、親に話したのか?」
「はい。セーラー服着て、帰りました」
須藤さんがちょっと笑った。
「ごちゃごちゃ口で説明するより手っ取り早いな。それで……何か言われたか?」
「特に、なにも……家にいるあいだフツーに母親と娘してました」
そう答えると、須藤さんはちょっと肩をすくめた。
「羨ましいんだかなんだか……」
そう言って須藤さんはフライドチキンの残りを口に押し込んだ。
「でも……外に……いたら、ダメだって。思いました」
指先についた脂をティッシュで拭いていた須藤さんが、動きを止めてあたしを見た
「外って、学校の外ってことか?」
「はい」
「何があった?」
あたしは、家に帰っていた間に起こったことを話した。
「一瞬でか?」
「はい……たぶん……」
あたしをいじめようとした二人は、逃げようとして二人同時に転んで動けなくなった。あれは偶然じゃない、あたしがキレて力を使ってしまったからだ。
「まあ……そのバカは自業自得だろ。二人がかりで女いじめるなんて、ガキだって許されない」
須藤さんはちゃんとあたしを女の子として扱ってくれた。それがすごく嬉しいけど何だか恥ずかしくて、あたしは地面に目をやった。
「俺も、外でケジメつけてきてやったよ」
須藤さんは缶コーヒーをひと口飲んでちょっと笑った。やっぱり笑顔は何となく暗い。
「え?」
「俺がこっちに入ってた間に、また調子に乗ってたバカがいたんだ。最悪の夏休みにしてやったよ」
何だか須藤さんは、あたしなんかの比じゃない恐ろしいことをやってきたらしい。
「それって……マズくないですか?」
顔を上げてあたしが聞くと、須藤さんは暗い笑顔でちょっと首を振った。
「まあ……そいつが誰かに喋ったらマズいかも知れないけど。でもなんでこうなっか喋ったら、そいつはもっとヤバいことになる」
恐いから、あたしはそれ以上聞かないことにした。
「たしかに……俺たちはここにいた方がいいのかも知れないな」
須藤さんは缶コーヒーを飲み干して、空になった缶を足元に放った。
『バキッ』と音がして、手も触れていないのに空き缶がぺちゃんこに潰れた。
「外じゃ、俺たちは魔物だ……モンスターだ」