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第42話 スッポンポンって使う?


 そんなこんなで俺たちはG部屋に入った。玄関と部屋の間は扉で仕切られている。


「ふむ、丁度良いですね。あの扉をセントラルドグマにしましょう」


「はいはい。で? 防護服は何処で脱ぐんだ? 俺だって浄化された世界にこのまま入っちゃ駄目なんだろ? どっかで服を全部脱いで、シャワー浴びて綺麗な服に着替えて入るんだよな。でもさ、昨日も言ったけど、それだとまず、この状態で綺麗な部屋に入って綺麗な服を中に用意しなきゃいけないことになるし、対策は考えてきたのか?」


 ふふ、とトアリは笑った。


「お任せ下さい。私は部屋の中でも多少は汚染区域があってもいいと判断したのです。空間除菌ジェルが設置されているから除菌してくれますし」


「その汚染区域とやらで服を脱ぐってワケか?」


「ええ。そして寝る場所等はそこから離れたところにします」


「大丈夫なのか? 家じゃあんなに隔離された場所で着替えたりすんのに」


「まあ今回だけは辛抱してあげますよ。城ヶ崎じょうがさきくんも頑張ったみたいですし」


「……突拍子もなく素直になるんだな、おまえ……」


「ああもううるさいですね。さっさと汚染区域に行ってスッポンポンになってシャワー浴びて綺麗な服着て下さい」


 スッポンポンなんて言葉使う人実在したんだ。


「へいへい……仰せの通りに……」


 俺は部屋の中に入った。そして直角に右へ進んで部屋の角隅に行った。ここから半径二メートル以内までが汚染区域となる。


 そこで指示通りスッポンポンになって、なるべく部屋の隅を歩いて、手を洗った後にシャワーを三回浴びた。


 そして綺麗な寝間着に着替えてから、足を除菌シートで拭いて綺麗なスリッパを履いた。


「トアリ、終わったぞ!」


「じゃあそのまま部屋の中央で向こう向いて立っていて下さい。途中でこっち向いたら殺します」


 ドストレートだな。


「わ、分かってるっての! なるべく早くしろよ?」


 すると扉が開く音がした。間もなくガサガサギシュギシュと、防護服を脱いでいるであろう音が聞こえてきた。


 何だろう、あのトアリが後ろで服を脱いでいると考えると、ちょっとドキドキするというか……。


「城ヶ崎くん」


 不意に、トアリが声をかけてきた。


「……何だよ……」


「今、私は裸です」


「……んなこと報告しなくてもいいって……」


「どうです? 今、こちらを向いてみては?」


 遠回しに殺すって言いたいの?


「……あのな……」


「冗談です。シャワー浴びてきます」


 トテトテと可愛らしい足音が移動して、バスルームに消えていった。


「……なに考えてんだよアイツ……」


 トアリのシャワー。一時間は覚悟していたが、十五分ほどで終わったようで、


「お待たせしました」


 振り向くと、上下青ジャージ姿のトアリがそこにいた。頬がほんのり紅潮していて、色っぽさがあった。そんなトアリを見て、不覚にも俺の心臓は爆発しそうになっていた。


「どうしたんですか? 顔を赤くして?」


「別に……」俺はすぐさま視線を逸らした。「つーか早いな、トアリにしては……。もっとかかるって思ってたけど……」


「本格的なシャワーはもっとかけますよ。でもこの後、食事をとってから外に出なければならないじゃないですか。また汚染されるのを分かった上で本気で洗うバカじゃありませんからね、私は」


「ふ、ふーん……」


 トアリはパタパタとスリッパを鳴らして、汚染区域からうんと離れた所に部屋の机を移動させ、その前であぐらをかいた。俺も向かいに座る。


「さて城ヶ崎くん、今から昼食らしいですが、まだなんですか?」


「あー、もうすぐ来るはずだけど……」


 その時だった。部屋の出入り口が静かに開き、そこから岩田いわた先生が半身だけ覗かせた。


「どう? お二人さん?」


 岩田先生は弁当が入ったビニール袋を持っている。


「今のところ順調です」


 俺が言うと、岩田先生は「そう」と微笑んだ。


「これ、みんなにも配られたお弁当ね。どうする? ここに置いておいた方がいい?」


「そうですね」トアリは素早く言った。「入口の所に置いておいて下さい。そこで食べますので」


「分かったわ。じゃあお二人とも、時間になったらちゃんと来るのよ?」


 岩田先生は入口に弁当の入ったビニール袋を置いて、扉をしめて出ていった。


「さて、外界の汚染された空気に触れたお弁当を食しますか」


「その汚染された弁当とやらをどう食うんだよ? 昨日のうちに決まらなかっただろ、作戦」


「大丈夫です。汚染されているのは、あくまでお弁当の外ですから。中は汚くないので」


「……ふーん……」


 やはり……。


 トアリは実際の汚染度のことは全く考えず、自分が汚いと思わなければ大丈夫な、超極端で……超単純な性格。


 あの時からそう予想していたが、トアリは超単純な性格だ。これはうまく言いくるめれば、修学旅行中に少しはマトモになるかもしれない。


(ふむ、それも俺次第だな)


 実は俺には作戦があった。トアリに防護服を脱がせた状態で、京都を堪能させる作戦が。しかしそのためには一つだけ……犠牲になってもらわなければならないものがあった。


 今の内に謝っておこう。犠牲になるものに携わる方々、全力ですみません……。でもトアリの潔癖症を良くしていくために必要な犠牲なんです……。


「では城ヶ崎くん。まずビニール袋からお弁当を出して並べて、その蓋を開けて下さい。くれぐれも、中のモノに手を触れないようにして下さいね。でないと汚染されますから。城ヶ崎くんに(笑)」


 なにその『(笑)』。超腹立つんですけど。


「咳とかくしゃみとかお弁当にかけないでくださいよ?」


「分かってるよ、ったく」


 俺は仰せの通り、弁当を出して蓋を開けた。


「やればできるじゃないですか。じゃあ手を洗ってきて下さい」


 先に手を洗わせなかったのは、蓋を取ったために手が汚れたか

らだ。


「へいへい……」


 俺が手を洗って戻ると、トアリは弁当の前で手を合わせていた。


「城ヶ崎くん、早く来て下さい。一緒に食べましょう」


「あ、ああ」


 待っていてくれたのか。ホントに良い奴なのかどうなのか判断が難しいな……。


「はい、城ヶ崎くんも、この除菌された箸をどうぞ」


 俺は、トアリが持参してきた箸を受け取った。そして、


「いただきます」


 揃って昼食に入った。出入り口で。


「城ヶ崎くん」トアリは唐揚げを頬張りながら、「食事中、咳とかしたら滅します」


「わーってるよ」


 その後、特に会話することなく、もくもくと弁当を食べ終わり、洗面所を入れ替わりで使って歯を磨いて手を洗って、再び机で向かい合った。


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