翌日、カイはいつも通り学校に登校した。
しかし教室に足を踏み入れると、いつもと違う視線を全身に感じた。周囲からひそひそとした声が漏れ聞こえ、誰もが遠巻きにカイを注目している。
(こんなに注目されるなんて、これまでなかったのに)
カイは、皆が自分のダンジョン配信を見て話していることを把握している。なぜならすべて聴き取れるからだ。
幼い頃から一人でいることに慣れていたカイにとって、周囲からの視線がこれほどまでに集まるのは複雑だった。孤独であることに変わりはないが、以前とは違う「孤独」を感じる。
すると、小柄で少し根暗そうな同級生が恐る恐る近づいてきた。緊張した様子でカイを見上げながら、どもりがちな口調で言った。
「あ、あの!僕、霧島シンジっていいます!カイさん、ダンジョンの配信見ました!すごくかっこよくて……僕、すごく憧れてます!」
そう言うと、シンジは手を差し出し、ぎこちなく握手を求めてきた。カイは少し戸惑ったが、応じるとシンジの顔がぱっと明るくなった。
そのやり取りを見ていた数人の生徒が、勇気を出したかのように次々とカイに話しかけてきた。
「カイ君、本当にS級モンスター倒したの?」
「配信のあれ、どうやったんだ?」
まるで質問攻めのように話しかけられ、カイの周囲にはあっという間に人だかりができた。彼は応じきれず少し困惑しつつも、その輪の中で感じる新しい感覚に戸惑っていた。
しかし、その雰囲気が一瞬で冷める出来事が起きた。教室の後ろから、不良グループの石田が仲間を連れてやってきたのだ。石田は強引に霧島を押しのけて倒すと、カイの前に立ちはだかった。
「おい、ダンジョンでちょっと活躍したくらいで、調子乗ってんじゃねえぞ」
石田は、あくまで威圧的な口調でカイをにらみつける。カイはその視線を意に介さず、霧島を助け起こし「大丈夫?」と声をかけた。
その態度に苛立った石田は、「おい無視してんじゃねえよ!」と怒鳴り、カイに向かって蹴りを放とうとした。
だが、カイが冷ややかな視線で睨み返すと、石田の顔が一瞬で青ざめ、足が止まった。彼はまるで猛獣に睨まれたような威圧に飲み込まれ、心の中に走る恐怖に目を逸らすしかなかった。
「……放課後、校舎裏に来いよ」
そう言い捨てると、石田は仲間たちと共に教室を去った。
カイは特に気に留めることなく、また集まってきた霧島や周りの生徒たちに応じ、何事もなかったかのように振る舞った。
霧島は「ありがとう……すごくかっこよかったです!」と、嬉しそうにカイに感謝を伝える。
「それじゃ……あ、チャンネル登録しましたんで、これからも応援してます!」
そう言うと、霧島は満足げな表情で自分の教室に戻っていった。
◇ ◇ ◇
放課後、カイが指定された場所に向かうと、そこには予想以上に大勢が待ち構えていた。石田の仲間たち数名が、金属バットなどの武器を手にしており、その中心には、一際大きな体格をした私服姿の男が立っていた。
「おい石田、こんなひ弱な小僧が相手かよ?」
男は半ば呆れた様子で石田を睨むと、苛立たしげにため息をついた。
「俺も暇じゃねえんだからな。終わったら例の報酬、ちゃんと振り込めよ」
「ええ、親が裕福なんでね。約束通り払いますよ」
石田はそう答え、ニヤリと笑った。
「おーい!カイぃ〜この人はなぁ元キックボクサーで、地下格闘技でも優勝経験があるんだよ」
その言葉に、カイは男を一瞥した。
「どうでもいいけど」
その言葉に、男は挑発されたかのように鋭い眼光を向けてきた。
「ガキが……調子に乗るんじゃねえぞ」
男がそう言い放つや否や、強烈な蹴りをカイに向かって放った。
しかし、カイにとってその動きはスローモーションに見えた。蹴りが届くまでのわずかな瞬間に、カイは冷静に思考を巡らせる。
(避けるかな、受けてみるかな……でもボクの体に当たったら彼は骨折するな。10メートル後ろの角から公安の人が見てるし怪我させて警察沙汰になるのは面倒だな)
そう判断し、カイは最小限の動きで、相手の蹴りを1ミリ単位でかわしてみせた。次の蹴りも、再び最小限のステップで避け、すぐに元の位置に戻る。男は何度も攻撃を仕掛けるが、ことごとく空を切るばかりで、周囲にはまるでカイが影のようにすり抜けているかのように見えた。
徐々に息が荒くなり、汗が滲み出した男は、その異常さに混乱していた。
「こいつ……一体何なんだよ……」
男は動きを止め、恐怖が滲む目つきでカイを見つめた。そして、今度は怒りに任せてカイに掴みかかろうとするが、カイは静かに男を睨み返す。
目を細め、ほんの少し気迫を込めたその視線に、男は一瞬で全身が硬直し、地面に尻もちをついた。
その場の空気が一気に凍りついた。男は混乱したまま手足を震わせ、恐怖で顔を引きつらせている。そしてついに、その場で失禁してしまった。
それを見ていた石田や仲間たちは、唖然として言葉を失った。
「おい……あ、あんた、大丈夫かよ!」
焦ったように男を抱え起こし、その場から逃げ出そうとする石田たちに、カイは一言、静かに言い放った。
「ボクに興味があるなら、チャンネル登録してくれるかな?」
カイがにっこりと笑顔を見せると、石田たちは何度も頷きながら「わ、わかった!」と叫び、慌ててその場を去っていった。
一部始終を見ていた黒服の男が、静かに拍手しながらカイに近づいてきた。
「いやぁ、助太刀は無用でしたね。さすがは
その声に振り返ると、男はにこやかに微笑んでいた。
「公安からずっと尾行してる人……ですよね」
カイは当然とばかりに問いかける。
「さすがですね。私は公安に雇われたA級ハンターの狭山京治です」
「ハンター?」
「ええ、簡単に言うと、配信などせずに主にダンジョンでの攻略、いや探索する仕事ですかね」
狭山は、手短にカイに話しかけてきた。公安として彼の監視を続けていると告げる一方、カイが配信した後、異例の事態が起こっていることも説明した。
「実は、君があの配信をした翌日から、未知のS級ダンジョンが全国で発生していて対応に追われてるんですよ。今回、ぜひ君にそのひとつに挑戦してもらいたいんですが……どうです?」
カイは一瞬考えたが、「リサさんと一緒で、あと配信もして良いなら……いいですよ」と答えた。
狭山はその答えに満足そうに頷き、手続きを進めることを約束した。
こうして、カイは再びダンジョンへと挑むことになった。