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7話(2)私たちの関係はロールキャベツ?!



「卯月さん!! 聞いてください! 私にこんなもの付けろって言うんですよ!!!!」

「なになに~~?」



 バタバタ帰ってくるなり、如月が勉強している私の元へ来て、後ろから抱きついてきた。背中から、海水の香りを感じる。



 私の目の前に手のひらが差し出され、そこには黒い指輪が乗っていた。



「いいじゃん、指輪~~」



 指輪を手に取り、見つめる。ださ。兄の好きそうなダイヤカットリングだ。



「指輪なんてナンセンスだと思いません?」

「知らんけど。薬指に付けるの?」

「付けるわけないじゃないですか」



 薬指に付けないんかい。買ったであろう、兄に少しだけ同情する。



 指輪を買ったってことは、兄と如月は恋人になったのか? 出会って1ヶ月くらいでここまで進展すると、驚きもある。毎日、衣食住を共にしているわけだから、仲が深まるのは当然か。



「ひどくね?」



 兄が私の隣に座る。塩の香りが更に強まる。くさい。



「海、行ってきたの?」

「うん、おかげで昼飯食いそびれたけどね」



 私が海へ行こうって言った時は反対したくせに。兄の左親指には、如月が持っていたものと同じ黒い指輪がはめられていた。



 恋人になったその日に指輪を買うとは、恋愛って、コスパ悪そう。恋愛経験のない私にはよく分からない。



「なんで指輪買ったの?」

「如月ってば、逆ナンしてくる女も、ちょっと世間話しただけの男でも、すぐ仲良くなるし、連絡先交換して会おうとするんだもん」



 兄が少し不貞腐れている。



「色んな人と話した方が見解が広がりますし、そこになんの恋愛感情もないですよ? あと相手の性別は関係ないです」

「如月がそうでも、俺は関係あるわ!!」



 兄は少し怒っているようだ。



 ほうほう。つまり、あれか。この指輪は如月に対する兄の独占欲ということか。私は如月の指輪を天井へ向け、眺めた。ダイヤカットのデザインが照明に反射し、少し綺麗だ。



「大体ね、そこは開放的なくせに、すぐ隠す!」

「周りの目を気にせず、すぐ行動する貴方の方が、遥かに開放的だと思いますけど……」



 なんかケンカしてるなぁ。



「俺はもう、完全に自分を認め、受け入れた! 迷いはない! むしろ隠す方が苦しい!」


「俺のせいで如月や卯月が傷つけられることがあったら、そいつを殴るから大丈夫!!」

「Z世代恐るべし……殴って解決はやめてください……」



 如月は私の持っている指輪を手に取り、左手の人差し指に、はめた。



 結局、付けるのか。



 2人の価値観に相違はありそうだが、最近沈んでばかりだった兄が、普段の明るさを取り戻してくれて、本当に良かった。



 そして思う。



 ーーこいつら海水くっさ!!



「てか2人とも臭っさ!!!!」



 2人を両手で押し退け、自分から遠ざける。



「海水、頭からかぶりましたからね。私、シャワー浴びてきます」

「一緒に入る~~? 如月ちゃぁ~~ん」



 兄が脱衣所に向かう如月の背中を追いかけた。



「なっ!!! 入りません!!!!」



 如月、頬が真っ赤になってる。脱衣所のドアが思いっきり閉められた。



 ーーバン!



 脱衣所のドアが閉まり、取り残された兄は頬を膨らませている。諦めたのか、キッチンへ向かい、夕飯を作り始めた。勉強しながらキッチンにいる兄へ声をかける。



「詰め寄りすぎじゃね?」

「純情で、すぐ赤くなって可愛いんだもん」



 なんじゃそりゃ。私は毎日、2人のいちゃいちゃを見て過ごすのだろうか。



 今日の夕飯が気になり、キッチンへ向かう。兄の隣に立ち、覗き込むとキャベツを一枚ずつ、丁寧に剥がし、沸騰した水の中へ入れていた。



「何か手伝う?」

「結構です」



 茹でたキャベツを取り出し、ざるに移している。冷ますらしい。



「言われた通りにきちんとやるって~~」



 流し台で、手を洗う。



「シャワー空きましたよ」



 如月が兄を後ろから抱きしめた。ぎゅう。



「あーー今日初めて自分からスキンシップしてくれたぁ」



 兄の口元が緩んでいる。



「もはや同棲。私の立ち位置とは……」

「じゃ、俺一旦シャワー浴びてくる。料理には触るな」



 私たちに釘を刺し、脱衣所へ行ってしまった。



 10分程度で兄はすぐ戻ってきた。料理が心配だったらしい。キッチンに3人横並びで立つ。私は兄に指示された通り、冷ましたキャベツの芯を包丁で削ぎ落とした。



「よーーし、混ぜ終わった! これを俵形にしてキャベツで包みます!」

「え、これ触るんですか」

「触らないでどうやって包むんだよ」



 如月がとても不快そうな顔をしている。挽き肉に触りたくないらしい。兄の手は既に挽き肉でまみれている。



 まな板にキャベツを乗せ、芯の端のところから挽き肉を包んでいく。中々上手に包めず、キャベツが破れてしまった。



「お兄ちゃん! 破れちゃった!」

「これで補修して」



 小さいキャベツの葉を渡された。破れたところをカバーしながら包んでいく。



「できたぁ~~」



 如月は後ろで傍観している。見守り隊長だな。



「上手上手~~どんどん包め~~」



 兄と一緒に挽き肉をキャベツで包み込み、量産する。



 兄と包んでいるうちに8個のロールキャベツが完成した。あとは鍋に敷き詰め、煮込むだけ!!!



「卯月はロールキャベツだな」

「なにそれ、意味不明」

「俺に包まれてる、大切な存在」

「卯月さんは私にとっても、大切な家族ですよ」



 鍋に隙間がないくらい、ぎゅうぎゅうに敷き詰められているロールキャベツをみる。弱火でコトコト煮込まれ、キャベツがしんなり、柔らかくなっていく。



 私がロールキャベツって。どんな例えよ。



 それでも、2人から大切にしてもらってるのは十分過ぎるくらい伝わるし、家族だと言ってくれた如月を私も同じように想っている。



 私は挽き肉で、ベトベトになった手を石鹸で洗いながら言った。



「別れたりしないでよ」

「しないさぁ~~俺は卯月が思うよりずっと本気だよ」



 兄も私の隣で手を洗い始めた。



「お兄ちゃんって好きになったら、一直線って感じ」



 如月は一段楽ついたのをみて、キッチンを離れ、和室へ行ってしまった。



「そうかもね! 如月には俺だけを見ていて欲しい」

「結局自分で言ってるし。如月行っちゃったよ?」

「いいよ。俺は煮込んでいる間、卯月の勉強をみるから」





 弱火で長く煮込まれたロールキャベツはとても美味しかった。その日あった出来事を話したりして、一緒にご飯を食べる。



 3人で食べる晩ご飯は私の毎日の楽しみだ。






 私は寝支度を済ませ、温めたお茶をリビングで飲む。もうあとは寝るだけだ。



 自分の敷布団を和室に隣接する洋室へ移す。内心、兄を取られたような気がして、寂しくないと言ったら嘘になる。



 兄と如月は今日、恋人になった訳だし、少し気を遣おう。



 好きなだけ、いちゃついて寝てくれ。

 襖を閉め、布団に入り、目を閉じた。



「なっ……」



 私の布団がないことに気づいたのか、言葉を失う如月の声が聞こえた。



「良いじゃん、寝ようよ」

「寝ますけど……」



 ーー寝れない!!!



 目が冴える! 目を閉じても、頭の中で余計なことを考えてしまい、全く眠れない!



 あっ、あ~~ん(妄想)的な声が隣の部屋から響き渡るかと思ったけど、物静か過ぎて逆に気になる! 一体、何をしているんだ? これは好奇心? 私は興味があるの? えっちなことに? ちょっと見てみた……て、やだ! うそ! そんなことはない! こともない!



 少し覗くか? 開ける? 開けちゃう? この襖。でも開けて兄が如月を押し倒してたらどうする? そんなの死亡フラグじゃん! やばくね!!



 あああああああ!! このままモヤモヤしたまま絶対眠れない!! スッキリしよう!! もう知らん!! 開けてやる!!



 ドキドキしながら、ふすまを静かに開ける。襖の向こう側は、敷布団一枚分、真ん中にスペースがあった。如月が目を擦りながら、体を起こす。



「卯月さんが居ないと眠れません」

「早くここで寝ろよ」



 兄は真ん中を指差した。



「せっかく気遣ったのにぃ」



 私は和室から布団を移動させ、仰向けに寝る。



「そんな気遣いは無用だっての」



 兄は仰向けから私の方に体を向けた。



「明日は学校では? 早く寝ましょう。おやすみなさい」



 如月も私の方に体を向ける。



 兄の左手と如月の右手が私の上で繋がれる。兄は右腕でそっと私を抱き寄せた。




 少し暑いけど、包まれて幸せ。

 ロールキャベツみたい。





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