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狼な主様と一途な従者
狼な主様と一途な従者
無月兄
現代ファンタジースーパーヒーロー
2024年10月27日
公開日
2,693字
完結済
士狼様は、狼の姿をした神の血を引いた、退魔師の一族。そして私は、代々それに使える従者の家系。 その身に宿った力を使い、様々な異形の存在と戦い続ける士狼様。しかしその力は、一介の高校生が持つにはあまりにも重すぎました。 望まぬ力を授かったことに苦しむ士狼様を見て、私は少しでも助けになりたいと願うのです。

第1話

 私、咲夜の通う高校には、いつもは使われていない、空き教室というのがある。

 普段授業を行う教室から離れていることもあって、寄り付く人は滅多にいませんでした。


 けどだからこそ、今あの人はここにいるでしょう。そう私は確信し、教室のドアを開けたのです。


「士狼様、やっぱりこちらにいましたか」


 そこにいたのは人の背丈程の大きさのある、銀色の狼でした。


 何も知らない人がこれを見たら、きっと悲鳴をあげるか腰を抜かすでしょう。こんなものが学校の中にいるなんて、どう考えても異常な光景です。

 だけど、おかしなことはそれだけでは終わりません。


「咲夜か。ここに来るところ、誰にも見られていないだろうな」


 その狼は、人語を話し、私に話しかけました。


「はい、もちろんです。それより士狼様、お体の調子はどうですか? もう、人の姿に戻れそうですか?」

「ああ、なんとかな。まったく、厄介な力──いや、呪いだな」


 そのとたん、狼の、いや士狼様の体が光に包まれます。そして光の中で、徐々に姿を変えていくのです。

 そうして狼だったものは、完全に、一人の人間へと姿を変えました。これこそが、士狼様のもうひとつのお姿なのです。


 だけどこれはこれで、先程までの狼の姿とは別の意味で、現実離れしている気がします。

 かっこいい。イケメン。そんな言葉すら陳腐に思えるほどの美しさ。まるで、神が作った芸術品です。

 ううん。ある意味神様そのものと言っていいかもしれません。

 士狼様の家は、狼の姿をした神の血を引いた、退魔師の家系でした。その力を使って、代々人を苦しめる妖怪や亡霊、魑魅魍魎といった異形の存在と戦ってきたのです。


 そして私は、代々それに仕える従者の家の娘。士狼様の側に立ちサポートをする。それが、生まれながらのお役目です。


 こんなことを人に話したら、いったいどう思われるでしょう。

 神様の血を引くとか、妖怪と戦うとか、従者とか、まるっきりファンタジーな話。頭がおかしいと笑われるかもしれません。


 だけど、先程までの士狼様のお姿を目の当たりにしたら、きっと笑っていられなくなるでしょう。

 人が狼へ、狼が人へと姿を変える。この現実の前には、常識なんて何の役にも立ちません。


 これも、士狼様の持つ、神の血のなせる技。

 だけど士狼様は、この力を決して良く思ってはいませんでした。むしろ、苦しんでいると言っていいでしょう。


「くそっ。いつもいつも、俺の意思とは無関係に変身しやがる。こんな姿、誰にも見せたくないのに」


 美しい顔を歪めながら、自らの体を隠すようにうずくまる士狼様。それを見て、キュッと胸が締め付けられる。


 士狼様は、一族の中の誰よりも強い力を持っていました。そして強すぎる故に、その力を制御することができなかったのです。


 その結果、今回みたいに、なんの前触れもなく変身してしまうことがある。

 士狼様は、それを人に知られるのを、誰かに見られるのを、極端に恐れていました。見られたら、みんなが自分を見る目が変わってしまうというのがわかっていたから。


 だから今回も、変身してしまうとわかったとたん、一目散にこの場所へと逃げ込んだのです。

 ここなら誰もいないから。今の自分の姿を、人に見せずにすむから。


 私は、そんな士狼様の心を、なんとか癒してあげたかった。それは、私が従者だからじゃない。私自身が、士狼様の苦しむところを見たくなかったから。


「士狼様。私は、何があっても士狼様の味方です。たとえどんな姿を見ても、絶対に変わりません」

「咲夜……」


 少しだけ顔を上げた士狼様を、私は真っ直ぐに見つめた。今の言葉に、決して嘘偽りは無いのだと示すように、一切目線をそらすことなく、真っ直ぐにだ。


 そんな私を見て、士狼様が叫んだ。


「見なくていい! 見なくていいから、さっさと服をよこせーっ!」


 火が出るくらい顔を真っ赤にしながら叫ぶ士狼様は、一糸まとわぬ生まれたままの姿でした。


「はっ、はい。ただいま!」


 当たり前だけど、人間の服ってのは狼が着るようには作られていません。士狼様が狼に変身したその瞬間、骨格の違いから、それまで着ていた服はぐちゃぐちゃになり、強制的にずり落ちるのです。


 それを全部拾って逃げるだけの余裕があったらいいけど、そうでない場合、士狼様は服をその場において逃げ出すしかありません。人間の姿に戻った後、何も着るものがないとわかっていたとしてもです。


 そして士狼様が走り去った後、その場には脱ぎたての服だけが残されるのです。


「神の力なんてファンタジーなもので変身するなら、服だってパッと出たり消えたりするくらいしろよな!」

「まあまあ。そういう時のために、私がいるんじゃないですか」


 神の力に文句を言いながら、私の持ってきた服をいそいそと着る士狼様。


 従者である私の務めは、士狼様が変身しかかっているとわかった瞬間、周りの人の目を他の何かへとそらすこと。

 そして、ぐちゃぐちゃに脱ぎ散らかされた士狼様の服を素早く回収し、こうしてお届けすることなのです。


「服、ちゃんとたたんでおきましたよ」

「別にぐちゃぐちゃのままでもいい! 脱ぎたての下着をそこまで丁寧に扱われたら、いたたまれなくなるだろ! だいたい、なんで従者が女である咲夜なんだよ。裸の男に服を届ける役目なんて、セクハラじゃないか!」

「それは、学校で士狼様のそばにいるのは、同い年の私が適任だからでしょう。いざって時、近くにいないと困るじゃないですか」

「そうだけど、そうだけどっ! お前は嫌じゃないのかよ!」


 従者である私を気遣う士狼様のお優しさ、感激します。

 しかし、嫌なんてとんでもない。私はこの役目を譲る気なんてありません。


 なにしろ士狼様は、この世のものとは思えないくらいの麗しきお方。当然女子人気も凄まじく、我こそがお近づきになるのだと、裏では日々熾烈な争いが繰り広げられています。もっとも、私が全員返り討ちにしていますけど。


 そんな士狼様のあられもない姿など、女子たちが見たらきっと鼻血を吹き出して倒れるか、彼女たちの方が狼になってしまいます。

 そんな奴らから士狼様を守るという名誉あるお役目、他の誰にも譲ってやるものですか!

 合法的にお宝シーンを見ることだってできますからね。


 ちなみに私は、他の女子達とは違いますよ。士狼様のどんなお姿を見ても動じないように、普段からあーんな姿やこーんな姿を、妄想して、妄想して、妄想しまくって鍛えてますから。


「士狼様、ご安心ください。何があっても、あなたの身はこの咲夜がお守りしますから!」

「いいからこっち向くな! まだ着替え中だーっ!」


 神の力を受け継ぐ、麗しき我が主様。彼をお守りするため、従者の奮闘は続きます。

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