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第35話 決着


 第2ラウンドだ。


 【黒ノ禁忌】

 これでバーストやプロミネンスを防いだ。

 そんな場面を見ても、暁斗は怯む様子もなく戦う意思を示している。

 これも洗脳による効果なのかもしれない。


 パチンッ――


 暁斗が指を弾く。

 たしかこれで仲間を着火させていたんだっけ。


 しかし本来なら燃えるはずの俺の体はなんの変化もない。

 【黒ノ禁忌】を手に持つこの1分30秒は異能に対してのみ無敵タイムを発動するのだから。


 何度もパチッと擦る指。

 決して焦った様子はないが、繰り返し行っているところ、やはり技の発動はできていない。


 異能が使えないという緊急事態に表情こそ変わらない。

 しかし体は正直で、その緊迫した空気に瞬きが増えた。


 俺は『抜重』による軽快なステップと『瞬き』という手品のようなテクニックを駆使して暁斗の傍に寄る。

 それこそ一振りの剣が届くほどに。


「箕原流剣術 一の型 剣舞一刀」


「……っ!? バーストっ!」


 ボフッ――


 小さな爆発音と共に、その爆風にあてられた俺は後方へ大きく飛ばされた。


「い、痛ぇ……」


 で、済んでいるのがもはや奇跡だ。

 しかしなぜバーストが発動した?

 俺には異能が効かない、と思っていたのだが。


 爆発により立ち込めた煙が徐々に晴れていく。

 そしてその先に映るのは、俺よりも遥かに傷を負った暁斗のへたり込む姿。


 もしかしてアイツ……。


 (自分の体を起爆させたようだ。それじゃこの剣を持ってしても防げん。よく考えたな、あの小僧)


 ノロが影の中から俺に詳細を教えてくれた。


 そうか、やっぱり。

 しかしそこまでして勝ちたいものなのだろうか?


 いや、暁斗には勝ちたい意思なんてのはない。

 きっと洗脳により刷り込まれた勝利への執念みたいなものが彼をそうさせるのだ。


 (それより耀、あと40秒だぞ)


 時間の経過。

 ただえさえ短い時間が、体感にしてさらに短く感じる。

 これを過ぎれば普通に戦うことすらままならない。

 そうなったら間違いなく負けだ。


 今の爆発で俺の体も結構痛い。

 しかし限りある時間に俺は焦りを覚え、なんとか踏ん張って立ち上がる。


 一方目の前の暁斗、彼は痛々しい体をなんの苦悶も見せずに起き上がらせた。


「……バースト」


 そして暁斗は手をかざし、再び唱え始める。


 ボフッ――


 ちょうど俺の足元付近にあたる場所が爆発した。

 とっさのことで反応できず、モロに爆風の勢いにあてられて飛ばされる。


 くそ、俺や【黒ノ禁忌】には効かないだけで、相手の異能自体を防いだわけじゃないんだ。

 だからその狙いを俺でなく、足元の地面へと変えた。



「……バースト」


 繰り返し発動される異能に、俺は避けることで精一杯……いや、もうすでに避けることすら困難なレベルでの応酬に為す術がない。


 (残り20秒だ、急げ!)


 迫る時間と共に失っていく体力、倒れるほどではないが、割りとカツカツではある。


 残り20秒で暁斗に剣を届かせる方法なんて……まぁ正直1つだけある。

 あるんだが、本当は使いたくなかったもの。

 それを使ってしまえば、俺は本格的に動けなくなる。

 しかしそれはタイムリミットを過ぎれば同じこと。


 そう思い、俺は覚悟を決めた。


「オーバークロック」


 そう叫ぶと同時に、俺は全神経を足に集中させる。

 体に巡る血液が全て下半身へ集まっていく、そんな感覚がするほどに感覚が冴え渡っていく。


 オーバークロック、それは力の解放――


 そう言えば響きは良い。

 まるで少年マンガの主人公が覚醒をするような印象を受ける人もいるだろう。

 しかし俺はただの人間だ。

 いや、俺、箕原耀は人間としてちょっとだけ常軌を逸しているかもしれないが、あくまでその程度。

 強い異能者と比べると力は劣るだろうし、暁斗との一騎討ちだってこの【黒ノ禁忌】がなければ勝てていない。


 そんな俺が使用するオーバークロックとは、運動時の筋発揮を100%まで引き上げること。


 本来、人間はいくら全力で力んでも、最大出力の20~30%程度の力しか出ないようになっている。

 これは別にイジワルとかではなく、骨や筋肉が壊れてしまわないように脳がリミッターをかけてくれているのだ。


 つまりこのオーバークロック、使えば使うほど俺の体はその負荷に耐えられずに壊れていく。

 いわゆる諸刃の剣というやつだ。


 (あと10秒!)


 左下肢の大腿四頭筋、ハムストリングス、下腿三頭筋100%解放。


「いけるっ! 【箕原流剣術 一の型(改) 紫電一閃】」


 俺は100%の力で地を蹴り込む。

 高速に動く視界、いつもより強い風の抵抗、そんな感覚を一瞬味わってすぐ、俺は暁斗の眼前へと辿り着いた。

 しかし彼の視線はその動きに追いついておらず、未だに俺が踏み出す前の位置に目があるようだ。


 そしてようやく暁斗と目が合う。

 だがその頃にはもうすでに遅く、俺は剣を完全に振り抜いていた。


 バンッ――


 剣で攻撃したにしては低くて鈍い音が響く。

 まぁそれは当然のこと、俺は剣の刃ではなく、面部分で叩くように振り抜いたからだ。


「……っ!」


 凄まじい剣撃というか打撃が懐へ直接ぶち込まれて、暁斗は短い悲鳴と共に吹っ飛ばされる。


 この攻撃が異能者である暁斗にとって決定打になったかどうかは分からない。

 しかしそれはこの際どっちでも良い。

 元々のが目的なのだから。


 ガタンッ――


 (時間切れだ。……って言う前に剣を放るな、剣を!)


「いや、ごめん。もう限界だったから」


 そう言って俺はその場に剣を投げ捨て、崩れるように座り込んだ。

 もうダメ、完全に体力使い切ったわ。

 それにめっちゃ足痛い……これちょっと間使いもんにならんのじゃないかな。


 そして肝心の暁斗は、


 うつ伏せに倒れ込んでいたが、小さく唸りながらもゆっくりと立ち上がった。

 そしてゆっくりと辺りを見渡してから俺を見る。


「あれ、ヨウくん、だよね?」


「……あぁ。正気に戻ってよかったよ」


 狙い通り【黒ノ禁忌】が暁斗に触れたことで、洗脳という異能の効果が消えて元に戻ったようだ。


「僕、なんでここにいるんだっけ?」


 暁斗は純粋な瞳を俺に向け、首を傾げる。


「まぁそれはあの先生、ってやつに聞いたらどうだ?」


 俺はその答えを1番知っている人に向けて指を差した。


「暁斗くん、君は負けてしまったんだね。実に残念だ」


 先生は2階周回廊から暁斗を見下ろしながらそう言う。


「先生……そうだお前が、お前が僕の家族をっ! ……うっ」 


「暁斗、大丈夫か?」


 全てを思い出した暁斗が怒りのままに言葉を放つが、俺との一騎討ちで相当なダメージがあるのか、声にならない呻きを出して膝をつく。


 そんな中、先生は如何にも自然な流れでスタッと1階へ舞い降りてきた。

 あまりにも唐突だったので、誰もが目を疑ったが、このタイミングでゆったりと外に出ようとしている。


「では時間稼ぎを頼むよ」


「はい」

「わかりました」


 先生がどことなく放った言葉を他の異能者は二つ返事で聞き入れた。

 それから1階に飛び降りた先生を見て、異能対策部全メンバー、他の異能者達も一斉に飛び降りる。


 つまりこの足場の悪い1階に全員が集合したわけだ。


 このまま先生を逃がすわけにはいかない。


「おい、待てよ!」


 俺はかろうじて痛めていない右足を主軸に立ち上がる。


「耀くん、私を追いかける暇があるなら祐未さんの助けに行ったらどうだい?」


「祐未……そうだコトユミはどこに!?」


「今頃博士くんと学校プールにいると思いますよ。彼には一騎討ちが終わるまで、彼女に手を出さないよう言っていますが、さて……戦いが終わった今、どうなっているやら」


 先生は含み笑いを浮かべてから俺に背を向けこの場を去っていく。

 ヤツを止めようにも俺の足はこの異能者達を退けつつ追いかけることは困難、異能対策部の面々も目の前の異能者と対峙することで手いっぱいといった様子だ。


「先輩」


 そんな中、いつの間にか隣にいたアリスが声をかけてきた。


「行ってください。他の異能者はワタクシ達で足止めしておきます!」


「アリス……ありがとう」


 そうだ、俺はコトユミを助けなければならない。

 ここはアリス達に任せて、俺はプールへ行こう。

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