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番外編7.

「あれは…桜吹雪舞う、4月のどんよりした曇り空の朝でした…」


吉良と2人で、照れる椎名さんを説き伏せ、結婚までのエピソードをねだってみたら…未来さんが出会いの頃にまで遡って話してくれた。


そんな前からの話はいらない…と言いかけた吉良の口を塞いで、話したそうな未来さんの言葉を促す。



「2週間の研修が終わったら、椎名瑠偉という男性モデルのマネージャーを務めてもらうと上司に言われまして、先に挨拶にだけ伺ったのです」





…………6年前

芸能事務所 オレンジスプラッシュ。


「はじめまして、常磐未来と申します!」


何人かいるタレントさんの中でも、群を抜いて輝いている人がいた。


あの方こそ椎名瑠偉さんだと当たりをつけて走り寄り、名乗りながら膝に顔がくっつくくらい頭を下げた。


「…だれ?」


金色に輝く金髪を無造作にかきあげる仕草がスターすぎて目眩がする…


「わ、私は…2週間の研修から戻って参りました後に、あなた様のマネージャーとして勤務いたすことが決定しております!そ、それを、ここにご報告すると共に…」


「…マネージャー?」


凛々しい眉がひそめられ、目元に不快感が浮かんできて、焦る。


「も、申し訳ございません!」


その場で即座に正座をして頭を下げた。土下座で不快をはね返してもらえるかわからないが、最上級のお詫びの仕方だと教わっている。



「…あ、未来ちゃんいたいた!」


土下座の最中だというのに、背中をトントンと叩かれ、私はどうしたらいいかわからず、固まる。


「…呼ばれてるけど?」


土下座の向こうで、思いがけない笑い声と柔らかい声がして、思わずパッと頭を上げた。


「マネージャーでしょ?わかったよ」


椎名さんはそう言って、私に向かって手をひらひらさせる。

それは追い払われている仕草だとわかったが、不快を爽快に切り替えてくれたならそれでいい。


………………


「あの時のサムライの切腹みたいな挨拶が忘れられなくて。なーんかクセになっちゃったんだよね」


「サムライ…ですか」


椎名さんの笑顔に、複雑そうな色を浮かべる未来さん。



「そんな切腹サムライが、いったいどの辺で女の子に変わったわけ?」


ストレートに尋ねる吉良に、椎名さんがわずかに赤くなる。



「まぁ…この見た目だしさ、初めから、か…可愛いとは、思ってたけど?」


確かに…!

未来さんの黒髪はストレートでサラサラで、メガネをかけているから目立たないけど、実はぱっちり黒目がちな可愛らしい顔立ち。


「でも…この性格が難点で、俺の気持ちはまったく伝わらなかったんだよな」


遠い目になる椎名さんを、未来さんは心配そうに見上げた。


「も、申し訳…ありません。いきなり近寄って来られたときは、具合でも悪くて、つかまっておられるのかと…」


それって…もしかして抱きしめられた時のこと?


「口元に生クリームがついてしまった時に唇がぶつかってきた時も、食後に甘いものを味わいたくなったのだと思いました」


「それ、キスだろ?」


少し気の毒そうに、椎名さんに確かめる吉良。


「あぁ…。生クリームにかこつけて、キスしたんだけど、これだもん…」


未来さんらしい鈍感ぶりが微笑ましいけど…男性同士の吉良からすれば、椎名さんの苦労は、聞いていて涙目になるらしい。


「…決死の覚悟で「可愛いね」って言ってみれば、後ろを振り返ってお婆ちゃんのことかって聞いてくるし…「好きだ」って言えば、目の前のお菓子のことだと思うし…」


「わかった。…よく、わかった。それで家に監禁したんだな?…後はもう、体でわからせるしかないよな?」


俺でもそうする…と言って、吉良は椎名さんに握手を求めた。



「本当に…本当に、申し訳ございませんでした。…6年間のご無礼、どうかお許し願いたく…」


ここまでの話で、未来さんは深く反省したらしい。椎名さんに土下座しようとする未来さんを、私は慌てて止めた…!



「椎名さんには…ずっと恋人がいらしたので、まさかこの私に、なんぞやの想いを巡らせてるとは…思いませんでした」


え…?!っと、私は吉良と目を合わせて驚いた。


「椎名さん、未来さんのこと好きだったのに…彼女は何人かいたんですか?」


「…あ、いや…それは、その…」


「遊びの彼女ですか?とっかえひっかえ…ってやつですか?」


見ると未来さんがちょっと下を向いて悲しそうにしてるから、つい私の語気も荒くなる…!


「…いや、その、まぁ…遊びで…。未来と、いろいろこじれたときかあって、ヤケクソで…」


未来さんの代わりに睨む私と、弱りきった椎名さんを交互に見て、吉良は苦笑い。

私の方は、ふと疑問がわいた。


「未来さんはどうだったんですか?ずっと椎名さんを…ただの所属タレントとしか思ってなかったんですか?」


とたんに熱を持つ未来さんの頬…

これはもぅ…答えを聞かなくてもわかるじゃないか…!


「ひ、一目惚れでした。いつもいい匂いがするんです。草原みたいな、草の匂い…っていうか、アジアみたいな、和…みたいな…」


「ベチバオね、ゲラムの」


「それです!今日も、いい匂いです…」


メーカーと商品名を教えた椎名さん…ちょっと困った顔になってる…!



「俺のこと好きって、ほとんど言わないよな?…いい匂いって、嬉しいけど、ベチバオは草原の匂いも草の匂いもしないから!」


誰か他のタレントの匂いなんじゃないか…と疑う椎名さん。


「い…いいえ。私の例えが暴力的に下手なだけで…椎名さんの匂いしか、いい匂いとは思いません。あと…」


すぅっと息を吸って、何を言い出すのかと思ったら…


「す、す、好きです」


未来さんを見つめる椎名さんの目が熱い!


「…ん?なんだかよく聞こえねぇな…」


「常磐、未来…椎名瑠偉を、す、す、す…」


「…酢?」


「違います!す…す…好きデス!」


もう私たちは、ニヤニヤするしかない…!


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