「…はい。これで常盤未来さんは椎名未来さんになりました。今日から君は、俺の召使いです!」
2人揃って婚姻届を提出しに来た。
役所の担当者に受け取ってもらい、お礼を言われたところでジョークを飛ばす。
「は…はじめから…私は奴隷ですよ?」
小さく反論する未来は、言いながら後ろ手に手を組む。
彼女のバッグは俺に斜めにかかり、その他の荷物も全部俺が持って…みたところ奴隷は俺の方だが?
あれからいろいろあって、俺は芸能界を引退した。
住んでいたマンションも引っ越し、新たな土地に家を建てた。
引っ越しの理由は簡単だ。
…これまでのテキトーな付き合いの精算。
そういう子はあまりいなかったけど、俺の留守に突然訪ねて来たら困る、という配慮から。
キングサイズのベッドを捨てて新居に移ったのは、新しい住まいにサイズが合わなかったから、というのは表向きの話。
未来はそういうところはまったく疎くて、気にする様子はまるでなかったけれど、まぁ…俺なりのけじめってやつだ。
今度は…もっとくっついて眠れるように、普通のダブルベッドにした。
「…それなら、裏方として、明日のスターを育ててみたら?」
引退の意向を伝えると、社長が思いがけないことを言ってくれた。
実は俺もそう思っていた。
未来は二次元の俺にときめきたいとアホなことを言うが、もともと気が乗らないと何もできない俺。
愛する未来ではない女性と、キスまがいのことをしたり触れ合ったりするのは…無理だ。
納得してみれば、未来もどこか嬉しそうだ。
芸能事務所開設は、社長の手を借りて着々とすすみ、それまで未来はこれまで通り、オレンジスプラッシュでマネージャー業を続けた。
やがて、都内の小さなビルの一室に、俺の事務所の看板がかかる。
「…瑠偉、すごい溺愛だな」
お祝いに来た社長に、親友たちに言われた。
「MIRAIプロモーション。…いい感じだろ」
ひやかされても、何を言われてもいい。かけがえのない彼女がそばにいれば。
顔だけが取り柄のテキトーな遊び人、椎名瑠偉を大きく変えた未来は、今日も三つ編みをほどいてできたウェーブヘアをなびかせている。
「…るるる…るい」
名前を呼んでくれるようになったけど、それはまだまだぎこちなくて。
でもそんな未来を好きになった。
ずっとずっと…ちょっとおかしな奥さんでいて欲しい。
俺は本気でそう思っている。
完