朝からひと悶着に巻き込まれた丈太だったが、その後の学校では特に問題なく時間が過ぎていた。相変わらず、女子生徒からは侮蔑の目で見られているし、男子生徒からもいないものとして扱われているのだが、肝心の不良グループである大翔達が絡んでこないのだ。それだけでも、丈太の心はかなり楽になれたと言える。しかし、時折睨んでくる鮫島の視線は感じるので油断は禁物だ。
昼休みになり、丈太は一人で食事を摂るべく移動を開始した。席を離れるのにはリスクを伴うが、どちらにせよ昼食の為には朝買ったパンだけでは足りないので、購買に向かわなくてはならない。それに、博士と相談したい事もあったので、出来るだけ一人になれる場所へ行きたかったのだ。
「さて、どこで食べようか……正直、去年からずっと昼休みと放課後はアイツらにいびられてたからなぁ。平和な昼休みってのも、中々…」
購買を出て、出来るだけ静かそうな場所を探してみるが、中々良い場所が見つからない。流石に今まで暴行されるのに使っていた体育館裏で食事を摂りたくはないので、どうしたものかと丈太は頭を悩ませている。そんな時、ふと、どこからか視線を感じる瞬間があった。そんな時に、ちょうど博士から通話が入った。
――丈太君、君、誰かに尾けられておるぞ。
「え?そうなの?アイツらかな。……っていうか、博士、そんな事まで解るの!?」
「ふふふ、SAKAEウォッチは凄いじゃろう。とりあえず記録は取っておくから安心してよいぞ。それと儂は先に昼飯を食べてくるでな、君も食事をしておいてくれ。その後で話そう」
そう言って、栄博士は通信を切った。しかし、凄い事は凄いのだが、もはやプライバシーなど何一つないような気分になって、なんだか複雑だ。それはさておき、落ち着いて食事をする為に丈太は屋上へと向かった。
「ここなら、大丈夫かな」
丈太の通う
屋上にはベンチも用意されていないので、丈太は適当に屋上と校舎への出入り口が見える場所を見つけて腰かけた。コンクリートの段差がちょうどよい高さで座りやすく、程よく風が吹いていて心地良い。何よりここならば、誰かが屋上に立ち入ればすぐに解るので便利である。そうして、まずは小麦の迷宮で買った残りのパンを処理する所から始めることにした。
「うげ……あんぱんにブルーベリーソースが入ってる…しかも、なんか酸っぱいぞ。どうなってんの?これ」
やたらと表面が硬いあんぱんを齧ると、早速中のあんに当たったのはいいが、あんこには何故かブルーベリーのソースが混ぜられていて、小豆の味などほとんどしない。その上、甘さを打ち消すブルーベリーの酸味が主張して、とてもあんぱんを食べている気にもなれない迷品だ。
そんなパンと悪戦苦闘していると、ちょうど視線の下の方で体育館が見えた。数日前まではいつもリンチされていた場所なのでふと気になって見てみると、そこには大翔達不良グループが集まって何か話しているようである。流石に声までは聞き取れないが、上から見ている限り、あまり楽しそうな食事風景とは言えず、どこか不機嫌そうな雰囲気が見て取れた。
「アイツら……きっとまだ何かしでかす気だろうな。何とかしなくちゃ…そう言えば、あの子はどうなったんだろう?気になるけど、下級生の所へ乗り込んでいくのも、なぁ……」
あの子というのは、先日ウシ重人と戦った際に助けた下級生、
うんうんと頭を悩ませていて、ふと思った。大翔達があそこに集まっているのなら、丈太を尾けているのは誰なのだろう?相変わらず、出入り口の扉の向こうには人の気配があって、こちらを窺っている様子だ。
「アイツら、あそこにいるよな…?ってことは、そこにいるの……誰だ?」
今まで散々丈太をいじめてきた大翔達の他に、丈太を尾ける人間がいるとは思えないが、実際に誰かがそこにいて隠れている。丈太は食べかけたパンを無理矢理飲み込むと、そっと息を殺して出入口のドアへ近づき、不意打ち気味にそれを開けた。
「ひゃっ!?」
「どわぁっ!?ぐぇ!」
その何者かは、べったりとドアに張り付いていたらしく、丈太がドアを開けると自身の体重を支え切れずに丈太へ向かって倒れ込んできた。丈太は丈太で、まさかそんな事になるとは思ってもみなかったからか、倒れ込んできた誰かに押し出されるように吹き飛ばされてしまった。力士並みの体格を持つ丈太を吹き飛ばすというのは、並大抵ではないパワーである。
「い、痛て……!」
「あ、ああああの…わ、私……ごめんなさいっ!」
「え?あ、ちょっと…!」
倒れ込んできた女子生徒こそ、先程丈太が気にかけていた藍であった。藍はすぐに立ち上がると、脱兎のごとく駆け出して猛スピードで走り去っていく。残された丈太は唖然としながらも、ひとまず彼女が無事であった事に安堵する。
「行っちゃったか、足速いな、あの子。俺より身長ありそうだし、力も……そういや、ウシ重人もよろけさせてたもんな。今の所は元気そうだけど…何してたんだろ?」
――あー、丈太君、そろそろ昼飯は終わったかね?……どうかしたかの?
「あ、博士。まだ途中だけど…大丈夫、食べながらでも話せるよ」
「ふむ、ならよいか。こちらでモニターする限り、体調などに異常はないようじゃの。今朝消費してしまったFATエネルギーも、ある程度補充出来ておるようじゃな」
博士が何をやっているのかはよく解らないのだが、SAKAEウォッチの画面には様々な表示が流れている。遠隔操作でバイタルチェックまで出来るとは相当な技術に思えるが、改めて、栄博士とは何者なのだろう?そもそも、ハイカロリーや重人とは何なのか、気になった丈太の口から、そんな疑問が飛び出していた。
「なぁ、博士。博士って一体何者なの?SAKAEウォッチも凄いけど、ファイアカロリーもトンデモない技術だよね?それによく考えたらあの重人ってのも、それを使ってるハイカロリーってのもサッパリわかんないよ。知ってることがあるなら、教えてくれない?」
「うむ、まぁハイカロリーに関しては、正直、儂も解らぬ事が多いんじゃが……そうじゃな、儂の事は詳しく話しておくべきじゃな。では、改めて話そうか……儂はかつて
「ヨネリカって、あのヨネリカ合衆国の?」
「ああ、そのヨネリカじゃよ。ヨネリカという国は十数年前から、国民の酷い肥満化が深刻な社会問題となっておってな。何せ、あの国の人達は年がら年中ピザかハンバーガーを食っとるからのう……しかも、それらの元となる小麦は野菜だから、ピザやバーガーはヘルシーだと抜かすほどじゃ。そんな人達を救いたいと思って、儂はあるものを開発したんじゃよ」
「ええ……」
小麦が野菜とは斬新すぎる発想だ。力士のような肥満体型である丈太でさえ、そんな事は思いもつかなかったのか、絶句している。 それではうどんやそうめんも野菜になってしまうだろう。そんな丈太を置き去りに、博士の話は続くのであった。