「トオッ!」
ファイアカロリーが屋根から飛び、キノコ重人とタケノコ重人の前に降り立つと、周囲からはほとんどの人が逃げ去っていた。残った人々はこれから何が起こるのかと、遠巻きに息を呑んで見守っている。
「お前がファイアカロリーだね!上司から話は聞いているんだよね!カニだのウシだのと弱っちい奴らを倒したからといって調子に乗らないで欲しいねぇ!」
「弱っちい…?アイツらが?」
ファイアカロリーはこれまでに倒したウシ重人やカニ重人達との戦闘を思い出していた。彼らはその姿や、やっている内容はふざけたものだったが、決して戦闘能力が低かったとは思えない。ウシ重人のパワーは想像以上のものだったし、カニ重人の装甲と溶解液の泡も、ファイアカロリーを苦しめた事に間違いないのだ。
そんなファイアカロリーの様子を目にして、今度はキノコ重人が笑いながら声を上げた。
「ポポポ…奴らは所詮、高級食材を謳って人を集めるだけの存在だった…真に旨いのは山の恵みたるキノコとタケノコなのだ…何せ我らを巡って、多くの人間が争うのだからな…」
ファイアカロリーは、それ、ただのネットミームなんじゃ?と思ったが、口に出す事はしなかった。界隈の論争に巻き込まれると厄介な事この上ないと解っているからだ。ちなみに、しょっぱいもの好きなファイアカロリーは、チョコレートもあまり食べないタイプである。どうせ食べるならば、甘いお菓子よりも煎餅やポテチを食べたい。そういう感覚だ。
そんなファイアカロリーの心など知るはずもなく、二人は勝ち誇ったようにファイアカロリーを睨んだ。彼らの頭部はそれぞれキノコとタケノコだが、ランブータン重人の時と同様、本来は植物である為、瞳などあるはずもない場所に目があるとかなり不気味に思える。しかし、不思議とファイアカロリーの胸には他の重人達を蔑む彼らに対し、怒りの感情が沸き起こっているようだった。
「お前らがどれだけ強いのか知らないけど、アイツらだってそう弱くはなかったぞ!そういう仲間を蔑むような発言は許せない…っ!」
「仲間ぁ!?バンバンバン!これは傑作だね!我ら重人に仲間意識などないんだよねぇ!共通の目的はあっても我々はオトモダチじゃあないんだよねぇ!」
「なっ!?バンバンバンってそれ笑い声なのか……!?って、いやそういうことじゃなくて!」
「問答無用…我らの邪魔をするファイアカロリーよ…お前は今日ここで死ぬのだ…我の手にかかってな…」
人間大のエリンギに、短い手足が生えた姿のキノコ重人が自らの身体に手を差し込む。するとそこから、その身長と同じ位の長さをした槍が抜き出された。キノコ特有のややグニッとした槍は、どう見てもおもちゃのようである。だが、ファイアカロリーは知っている…彼らの冗談のような攻撃こそ、洒落にならない威力を持っているということを。
「スポアマッシャー…喰らえ…」
「え…うわっ!?」
キノコ重人がスポアマッシャーと呼ぶその槍をファイアカロリーに向けると、その槍は途轍もない速さでファイアカロリーへと伸長した。それは、常人を遥かに超える反射神経と速度を持つファイアカロリーでさえ、完全に避けきる事の出来ないスピードである。
それでも何とか身をよじり、ファイアカロリーは腹への直撃を回避してみせた。横腹にザックリと斬り込みが入り、ファイアカロリーの鮮血が辺りに飛ぶ。思った通り、重人は
瞬間的に伸びたスポアマッシャーは、ファイアカロリーを攻撃した後、あっという間に縮んで元の槍の形に戻っていった。
「くっ!なんだ今の速さは!?あんなの、避けられっこないぞ!?あれ、槍に見えるけどホントは飛び道具なんだ……ズルいなぁ、もう!!」
「ポポポ…とある漫画の必殺技に憧れて身に着けたこの技…これぞ
「ストォーップ!そう言うのは言っちゃいけないんだってば!何のために俺が博士の用意した技を封じたと思ってるんだよ、このキノコ!……はっ!?」
キノコ重人の危うい発言にツッコミを入れるファイアカロリーの背後から、鋭い一撃が与えられた。しかし、手傷を負ってもファイアカロリーの反応速度はまだ健在である。その程度の不意打ちなど通用するはずもない。ファイアカロリーが右手でその一撃を受け止めると、タケノコ重人はすぐにまた距離をとった。
「バーンブーブレーェド!やるね!今の一撃を防ぐなんてね!」
「バンブーブレードって、竹刀のことだっけ…?いや、こっちもただの竹刀じゃない。今の一撃、竹とは思えない硬さと重さだった!」
キノコ重人とは対照的に、タケノコ重人はスマートでやや筋肉質な人間の身体をしている。どうやら、どちらもスピードファイターであるようだが、こうも武器を巧みに使ってくる重人は初めてだ。強いて言うならマグロ重人が武器を持っていたが、彼は包丁で斬りつけるだけで、後はホホ肉を飛ばしたり尾肉を伸ばして叩いてきたりするのが主な戦法だったはずだ。
前と後ろを挟まれた形のファイアカロリーは、構えながら交互に二人を見据えている。てっきり、キノコ重人は胞子を飛ばしてきたりするのかと思っていたのに、まさかの槍攻撃とは予想外だ。しかも、ファイアカロリーをもってしても反応するのがやっとだというのに、それに加えてタケノコ重人もいる。このまま戦っては、勝ち目はない。
「くっそー!せめて一対一なら……!」
「バーンバンバンバン!今更悔いても遅いんだねぇ!お前を倒すのはこのタケノコ重人様だね!タケノコこそ至高だからねぇ!」
「聞き捨てならぬ…究極はこのキノコ重人だ…タケノコのように一部の通ぶった人間にしか理解されないモノとは違う…」
「何だね!喧嘩を売っているのかね!」
「私は事実を述べている…怒るというのはお前がそれを認めている証拠…」
「ぬぬぬぬ!許せないねぇ!」
ファイアカロリーを挟んだ形のまま、キノコ重人とタケノコ重人は言い争いを始めた。考えようによってはチャンスだが、迂闊に動けば二人はまた結託して襲ってくるだろう。この隙にファイアカロリーは静かに息を殺して、打開策を考えることにした。
(どうする?スーパーカロリーバーナーなら二体同時に攻撃出来るけど、一点集中しないと倒しきれないかもしれない。それにさっきのあのスポアマッシャーとかいう技…あのスピードはとんでもなかった。中途半端な事をしてたら、今度こそ避けられない……ここは、やっぱり!)
ファイアカロリーは覚悟を決めて、全身の熱量を高めていく。何度もファイアカロリーとして戦う内に、彼は搭載されたかんたんバトルシステムを使わずとも、己の力を少しずつコントロールできるようになっているようだ。とはいえ、相変わらず必殺技を使うには、かんたんバトルシステムでワードとコマンドを入力しなければならないのだが。
全身の熱量を上げ、FATエネルギーを更に高めた時、ファイアカロリーの身体はぼんやりと赤く光りを放ち始めた。
「行くぞ!」
「む!?何をする気だね!」
「愚かな…何をしても無駄だ…行け…スポアマッシャー…」
超高速の刃が、ファイアカロリーめがけて伸びる。それは先程の一撃よりも更に速く、攻撃が来ると解っていても完璧に避けるのは至難の技だ。ファイアカロリーは何とか半身をずらして直撃を避けるのが精一杯であった。再び横腹を切られたが、その伸びきった瞬間がファイアカロリーの狙いである。
「ここだっ!」
全力を込めた右の手刀をスポアマッシャーに振り下ろす。高めたFATエネルギーによる熱量で、スポアマッシャーの刀身を焼いて元のMBNに戻せるはずだ。ファイアカロリーの手刀は伸びきったスポアマッシャーを捉え、それを完全に切断した。
「何っ!?」
伸びきったスポアマッシャーは、ファイアカロリーの手刀によって完全に両断されたが、驚いたのはその後である。切り落とされたスポアマッシャーが砕け散り、微細な胞子へと変化したのだ。切断面の部分だけは、目論見通り燃えて消滅したが、胞子化した大部分はそのまま残ってファイアカロリーの周囲を包み込んでいく。そして、それらに火が点いてファイアカロリーを巻き込み、一気に爆発を引き起こした。
「うわぁぁぁぁっ!?」
「バーンバンバンバン!粉塵爆発という奴だねぇ!自分の熱で胞子が燃えて爆発するとは!間抜けなヒーローだよね!」
「ポポポ…これは思わぬ成果…ファイアカロリー破れたり…やはりキノコ…キノコが全てを解決する…」
黒煙と溶けたアスファルトの匂いが周囲に立ち込める中、キノコ重人の勝ち名乗りが響く。果たして、ファイアカロリーの運命は……