栄博士と藍の力を借りて、なんとかサトイモ重人を破った丈太だったが、サトイモ重人による影響はカニ重人のそれを大きく上回っていた。
丈太がサトイモ重人を倒した事で、熱狂的に操られていた人々は解放されたのだが、残念ながら既に食べてしまったMBN入りの芋煮を無かった事にすることはできない。カニ重人の時とは比べ物にならないほど多くの人が、芋煮を食べていたのだ。その為、サトイモ重人事件から数日で、市内のクリニックには急激に肥満化した市民達でごった返す事態となってしまった。加えて、キノコ重人とタケノコ重人の配っていたキノコとタケノコを食べた人達も被害を訴え始め、街には混乱が起き始めている。
重人から発生するMBN食材は、その大元である重人を倒す事で、一部の洗脳効果などは消失するらしい。ただ、MBNの基本的な効果である人間を肥満症にさせる効果だけは残り続けるのだから厄介だ。多くの医師達は首を傾げ、突如増加の一途を辿る肥満症患者達への対応に追われていた。
そして、その被害に遭った人物はここにも……
「な、何よ、これ…!?」
その少女は、体重計に乗り、そこに表示された数字を見て愕然としていた。少女の名は
そんな彼女がその体重の数字に絶句しているのは、何を隠そう彼女もまた、あの時公園で芋煮を食べた人々の一人であったからだ。大翔とエミは、あの課外学習の際には二人して学校を休んでいた。進学を希望する大学の説明会に参加する為だったのだが、それのお陰でカニ重人の魔の手から奇跡的に逃れていたのだ。
だが、今回の芋煮イベントは、特に参加しない理由はない。ギャルでありながら……いや、ギャルだからこそだろうか、エミは比較的ヘルシーと言われる和食を好んで食べるタイプである。彼女はとにかく、太った人間が大嫌いという思考を持っている。太った人間は醜いだけでなく、性格はいい加減で何事にもだらしがないと思い込んでいるのだ。
そんな彼女は友人を連れ立って、嬉々としてあの芋煮イベントへ参加していたのだ。当然、あの狂乱とも言うべき芋煮の取り合いに、彼女は加わっていた。となれば、体重の増加は必然と言えるだろう。恐る恐る鏡を覗き込むと、そこには自慢のほっそりしたギャルではなく、ギャルメイクをしたおかめが映しだされていた。
「い……い、イヤアアアアアアッ!」
絹を裂くような悲鳴が脱衣所に響き、エミはショックのあまり気絶した。それから数日、彼女は塞ぎ込んで家に引きこもり、通学していないようである。
一方その頃、いつものように甘味飽食がスイーツを食べているビルの一室に、飯場小麦と飽食、そして付き人であるギャルソンの男性が集まっていた。いつもならば、たくさんの執事とメイド達が脇を固めているはずだが、今日に限って彼らはおらず、飽食もスイーツを食べていない。跪いて首を垂れる小麦は、冷や汗を垂らしながら、床を見つめている。
「お、お許しください、飽食様!まさか、サトイモ重人までもが敗れるとは…!」
「…頭を上げろ、小麦。いや、
「は、ははっ!ありがたいお言葉……!」
「…だが、貴重な重人をこれ以上潰されるのも困るのだ。知っての通り、重人の素体となる人間を手に入れるのは、簡単ではないのでな」
「飽食様!?それはっ…!」
小麦が顔を上げようとした時、そのすぐ背後から人の気配がした。その人物を、彼女はよく知っている。自らを飽食の部下No.1と自称する彼女にとって、それは最大のライバルであった。
「お呼びですか?飽食様。おやおや?こんな所に使えない小麦娘が……どうやら、使えぬ同期の尻拭いに呼ばれましたかな」
「貴様は…!欧田、
「いかにも。ふん、相変わらずかび臭い小娘だ。貴様の店は、いつ最後に客が入ったのだ?」
「に、二週間前だっ!悪いか!?」
「……落ち着け、二人共。お前達で喧嘩をさせる為に呼んだのではないぞ」
「ははっ!」
飽食が声をかけると、二人はすかさず言い争いを止め、飽食に跪いた。ここに現れた男は、その名を
彼は小麦と非常に仲が悪く、所謂、犬猿の仲という間柄であった。その理由はいくつかあるようだが、特にどちらも自分の経営する店を持ちながら、圧倒的に売り上げで差がついていることが大きな要因なようだった。
欧田は、カレーのような色合いの濃く長めの茶髪を手櫛でかきながら、いかにも小麦など歯牙にもかけないという風を装っている。そんな余裕綽々の態度が、更に小麦をイラつかせているのだが。
「よく来てくれた、華麗よ。貴様の店は順調なようだな」
「はっ。お陰様でリピーターも増え、経営は安定しております。……そろそろ、肥満化計画の為に客を使う頃合いかと」
欧田の経営する『ココ何番や?』は、実質ハイカロリーの息がかかった店ではあるが、現時点ではMBN入りの商品を提供している訳ではない。これは、「あの店のカレーを食べたら、太ってしまった」という風評被害を防ぐ為に、準備期間を空けていた為だ。安定してリピーター客が増えてきた段階で、徐々にMBN入りのカレーを提供し、ゆっくりと人々を肥満化させていく作戦であったらしい。固定のファンを増やし、人気を不動のものとしておけば、少々の風評被害など恐るるに足らずということだろう。
かなり迂遠な計画に感じるが、重人を使っての実力行使だけではなく、緩やかな浸食までもを計画にしている所が、ハイカロリーという組織の恐るべき所と言えるだろう。
「それは良い答えだ。そこも貴様に任せるとしよう。それで、だ」
飽食は敢えて言葉を溜めて、欧田の顔をじっと覗き込んだ。欧田は涼しい顔で受け流しているが、隣にいる小麦は歯を食いしばって嫉妬している。
「貴様の耳にも入っているだろう。近頃、ファイアカロリーと名乗る戦士が現れ、我々の邪魔をしている。それが中々厄介でな、次々に重人を倒されてしまっているのだ」
「ふむ。使えん部下を持つと大変ですな、飽食様の心労、痛み入ります」
「ぐぬぬっ…!」
ちらりと小麦の方を見て、欧田が皮肉を言う。それを聞いていた小麦はギリギリという歯軋りが聞こえるほどに悔しさを露わにしていた。
「そこまで言わずともよい。……が、小麦だけではファイアカロリーを倒せる重人を用意出来んようだ。そこで、貴様を呼んだという訳だ」
「なるほど、搦め手からの肥満化作戦と並行して、この小娘の手伝いをしてやれと、そういうことですね?」
「…身も蓋もない言い方をすれば、そうなるな」
「畏まりました。先日まわして頂いた
「なにっ!?」
欧田は自信満々にそう言うと、すっと立ち上がって勝ち誇ったように小麦を見下した。彼女が苦戦し続けるファイアカロリーだが、倒せるならば倒してしまおうとでも言いたげな顔である。
「いけるのか?」
「…ご命令とあらば。この重人ザギンカリー、いつでも出撃致しますよ」
その男は、名前通りに華麗な身のこなしをみせて笑った。ファイアカロリーを苦しめる新たな敵が、すぐそこまで迫っている。