「そ、それで…わざわざその重人が俺を呼び出して、どういうツモリなんだ!?戦うんじゃないのか」
「まぁ、そう焦るな。ただ前任の間抜けの尻拭いをさせられるのもつまらんのでな。噂のファイアカロリーとやらを確かめてみたかっただけさ」
「前任……?」
そう言われても、ハイカロリーの内部事情を知らないファイアカロリーにはザギンカリーの言葉の意味は解らない。尚、前任と表現しているが、実際は小麦とザギンカリーの共同で事に当たることとなっているだけだ。
ザギンカリーは表情の解らない髑髏面だというのに、何故かニヤリと不敵な笑みを浮かべたように感じ、ファイアカロリーは背筋に冷たいものを感じていた。
「さて、せっかく来てもらったのだ。もう少し、余興に付き合ってもらうとしようか」
「よ、余興だって……!?」
(もちろん、余興で終わるかは貴様次第だがな……)
ザギンカリーはすっと腰を落とし、左腕を軽く伸ばして、右手を腰の前に引いた。所謂、八極拳の構えである。そこから一拍の呼吸を置いて、猛烈な速さの突きを繰り出してきた。
「う、わっ!?」
「ふっ!」
その拳に対応できただけでも、ファイアカロリーは大したものだ。目にも留まらぬ速さと言って差し支えないその突きを、ファイアカロリーは咄嗟に右手でガードをしてみせた。しかし、間髪入れずに今度は二発、同じ速さの突きが放たれる。それでも、ファイアカロリーはしっかりとその動きについていって、左右の腕を使ってどちらの突きも受けきった。だが、ザギンカリーの攻撃は、それだけでは終わらなかった。
「セイ!セイ!ハイィッ!」
「ぐ、あっ!?」
まるで中腰から飛びあがるようにして、ザギンカリーの蹴りがファイアカロリーのガードを掻い潜ってその顎を捉えたのだ。正確に言えば、その蹴りも受け止めようとしたのだが、下からガード毎打ち上げられる形であった為、それを止める事が出来なかったのである。
「ほう!やるな。俺の蹴りを食らって意識を保っていられるなど、そんな奴は久し振りだ」
「ううっ…な、なんて速さとパワーだ……!おまけに蹴り技がくるなんて、油断した」
本来、八極拳にはほとんど蹴り技が存在しない。八極拳の祖系とも言える八極門という武術体系において、足技は身のこなしを支えるものであり、蹴り技など必要としないからだ。足を使うのは
そして、ファイアカロリーは炎堂流の一子として、幼い頃から他流の動きや戦法をある程度教え込まれてきた。もちろん、実際に戦うのは初めてなのだが、知識としてそれらの認識が備わっている。だからこそ、蹴りはないと思い込んでしまっていたのだった。
「しかし、ファイアカロリーよ。貴様、その身のこなしは武道の経験があるようだな?でなければ、今の一撃で確実にあの世行きだったはずだ」
「さ、さぁ…どうかな?でも、もう油断はしないぞ」
それ以前に、これまでの重人は己の特性を活かしたハチャメチャな攻撃を繰り出して来る者達ばかりだった事も、ファイアカロリーが一手遅れた原因でもある。まさか、カレーの名を冠する重人が、よりによって中国拳法を使ってくるとは夢にも思っていなかったのだ。精々、物凄く辛いカレーを吐きだしてくるだとか、スパイスの香りで惑わしてくるような攻撃をしてくるだろうと、高を括ってしまったのは無理もないことだろう。
「油断か、そう言う事にしておいてやろう。だが、今のは所詮、
「さ、3辛?何の話っ!?」
本気を出していないのだという意味なのは、その文脈から理解出来たが、何故辛さレベルで表すのかファイアカロリーにはよく解らなかった。しかし、動揺している暇や、それについて考えている余裕はない。先程よりも更に速く鋭い攻撃が、ザギンカリーから繰り出されたからだ。
「コオオオオオ…ッ!アタタタタタタァッ!」
「わっ!ちょ…このっ!!」
ザギンカリーが使う独特の呼吸法は、八極拳のみならず、中国拳法全般で見られるものだ。呼吸によるタメを十分に使い、矢を引き絞る様に次の動作の瞬発力を向上させている。日本の空手や武道にも呼吸法は存在するが、中国拳法ほどに重要視はされていない。どちらかと言えば、合気道のように相手に呼吸を合わせる形の方が多いかもしれない。敵の動きを読むのに、息を合わせるのは基本である。
そんな鋭さを増したザギンカリーの連続攻撃だったが、ファイアカロリーはそれらを全て遅れずに捌いていた。元々、ファイアカロリーの尋常でない反射神経とその速度は、敵の攻撃を受けるのに最適な能力だ。それは弟、剛毅の雷鳴突きに完璧なカウンターを決めたことからも明らかである。
あまりの速さの為に反撃には至っていないが、それでも捌きに不足はない。このままこの攻防が続くか?そう思われた時だ。
「むっ!?」
「ここだっ!」
ザギンカリーの呼吸が途切れたその瞬間、ファイアカロリーはその腕を掴むとすぐさま身体ごと懐に入って、一本背負いのように腕から投げた。しかし、一見すると完全に決まったかに見えたその投げは不発に終わった。投げられたザギンカリーは空中で身体を捻り、その足で着地したのである。
「くっ!」
「ぬうぅ…!やるな!ファイアカロリー!」
ファイアカロリーは投げが失敗したと解るや、すぐにその腕を離して間合いを取る。対するザギンカリーも、かなり無理な姿勢で身体を捻った為に、掴まれていた腕を軽く負傷したようだ。着地の際に両足で立った事で、その足も痺れてしまっている。
(なんてヤツだ……!投げ技にも対応できるのか?!コイツはただの中国拳法使いじゃないぞ!?)
ファイアカロリーの知る限り、中国拳法は空手に近い武術であるせいか、投げ技と呼ぶものをほぼ持っていない。受け身程度ならまだしも、投げられながら体を捻って着地するなど、単なる拳法家には出来ない芸当だ。ザギンカリーは単なる中国拳法の使い手ではなく、様々な技を習得している総合格闘家である可能性が高まった。それは奇しくも、炎堂流に似た技術である。
「大したものだ、あんな反撃をしてくるとはな。これは、今までの重人が貴様に敗れた理由も解るというものだ。……ただ
「いや、今までの重人はこんなにまともなバトルじゃなかったんだけど……」
ファイアカロリーの言葉には奇妙な哀愁が漂っている。よく解らない歌の音波兵器や、ステーキを投げてくる敵、更には消化液を吐き出してくる敵など、ファイアカロリーにはまともな戦いをしてきた記憶がほとんどない。彼自身は戦闘狂ではないので、そう言ったバトルを望んでいる訳ではないのだが、こういったまともな戦いは新鮮だ。楽しいとは到底思えないにしても、ザギンカリーのシンプルな強さには、ある種の感銘を覚えているようだった。
「…ファイアカロリー、認めてやろう、貴様は15辛以上の力を持っているようだ。ならば、ここからは本気で行かせてもらうぞ」
(やっぱりか…!)
そう、ファイアカロリーは解っていた、ザギンカリーが未だ本気を出していないことを。何故なら、彼は中国武術の真髄である、気功と呼ばれる技をまだ見せていないからだ。もちろん、全ての中国武術家が気功を使える訳ではないが、これだけの実力を持つザギンカリーが扱えないとはどうしても思えない。しかも、ザギンカリーは未だ重人としての特性や力をみせていないのだ。
これまで、ファイアカロリーが何度もピンチを切り抜けてこれたのは、敵の重人達が自らの能力に頼った戦法を使ってきたからだ。敵の能力の底が浅いからこそ、新たな必殺技で一発逆転を狙えたのである。だが、このザギンカリーは違う。そんな付け焼き刃の逆転狙いではどうしようもないほどに、地力の性能があり過ぎる。それは即ち、ファイアカロリー自身の力がまだ未熟である事の証でもあった。
(どうする?オーバーメルトキックは相手の動きを止めないと避けられる可能性が高いし、フレイムトルネードスローは掴まえなきゃ使えない……こうなったらミラージュアップフィールドで……いや、ダメだ。建物の中じゃ、火事を引き起こすかもしれない。使えそうなのは、スーパーカロリーバーナーか、ハイパーカロリースマッシュか…?)
手持ちの技の中で、ザギンカリーに通用しそうなものを考えてみたものの、どれも確実な勝利への道筋が見えるものではなかった。特にザギンカリーが持つ驚異的なスピードを体感してしまった分、余計に考えてしまう。悠長に考えている暇もない中で、ファイアカロリーは何とか勝利を手繰り寄せようと決意する。
「フオオオオオオッ……!行くぞ!」
「っ!」
深い息吹を終え、ザギンカリーが強く一歩を踏み出す。力強いその一歩は今までで最も速く、強力な一撃を生み出していた。それは正しく一撃必殺の威力を持った正拳突きである。
「うっっ!ぐ、あああっ!?」
真正面からそれを食らったファイアカロリーは、工場の中央から端まで一気に吹き飛ばされてしまった。命中の瞬間に聞こえた骨が折れる音からして、それは致命傷に近い大ダメージであるはずだ。ザギンカリーは勝利を確信して力を抜くと、その瞬間に激痛が走り、膝をついた。
「なっ…?なんだ……と?」
よく見れば、ちょうど胸アーマーの心臓の辺りに、はっきりと拳の形がついている。先程、ザギンカリーの攻撃が中った瞬間、ファイアカロリーもまた必殺の一撃を放っていたのだ。
(バカな?!このアーマーはMBNで作ったものではなく、特殊合金製の装甲だぞ。それがこうまで……いや、むしろアーマーが無ければ、胸をぶち破られていたかもしれん。何という奴だ、ファイアカロリー……!)
ザギンカリーは、吹き飛んでいったファイアカロリーの方を見据え、数呼吸の間を置いた後でいずこかへと去っていった。ファイアカロリーが目を覚ましたのは、その数時間後、栄博士が迎えに来た時である。