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第49話 対決!香気纏う重人

「あ、あれ?コイツ……中身?が、ないぞ!?」


 変身し、マグロ重人に拳を叩き込んだファイアカロリーは、いつもと違う手応えに違和感を覚えた。というのも、これまでの重人達は皆、丈太の炎に焼かれると、元の姿に戻っていたはずだ。しかし、マグロ重人は丈太の一撃を受けて黒く焼け焦げた後でボロボロに炭化して崩れ、そのまま消滅してしまったのだ。

 そして、この変化の仕方には覚えがあった。これは確か、タケノコ重人が配っていたタケノコを燃やした時と同じだ。つまり、この重人達は本体のいない、大量のMBNで作られたハリボテのような存在だったのである。


 「そうか、コイツらやっぱり偽物だったんだ。MBNってやつを使って、クローンみたいなのを作ったんだな!」


 それならば、マグロ重人が以前よりも劣化している訳も理解出来た。栄博士によれば、重人は元となる人間の心の欲望や、強い思いをMBNが吸い上げて変身するらしい。だが、このコピー品のような重人達には核となる人間がいない。いくらMBNでガワを整えたとしても、完璧に元の重人を再生することは出来ないのだろう。そうと解れば、いくら数多くの敵が相手でも、アイスカロリーの敵ではない。


 後は任せると言っていたファイアカロリーだったが、アイスカロリー独りにこれだけの数の重人を任せることが心苦しく、また不安要素であった。だが、彼女は相当な実力があるのだから、劣化コピー達がいくらいようと心配はいらないだろう。


「博士、一番強い重人の反応はどこか教えてくれ!…あれ、博士?博士っ!?……ダメだ、返事がない。何かあったのかな?とにかく、自分で探すしかないか。いや、待てよ?」


 ファイアカロリーは考えた。これを仕組んだ黒幕がいるのなら、そいつは必ずこちらの状況を確認できる場所にいるはずだ。それはどこかと尋ねられれば、思い当たる場所は一つしかない。敵は学校全体を見渡せて、簡単に邪魔の入らない場所にいるだろう。


「屋上か……!」


 そう勘付いて校舎を見上げてみれば、そこに数人の人影がある。そして一瞬だけ、一際大きい重人の反応を示す警告音が、SAKAEウォッチから鳴り響いた。ファイアカロリーが自分達に気付いたことを知り、誘っているのだ、早くこちらに来いと。


 それだけで、ファイアカロリーにはその相手が誰なのか、解った気がする。こんな距離では解るはずもないのだが、その重く湿ったような視線にも覚えがあるからだ。


 氷嵐を抜けて、ファイアカロリーは走った。もし、これを引き起こしたのがザギンカリーではなく、ファイアカロリーの想像するあの男だったのなら、言ってやりたい事も戦う理由も山ほどある。それは本来あり得ないことのようだが、不思議とその直感が間違っていないように感じるのだ。だとしたら、この敵は今までで一番許せない敵になるだろう。


 いくつかの階段を駆け上がり、屋上への扉を勢いよく開けると、そこにはやはり想像した通りの人間が立っていた。ここに来ることを解っていたかのように、ファイアカロリーを見つめ、不敵な笑みを浮かべている。その背後には、数人の男達も控えていた。


「来たか、ファイアカロリー……いや、炎上野郎!」


「間ヶ部、大翔……!」


「力もなければ動けもしねぇ、そんないじめられっ子のお前が、俺達に歯向かいやがって。おかしいと思っていたんだ、お前なんかがいきなり俺達に反抗するなんてな!」


「……何が言いたいんだ?」


「お前は俺達を見下してやがったんだろう……そんな力を手に入れて、俺達なんざいつでもやりこめる…!そう思ってバカにしてやがったんだろ!……許せねぇ、お前なんぞが俺達を見下すなんて、絶対に許さねぇ!」


「間ヶ部、そんな風に思っていたのか……!?」


 大翔のそれは、完全な逆恨みである。そもそもファイアカロリー…丈太は、ファイアカロリーとしての力を使ってやり返そうとは思っていなかった。博士の手を借り、大翔達のいじめの証拠を掴んで悪事を止めようと考えていただけだ。力で彼らを捻じ伏せるつもりなら、わざわざ待つ必要などないのだから。当然、彼らを下に見ていた事もない。全ては大翔がの思い込みである。


 だが、復讐心に凝り固まった大翔は、丈太も同じであると思い込んでいるようだ。それだけの事をしてきたという自覚が、彼の中にあるのかもしれない。


「悪いけど、俺はお前達に復讐しようなんて思ってない。これ以上いじめなんかしないように、証拠を握ってやろうと思ってたくらいのもんだ。お前達なんて、復讐する価値もないよ」


「なんだとぉ……!?」


 それは、ファイアカロリーの偽らざる本音である。元より正義感の強い幼少期から、彼は弱い者いじめを許さない性質であった。多少…いやかなり卑屈になってしまったが、その心の在り様は今も変わっていない。変身して彼らを力で抑えつけるのは、まさに弱いものいじめになってしまう。やるなら変身せず、自分の力だけでやり返す方がいいのだ。

 だが、その考えが、大翔にとっては自分を見下す目線に感じられるらしい。あれだけのいじめを受けて、報復はおろか復讐心すら持たないというなら、それは自分を取るに足らない存在だと思っているに等しい。それは巨体の象がアリなどに見向きもしないようなものだ。


「テメェは……テメェはどれだけ俺を見下せばっ…許さねぇ、絶対に許さねぇぞっ!」


 大声で怒鳴るように叫んだ大翔の身体がにわかに変異していく。それは昨日、鮫島を襲った奇怪な姿をした重人であった。


「こ、これは……!?」


「フ、フフフフ…フィンガァァァァッ!フィンガーライム重人だっ!」


 フィンガーライム…本来はその名の通り、指先程度の大きさと形をした小粒のライムである。非常に多様な種類があり、様々な香りを放ち、プチプチとした果肉の食感が料理のアクセントになるという食材だ。先程から学校全体に漂っている、爽やかな柑橘系を思わせるその匂いは、このフィンガーライム重人によるものだったのだろう。上級生達が身体を麻痺させられたのも、これが原因のはずだ。


 重人へと変化した大翔は、それまでとは別人のように生気と邪気に満ち溢れていた。いや、本当に別人なのかもしれない。サトイモ重人と化した、丈太の知人である里田老人も重人であった時には全くの別人のようであった。MBNには強い欲望や願望を引き出す効果がある。それによって心のタガが外されるだけでなく、心の在り様までもが大きく歪められてしまう可能性は十分あるだろう。


「間ヶ部大翔…いや、フィンガーライム重人……そこまで俺が憎かったのか。解った、勝負だ!決着をつけよう!」


 ファイアカロリーはフィンガーライム重人を前にして、凪いだ心で構えを取った。正直に言って、ここに来るまでは彼に怒りの感情を持っていたが、たった今フィンガーライム重人の心に潜む影を見た気がして、とても怒りの矛先を向ける気にはなれなかったのだ。


「炎上野郎……死ねぇぇぇぇッ!」


 フィンガーライム重人は凄まじいスピードで、ファイアカロリーに襲い掛かってきた。しかし、それは素人が遮二無二殴りかかってくるような、非常に隙の大きな動きだ。ファイアカロリーはそれを冷静に見極め、合気道の要領で拳を受けて投げ飛ばした。


「ぐはっ!?」


「どうした?来い、フィンガーライム重人!自慢じゃないが、見下される事に関しちゃ俺は、ちょっとしたスペシャリストだぜ。そう簡単に負けるもんかい!」


「ぐ……!な、舐めやがって!」


 起き上がるフィンガーライム重人の目には、激しい怨みの炎が湧き上がっているようだ。二人の戦いは、これからである。


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