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第55話 氷の救援者

「ふ、増えたぁっ!?またこのパターンかよぉ!最近こればっかりじゃないか、手抜きだろこんなのっ!?」


 ファイアカロリーの魂の叫びが工場内に響き渡る。こればっかりというのは、間ヶ部大翔のフィンガーライム重人が鮫島達を同じフィンガーライム重人に変身させたことを言っているのだろう。誓って言うが、決して手抜きという訳ではない。そもそもドリアン・グレイとは、今から130年以上前に発表されたオスカー・ワイルドの長編小説及び、その作品の主人公である。


 その作品の主人公ドリアン・グレイは、ひょんなことから友人の描いた肖像画に己の魂を写し取られ、老いる事の無い人生を歩む事となった。その一方で、老いは肖像画の中の自分だけが進んでいく。老いを絵の中の自分に押し付け、次第に様々な悪徳に手を汚すようになったドリアンは、関わった何人もの人間を死に至らしめてしまうが、最後に己の良心が肖像画の中にあると感じてその肖像画を破棄しようとする。すると、老いるはずの無かった肉体は醜く老死し、残った肖像画はドリアンが若く美しかった頃の姿に変わっていた……というストーリーである。


 この超重人ドリアンは、名前が作品の主人公であるドリアンと同じだという点から着想し、描いた己の分身を生み出す能力をMBNから得たのだろう。つまり、片方のドリアンは絵で出来たハリボテの偽物なのだ。


 だが、偽物であるとしても、MBNで出来たそれが力のない存在とは限らない。再生重人のように、本体と攻撃力に変わりがないものもいる。ファイアカロリーは油断しないように、あえてどちらも本物であるという認識で立ち向かうつもりのようだ。


「ヒャハッ!グレイな気分にしてやるぜ~っ!」


「どういう気分だよ!?……って、やっぱどっちも同じ速さとパワーだなっ!」


 二体に増えた超重人ドリアンの同時攻撃だったが、ファイアカロリーは冷静にそれらを受け流し、捌いていた。最初の一撃こそまともに食らってしまったが、ちゃんと見て対応すれば、ファイアカロリーに捌けない攻撃ではなかった。何故なら彼らは同一人物であるが故に、全く同じ攻撃を仕掛けてくるからだ。

 パンチもキックも、全く同時に並んで打って来ることから対処はそう難しくない。これ以上ない程に息の合った動きであっても、連携が取れていないのでは炎堂流の敵ではないということだろう。


 ただし、捌けるのはファイアカロリーが受けに徹しているからである。これで攻撃を受け流しつつ迂闊な反撃に出ようとすれば、間違いなく隙を衝かれて手痛いダメージを受ける事になるだろう。それほどの猛攻であるのもまた事実なのだ。


 「凄いパワーとスピードだけ、ど……っ!炎堂流は戦国時代の合戦から生まれた古流武術なんだ、多対一での戦い方だって、あるんだよっ!」


 ファイアカロリーは真正面から同時に放たれようとする拳を見切り、その前に一歩踏み出して、右前にいるドリアンの喉元へ掌底を打ち込んだ。超重人ドリアンは、頭こそ果物のドリアンの形をしているが、後は奇妙なスーツと軽鎧のような物を着こんだ人間そのものの形をしている。であれば、当然、弱点も人体に則したものであるはずだ。

 そして喉という部位は、紛れもなく人体における急所の一つである。そこへ躊躇なく打撃を入れて、確実に数を減らす事……それが炎堂流の恐るべき戦法だった。加えて、数を相手にする場合、四方を囲まれて攻撃される事を嫌う余り、不必要に敵から距離を取ったり意識を散らしてしまう事がある。炎堂流はそれを逆手にとって、敢えて敵の懐へ飛び込むことで同士討ちを誘ったり、敵が攻撃しにくい状況を作る事も視野に入れている。合戦から生まれた武術と言うだけあって、ダーティな部分があるのも炎堂流の特徴であるようだった。


「ヒャハッ!やるなぁ!…だが!」


「な、何!?」


 喉に強打を受けた方のドリアンは完全に気道を潰され、その場に崩れ落ちた。そして、残った方のドリアンは素早くファイアカロリーから距離を取る。これで残りは一人、そう思った時である。

 倒れたドリアンの身体がボロボロに崩れ、その身が灰のようになって砕けると、ドリアンは再び顔の棘を筆にして虚空に絵を描いてみせる。すると、たちまちその絵が実体化して、もう一体のドリアンが現れたのだ。


「今倒した方が偽物だったのか?…いや、でも、今の感触は……」


「クヒャヒャ!違うね、俺達はどっちも本物なんだよ。俺達はMBNがある限り、どっちが倒されようとも残った方から復活するのさ!チャチな偽物を作る能力だと見くびったお前の負けだぁ!」


「なんだって!?くっそ、なんてとんでもないヤツなんだ。今までの冗談みたいなやつらとはまるで違うじゃないか」


「ヒャハッ!だから、言っただろう?俺は超重人ドリアン!今までお前が倒してきたお遊びの重人共とは出来が違うのさ!」


「ちょ、超重人だって!?そう言えば、最初にそんな事を言ってたような……ああもうなんなんだコイツは、臭い!臭すぎる!考えがまとまらない。臭すぎて気持ち悪くなってきたぞ……」


 超重人ドリアンは、不死身の能力に加え、この耐え難い臭気によって敵を弱体化させる能力までも兼ね備えている難敵であった。ここまでは対抗出来ていたファイアカロリーだったが、流石に建物の中という閉鎖空間で戦い続けたせいか限界が近づいているようで明らかに動きが鈍くなっていた。だが、逃げを打とうにも、これほどのスピードを持つドリアン二体を相手に逃げ切るのは難しい。

 前回の戦いで身につけたサンシャインフォーム(自分で名付けた)を使おうにも、この臭気の中では集中できないし、そもそも太陽光がない。あの力は、太陽の光と熱を蓄えて発動する形態の為、夜間や陽の光が届かない建物の中では使えないのである。


「ヒャハッ!さぁ、これで終わりだ。グレイな死体にしてやる~!」


 進退窮まったファイアカロリーにトドメを刺そうと、意味不明な言葉を吐きながら二体のドリアンが近づいてくる。じりじりと後退する中、ふと、ある事に気付いた。


「くそっ、こんな所で!……ん?なんだ、空気が…冷たい?まさか!?」


「ヒャ…!?なにぃっ!?」


 ガシャァァンッ!という激しい音と共に窓ガラスが割れ、そこから拳よりも無数の大きな氷の塊が暴風を纏って飛び込んできた。ファイアカロリーは咄嗟に伏せて難を逃れたが、ドリアンは氷嵐をまともに食らって弾き飛ばされていった。


「この氷の嵐は……アイスカロリー!」


「苦戦しているようですね、ファイアカロリー。やはり、あなた一人で戦うのは荷が重いのです。完成されたダイエット戦士である、この私がいなくては」


 相変わらずの自信家っぷりを発揮して、アイスカロリーが窓から入ってきた。彼女の物言いは困ったものだが、この状況ではこれ以上ない救援である。


「これで二対二か。……そういや、窓ガラスが割れたせいか、匂いも薄れてきたな」


「そもそも、匂いと言うものは低温状態では感じにくくなるものですからね。この私には、いかにドリアンであろうとも匂いの攻撃など通用しませんよ」


「な、なるほど……!」


 アイスカロリーは己を中心として、周囲の気温を急激に低下させていた。こうして喋っている間にも、どんどんと室内は寒くなり、あちこちに霜が降りてペキペキと小さく氷が張る音がする。FATエネルギーによって大気中の窒素を冷やし、極低温を作り出しているという原理は聞いたが、改めて目の当たりにすると途轍もない力である。これだけの力を、彼女はかんたんバトルシステム無しでコントロールしているのだから、その自信家ぶりは伊達ではないのだ。


「ヒャ、ハァッ……」


 一方、おびただしいほどの量の氷を食らい弾き飛ばされていたドリアンは、身体を半ば凍てつかせながら立ち上がっていた。二体の内、片方は完全に凍り付いており、そのまま崩れ落ちていく。南国の植物であるドリアンは寒さに弱いらしい。もっとも、これだけの寒さならどんな植物や生物でも耐えられるはずもないのだが。


「アイツ、まだ……!」


「ファイアカロリー、あなたは下がっていなさい。あれは私がトドメを刺します」


 そう言うと、アイスカロリーは一歩前に出て氷の杖を短刀のように構えた。杖の先は氷が伸びて刃のように変化し、その形はマチェットのようである。


「ヒャハ…!この超重人ドリアンが……負けるなんてグレイじゃないぜっ!」


「…無駄よ、あなたはもう凍って死んでいる。そこを一歩でも動けば、それでお終い」


「ナニ…?……あ、ああああ…アヘッ……!?」


 超重人ドリアンは新たな分身を生み出す間も与えられなかった。ファイアカロリーが視線を凝らすと、ドリアンだったものの前にはキラキラと光りを反射する板のようなものがある。それは氷だ、研ぎ澄まされた極薄の氷が刃となってドリアンの周囲に浮いていた。それはドリアンの身体をなます切りにしていたのである。


「凄い……い、いつの間に…!」


「これが本当のダイエット戦士の力よ。私、野蛮に殴り合うのは趣味じゃないの」


 そう言って、アイスカロリーはドリアンから背を向けた。その全身からは、見ただけで凍えるような冷たい殺気が放たれているようだった。

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