「この動画、すっごくバズってて! SNSでもトレンド入りしてるんですよ! 一条先生、有名人です!」
はしゃぐ紗夜に対し、おれは苦笑するしかない。
「町中でやたら見られてると思ったら、そういうことか……」
「リアルモンスレですもんね」
ちなみに『モンスレ』とは『モンスタースレイヤー』という大人気テレビゲームシリーズの略称だ。倒したモンスターの素材で新たな装備を作り、より強大なモンスターに挑んでいくアクションゲームで、協力プレイで一世を風靡した。
役所の出口のほうを見てみると、記者らしき者がカメラマンと共に待ち受けている。
「うわあ、おれ、これから取材受けるの……?」
「当然の流れかと。英雄たるもの、人々に活躍が語られて然るべきなのです」
どこか嬉しそうなフィリアだ。まったくもう。他人事だと思って。
「言っとくけど、フィリアさん。君もその対象だと思うよ?」
「はい? なぜでしょう?」
「魔法ぶっ放してたからね。人によってはおれより、そっちのほうが興味あるんじゃないかな」
「そ、それは困ります……!」
「でもまあ逃げてもきりがないだろうし、適当に納得させて帰ってもらうしかないかな」
「あの、では、わたくしも一条様とご一緒しても?」
「そのほうが良さそうだね」
おれは面倒事は早めに片付けようと、フィリアと一緒にこちらから記者に声をかけた。
◇
記者の質問に関しては、秘密にしたいことや説明が面倒なことははぐらかしつつ、グリフィン退治について答えた。やがて充分と判断したか、質問内容が切り替わる。
「それでは今回のグリフォン被害について、どうお考えになりますか? 未然に防ぐ方法はあったのでしょうか?」
「あっ、それに関しては」
口止めされてたし、一応誤魔化しておいてあげよう。と思っていたら。
「はい。あれはお役所の怠慢が原因かと考えます」
フィリアは、その役所の制服姿であっさり言ってしまった。
「それはどういうことなのでしょうか?」
「こちらの一条様が事前に危険性を訴え、
「一条さん、それは本当ですか!?」
「えぇっと……」
「本当です。一条様はお知り合いの方や、買い物に立ち寄ったお店それぞれに伝えてくださっておりました。今回、人的被害が少なかったのは、そのお陰でもあると思います」
「いや他の冒険者の人たちが頑張ってくれてたのもあるよ?」
その後、記者はこの件について根掘り葉掘り聞いてきたが、フィリアはまったく躊躇せず正直に答えてしまう。
まあ、約束通り、おれは喋ってないからいっか。
「いやあ、これは助かりました。職員の方から、このようなお話が聞けるとは思っておりませんでしたので」
「ああ、いえ、わたくし、もう職員ではないのです。先ほど退職届を提出いたしまして……。正確にはまだ籍はあるのですが、有休消化のため本日が最終出勤日なのです」
「ほう、それはやはり今回の不手際に対する不満から?」
「いいえ、無関係です。プライベートですので、その理由については、秘密です」
唇にそっと人差し指を立てる。
「そうですか。ありがとうざいました。では、またなにかありましたらお伺いいたしますので! 失礼いたします」
ラフにお辞儀してから、記者はカメラマンに「さっき言ってた店にも取材に行くぞ」とせっつきながら去っていった。
おれは苦笑する。
「容赦なくぶちまけたね、フィリアさん。これは炎上するよ」
「どうせ黙っていても、いずれ明らかになることです。それならば、事実無根の記事を書かれる前に、本当のことをお知らせしておいたほうがお互いのためかと」
「そうだろうけど、大変なことになるだろうなぁ」
「なってしまえば良いのです。少しばかり痛い目に遭えば、事の重大さに気づいて、より良い働きをしていただけるはずです。人の命のかかっているお役目であのような怠慢……ただで済むと考えるほうが間違いです」
「フィリアさん、結構怒ってたんだね」
「はい、とても。これからお役所になにがあったとしても、わたくし、
それからさらに唇を尖らせる。
「それにそれに、記者の方々もです。わたくし、貴重なお話をご提供しましたのに、なんの報酬もくださいませんでした。ひどいです。タダ働きですっ」
「そっちのほうが怒ってるね……。まあ、そういうものらしいよ」
「もう記者さんの取材には応じないことにいたしますっ」
ぷんすかと頬を膨らませるフィリアである。やっぱり怒ってる顔も可愛い。
「しかし……フィリアさん、ここ辞めちゃうんだね」
「はい、一条様が装備について教えてくださったお陰で、
「じゃあ、武器屋の店番や、メイドさんも辞めちゃうのかい?」
「武器屋のほうは続けるつもりですが、もう一方は、はい。どちらにせよ、あのお店も被害にあっておりますし、しばらく営業はできないので」
「……残念だな。メイド姿、可愛かったのに」
ぽっ、とフィリアは頬を赤らめる。先ほどの不機嫌さが消えてなくなる。
「そ、そう仰るなら、たまにお手伝いにいってもいいかもしれませんが……いえ、それより、一条様」
フィリアは不安げに、おれを見つめる。
「先ほどの取材の中で、宿を失ってお困りだと仰っておりましたが……」
「あはは、まあね。まあ、野営道具はあるし平気だよ」
「平気なわけがありません。せっかく手に入れた居場所を失ってしまうなんて……」
「失ってなんかいないよ。居場所ってのは、なにも住処だけを指すものじゃない」
おれは微笑んでみせる。
「好きな人と一緒にいるとか、望む生き方をしてるとか、自分が自分らしく居られるときこそ、居場所があるって言えるんじゃないかな。だから、おれは平気なんだ。ちゃんと居場所がある」
「それならいいのですが……いえ、よくありません。住処の問題はまた別のお話です。なので——」
フィリアはなにか言いかけて、やめる。しかし迷うように瞳をあちこちにせわしなく動かす。やがて赤面しつつも決意して、再び口を開いた。
「……よろしければ、わたくしのうちにいらっしゃいませんか?」