「これで全額一括返済に足りるだろうか?」
「あぁ!? ちょっと待ってろ……」
柄シャツはしゃがみ込み、おれが撒いた札束を数え始める。
「ひぃ、ふぅ、みぃ……足んねーぞ! あと200万!」
ちらり、とフィリアに瞳を向ける。こくり、と力強く頷いてくれる。
「それなら払えます。合わせれば、全額一括返済できます!」
柄シャツはたじろいだ。スーツの男は鋭くおれを睨んでくる。しかしあくまで口調は丁寧だ。
「こんなことして、あなたになんの得があるんですかねえ? 女を助けてヒーロー気取りですか? そんなにいい所を見せたいんですかね?」
「だったら悪いか? 物入りなんだろう? さっさと金を受け取って、焼けてしまった事務所を再建するのが先決だろう?」
「あなたは、私らの顔も利益も潰した。その意味がわかりますか?」
「なにを言ってる。困ったときはお互い様で、本当は一括返済して欲しかったんだろう? おれが手助けして円満に全額返済できるんなら、そっちの望むところじゃないか」
「……大した度胸ですね」
「小さな度胸じゃグリフィンの前には立てないもんで」
「グリフィン?」
すると柄シャツが「あぁあーーー!」と声を上げた。
「アニキ、こいつ、動画で見た! あれっすよ! リアルモンスレっすよ!」
「噂のリアルモンスタースレイヤーですか。こいつはとんだ大物が出てきたもんですね。そうとなれば話は変わってきます」
スーツの男は、一歩下がったかと思うと、予想外のことをした。
「その節は、ありがとうございました!」
礼儀正しくお辞儀をしたのだ。
おれもフィリアも、柄シャツまで目が丸くなって動けなかった。
「お前も頭を下げねえか!」
スーツの男にとっ捕まって、柄シャツも無理に頭を下げさせられる。
「あの場にはうちの若いのもいた。あんたがあの怪物を殺ってくれなきゃ、葬式に出すことになってました。感謝してますよ」
「あんたらみたいな反社に礼なんか言われたくない」
「そうでしょうね。ですがこれはケジメです」
「ケジメというなら、さっさと手続きをしてこの話を終わらせよう」
あとはスムーズだった。銀行へ行き、おれが現金で払った分の残りを、フィリアの口座から連中の口座へと振り込む。そして完済証明書を発行させ、無事に手続きは終わる。
「なにかあればいつでも言ってください。私らの業界じゃあ、ひとつもらったらひとつ渡す。そういうルールです。古くは仁義と言いますが」
「そんなルールは知らない。反社の力は借りない」
「……気が変わったら、いつでもご連絡を」
名刺を渡される。一瞥もせず、破いてみせる。地面に捨てるのはマナー違反なので、バックパックにしまうが。
それきり男たちは去っていった。
銀行から帰る道、フィリアはずっと俯いたままでいた。
「申し訳ありません。せっかくの賞金を、わたくしの都合のために……。政府の援助金も合わせれば充分に払えましたのに……」
「おれは気にしないよ。援助金で払うんじゃ、ちょっと違うもんね」
フィリアはこの前言っていた。
いつか故郷と国交が生まれるなら、ここから友情を育みたいと。違う世界の者同士が、互いに助け合った前例でもありたい、と。
政府からもらったお金で華子婆さんを助けても、結局は、国の金が自国民を救うのに使われただけだ。フィリア自身で稼いだお金で成し遂げなければ、異世界同士の純粋な友情とは言えない。
「ですが一条様のお力を借りてしまっては、同じことです」
「同じじゃないよ。そもそもグリフィンを倒したのは、おれとフィリアさんなんだ。違う世界の者同士が協力して得たお金で、こちらの世界の誰かを救う……。ありじゃない?」
「それは、そうかもしれませんが……ほとんどは一条様の取り分であるべきでした」
「そこは気にしないでよ。おれは、誰かの想いを守って生きていけるならそれでいい。
「しかし……」
「君の生き方を見て、君の夢を聞いて、思ったんだ。お金じゃ幸せは買えない。けど、その幸せを守るためにこそ、お金が必要なときがあるって……」
例えば、飢えて泣いている子供にパンを買い与えるためのお金。
パンがあれば笑顔にできるとも限らないけれど、パンを買えなきゃ絶対に笑顔にできない。幸せの前提条件なのだ。
「そういうお金なら、いくら使ったって構わない。そこに見返りは求めない。君だって、そうじゃないのかな?」
「それは、はい。ですが……」
「まだ納得できないなら、こうしない? あのお金は、おれたちの共有財産だったってことしよう」
フィリアは息を呑んで立ち止まった。
「共有、財産……ですか?」
「それなら取り分なんて考えなくていい。どうかな?」
フィリアの頬が朱に染まっていく。顔が見えないくらい俯いてしまう。
「はい……。そうですね。確かに共有財産なら、そうです。それなら、はい。一番かもしれません……」
「でしょ?」
「ですが一条様、本当に、わたくしと……財産を共有するような関係になっても、よろしいのですか?」
「正直言うと、今回のことがなくても言うつもりだったんだ。君が欲しいって」
「わ、わたくしなどを、求めてくださるのですか」
「嫌かな? おれたち相性いいと思うんだけど」
「それは、わたくしも思います。ですが、その、財産を共有しようなどと、回りくどい言い方は、少しずるいです」
「ずるい?」
「はい。ご自分の想いは、真っ直ぐに伝えるべきです。わたくしだって、貴方とならやぶさかではありませんが……ちゃんとした言葉でお聞きしたいです」
「わかった。ちゃんと言うよ」
「……はい」
フィリアは顔を上げる。真っ赤になったまま、黄色い綺麗な瞳でおれを見つめる。
「フィリアさん、おれとパーティを組んで欲しい」
「はい、お受けいたしま——パーティ?」
「ん?」
「えっ? あの、パーティ?」
「うん。パーティ組めば、持ち物とか依頼報酬とか、共有財産になるでしょ?」
フィリアは、なぜか怒ったような、恥ずかしがるような、でもやっぱり怒っているような複雑な表情の変化を見せた。
でも結局、そういった感情を全部ため息にして吐き出してしまった。
「はい。パーティを組みましょう。はい」
「良かった、嬉しいよ」
「ですが一条様?」
「うん?」
「この国では、パーティ制は採用されておりませんよ!」
言ってから、やっぱりぷんすかと怒ってさっさと先に行ってしまう。
「ちょっと待ってよ、フィリアさん! え? じゃあなんだと思ったの? いやそれより、これからのことも相談しよう。お金稼ぎのアイディアもたくさんあるんだからさ!」
おれはフィリアを追いかけながら、これからの充実した日々を予感するのだった。