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 その手をなんとか止めようと、涼佑は声を上げた。


「ちょちょちょ、ちょっと待てって! もう少し話を――」

「うるせぇ。テメェと話すことなんかねぇ」


 びっ、と今度こそ問答無用でテープが貼られてしまい、完全に涼佑と夏神の間が隔たれてしまう。が、涼佑は諦めずにテープの向こうへ届くよう声を張った。


「お前がなんでオレ達にこんなことするのか分かんないけど、また学校で話し合おう! お互い、なんか誤解してるのかもしれないし! なっ?」


 しかし、その声に夏神が言葉を返すことは無かった。しかし、それで諦める涼佑ではなく、その後も他愛ない世間話を振ってみたり、もう一度巫女さんとの関係を訊いてみたり、何故狐を従えているのかなどと様々に話を振ってみたが、一向に応える気配は無い。何せ相手は生きている人間で、理性も知性もあるのだから、話し合いで解決できるかもしれない。その可能性が残っていることが涼佑にとっては何よりの希望だった。だが、夏神はただ一言だけで涼佑を黙らせた。

 ず、とテープの間から覗いた指に気付いた涼佑が一歩テープに近づき、話しかけようと口を開こうとした。が、それより早く隙間から覗いた夏神の殺意がこもった鋭い目と一言に、何も言えなくなってしまった。


「次何か言ったら殺すぞ」

「…………はい」




「それで、その後は?」

「気が付いたら、こっちに戻ってた」

「そっか……」


 涼佑の話を合わせて考えてみても、今ははっきりした答えが出ない。これ以上、彼のことについて話しても仕方がないと思った一同は、改めてパジャマ姿の直樹へ注目した。一斉に注目された本人は少したじろいだようで、少し後ずさりしつつ「な、なんだよ?」と呟いた。それに真っ先に反応したのはやはり、絢だった。


「いや、『なんだよ』じゃないでしょっ!? あんた、あんなことして万が一撃たれてたら、どうすんのっ!? バカ!? バカなんだねっ!? そこまでバカだとは思わなかったわっ!」

「バカってなんだよ!? バカって! あーあ、もういいっ! 次、お前が危ない目に遭ってもぜってぇ助けてやんねぇ!」

「今まであんたに助けられたことなんて、一回も無いわっ! バーカッ!」


 またいつもの口喧嘩かぁと二人以外の全員が思っていると、不意に喚き散らす絢の両目から涙が零れ落ちた。それには間近で見ていた直樹だけではなく、様子を見守っていた涼佑達もぎょっとする。絢自身も自分の涙に驚き、次いで袖でぐしぐしと拭いながら、涙声で言った。


「ほんと……涼佑も、直樹も、どっちもバカ……! 心配させて……っ! うぅ……」

「お、おい、泣くなよ」

「泣いてないぃ……!」

「いや、泣いてるよ」

「ばか! ばか……っ!」

「分かった分かった。明日なんか奢ってやるって。何がいい? コンビニのお菓子か? それとも、カウテールのチーズケーキ?」


 絢を宥めるために優しく頭を撫でながら、彼女の顔を覗き込んで訊く直樹に、ぐすぐすと嗚咽を漏らしながら絢は言った。


「うっ……ぐすっ…………フォーティーワンのアイズもづけて……っ」

「強欲か。はいはい、分かった分かった。おれらが悪かったよ」

「う゛ぅ~……」


 未だ泣き止む気配の無い絢を宥めながら、直樹はじっと彼女の泣き顔を見つめていた。その視線に気づいた絢が「なに……?」と訊くと、次の一言で彼女の涙は跡形も無く吹き飛んだ。


「それにしても、お前……泣き顔、すげぇブスだなぁ……」

「しね……っ!!」


 感心したように呟いた直樹の顔に、絢のパンチが綺麗に炸裂した。結局、いつも通りの二人を見て、涼佑達は仕方ないと言いたげにうんうんと頷きつつ判定した。


「今のは直樹が悪いな」

「うん」

「今のは十割、直樹君が悪い」


 その後も拳を振り上げて逃げる直樹を追い回す絢の姿があった。そうして、しばらく追いかけっこを楽しんだ後、何気なく見たスマホの画面に映る時刻に皆ぎょっとする。


「うっわ! もう十時!? さすがにヤバいって! 怒られる!」

「うわ、どうしよ。お母さんからめっちゃメイム来てる……。あぁ……家帰りたくないよぉ……」


 皆目の前のことに夢中で、すっかり家族への連絡を忘れてしまったせいだった。夏神のことは気になるが、ひとまず今日は家に帰ろうと、涼佑達はその場で解散することになった。それぞれ家人に怒られることを想像して項垂れつつの帰宅。互いに健闘を祈り合いながら、涼佑と直樹は三人娘と別れた。


 三人娘と別れた二人は、夜も深くなった大橋を歩いて行く。絢と友香里は真奈美を送ってから帰ると言っていたので、今はいない。ようやく心に余裕ができた涼佑は早速、パジャマ姿の直樹をからかうことにした。


「いやぁ、一時はどうなることかと思ったけど、取り敢えず、美咲さん……というか、梅の木の怪異は解決して良かった」

「ほんとなぁ」

「それにしても、直樹。お前、そのまんまのカッコで来るってなかなか無いぞ? どんだけ慌ててたんだよ」


 涼佑に笑いながら指摘された直樹は今更になって恥ずかしくなってきたのか、一度自分の格好を改めて確かめた後、「うっせ」とせめてもの抵抗に呟いた。そうして暫し黙っていたかと思うと、直樹はぼそりと一言こぼす。


「……れしかった」

「……ん?」

「う……嬉しかった、んだよ。お前らが、約束守ってくれたから……! だからっ、おれもっ……そ、それに応えなきゃ、いけないって……思ったから……」


 最後の辺りは恥ずかしさからか、尻すぼみになったが、涼佑と巫女さんの耳にはちゃんと届いていた。全部言ってしまってから「あぁ~! はずっ! 無理っ!」とその場にうずくまる直樹。そんな彼の少し先まで進んだところで振り返った涼佑は嗤わずに言った。


「ありがとな、直樹」

「…………うん」


 それからはこの話はおしまいと言いたげに、「ほら、これ以上遅くなるとマジでヤバいから」と言って涼佑は直樹に立ち上がるよう促した。

 それからは帰宅してすぐに涼佑達はそれぞれの家で父や母、時には両親共々にしっかり怒られたのは言うまでもない。




「ちっ。手こずらせやがって……」


 帰宅してすぐ夏神は自室へ真っ直ぐ向かい、苛立ちを隠さずに足音荒く、自室のドアを引っ掴むようにして開け、身を滑らせると、閉じる時も激しい音を立てて閉めた。そのままベッドに仰向けに倒れ込み、悔しさをマットレスや枕にぶつけていく。


「くそっ! 後少しだったのに! あのバカのせいで! くそがっ!!」


 不意に、夏神の脳裏に涼佑の言葉が蘇り、それにも彼は非常にいらついた。また学校で話し合おう。


「なにが『話し合おう』だ……。何も知らないくせに……! 土足で俺の心に入って来やがってっ! ああっ! 気色悪ぃっ!!」


 直樹に邪魔をされたことにも腹が立つが、彼が何よりも不快を感じているのは涼佑の存在だった。折角、幽霊巫女と相まみえたというのに、あの男のせいで心が乱され、思うように事を運べなかった。許せない、という想いが彼の頭の中を支配しそうになった時、コンコンと控えめなノックの音で、彼は現実に戻された。音がした自室のドアへ目を向けると、そっとドアが開けられ、彼の母の顔が覗く。その表情は心配そうだ。


「おかえり、明貴。大丈夫?」

「……母さん」


 母の前だ。しゃんとしなければ、と夏神は自分の激しい感情を抑えて立ち上がり、母へと向き直る。


「大丈夫だよ。ちょっと、当初と予定が狂っただけ」

「……明孝、もう――」

「大丈夫だから。俺は大丈夫。父さんの代わりを立派に務めてみせるよ」


 そう言って柔和に微笑む夏神の顔は暗闇のような部屋の中に差し込む月光のせいか、影を落としているように見えた。

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