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第51話 「うるさいよ」

「グッ!! な、なに……」

「お前の精神の核は、俺達が貰う」


 碧輝は星桜の正面に立ち、なんの合図もなく右手を伸ばし首を掴む。上へと持ち上げ、鎖で繋がれている女性の隣まで移動した。


 何とか逃れようと星桜は碧輝の手を離させようとしたり、足をばたつかせるが意味はない。

 何も出来ないまま、女性の隣に投げ出され背中を壁に打ち付ける。


「かはっ!! ゴホッ、ゴホッ……」


 背中を強く打ち付けてしまったため、星桜は咳き込みその場に四つん這いとなり咳き込む。それでも碧輝は躊躇ることなく、髪を鷲掴み顔を上げさせた。


「い、痛い!!」

「お前の精神力、頂くぞ」


 碧輝は釘を四本取り出し、星桜に見せつけた。

 その後なんの戸惑いもなく、彼女の左胸に突き刺す。だが、本当に突き刺しているのではなく、そう見えるだけ。なので、星桜に痛みはない。


 星桜はわけも分からないまま精神力を奪われ、下唇を噛み碧輝の手を強く握り爪を食い込ませた。


 碧輝は星桜の抵抗など毛ほども気にしておらず、精神力を奪いつける。


 すると────


「……なにっ?」


 碧輝が突き刺した釘にヒビが入り、その瞬間二本同時に砕け落ちてしまった。

 その事には後ろで見ていた魅涼も驚き、目を見張る。


「何をしているのですか、碧輝。そんなに勢いよく精神力を吸い上げては駄目ですよ。貴方の体がパンクしてしまいます。そうなれば、貴方自身神力を失い、となってしまいますよ」


 魅涼は簡単に説明するが、碧輝は予想外のことに何も言い返せなかった。


 星桜は碧輝が驚いている隙をつき、両手で思いっきり押す。 

 その際に髪の毛が何本が抜けてしまったがそれより逃げることを優先し、星桜は距離を置いた。


 左胸にはまだ釘が二本、輝きながら刺さっている。

 それを星桜は、自身で抜こうと引っ張った。


「おっと、そちらを無理やり抜かない方がいいですよ」

「……どうしてよ」

「無駄に精神力が溢れ出てしまい勿体ないので。それに、精神の核をお持ちだったとしても限界はあります。精神力が無くなれば貴方がどうなるか──私でも分かりません。もしかしたら、心を失い、人形となってしまうかもしれませんね」


 困ったように眉を下げ、笑みを浮かべる魅涼が星桜に近付こうとする。

 それを後ろに下がり、近付かせまいと距離を測った。


「自分で抜くのは駄目なのよね。なら──」


 星桜はしたり顔を浮かべ、両手を胸の辺りで組む。そして、ロウソク訓練の時みたく目を瞑り集中し始めた。


「何を……」


 魅涼は何をしでかそうとしているのかわからず、困惑の表情を浮かべた。


 その時──


「なっ。釘が……」


 刺さっていた残り二本の釘にもヒビが入り、そのまま壊れ地面に落ちた。

 星桜は「やった!!」と額に汗を滲ませながら喜んだ。


 その事に魅涼と碧輝は、予想外の出来事に顔を青くし、目を見開いた。


「なんと。これは一体……」


 釘が壊れるのを初めて見た二人は驚きの声を上げる。だが、星桜を見つめる魅涼の目は困惑だけでない。楽しげにも見え、口角が上がっている顔は酷く歪んでいた。


 口元に浮かぶ笑みを隠すように魅涼は手で覆い、その様子を碧輝は困惑しながら見た。


「兄貴……?」

「これは、これは素晴らしい。素晴らしいですよ翡翠さん!! 貴方は精神の核を持った人達の中でも、素晴らしい物を持っているみたいですね!! ここまでの精神力をお持ちの貴方が羨ましい!!」


 魅涼は、突如として豹変し始めた。


 先程までは少し不気味な雰囲気はあったものの、紳士的な態度だったため星桜は普通に話せていた。だが、今の魅涼には紳士的な物は一切なく、とち狂ったのかと思うほど狂気的な笑い声が牢屋の中に響き渡る。


 星桜は、豹変した魅涼を見て怖くなり、顔面蒼白となる。

 ここに居てはいけない。そう本能的に察し、逃げようと走り出す。だが、それを素早く魅涼が阻止し腕を掴んでしまった。


「いっ!!」


 力強く掴まれ、星桜は痛みで顔を歪ませた。


「あぁ、貴方は本当に最高の逸材だ。貴方のような方が私の元へ来てくれるなど。こんな素敵なことがあってもよろしいのでしょうか!? いや、いいんですよね。だって、貴方は自らここに来てくれた。私の所に!!!!」


 星桜の腕を握る力が徐々に強くなる。

 そのため、腕が白くなり、痛みが増す。


「やっ、やめてください!! 私が精神力を分けます!! まだ頑張れます!! なので、その子は返してあげてください!!」


 女性は、怯えたような目を向けながら甲高い声で訴える様に叫ぶ。

 鎖をガシャガシャと鳴らしながら必死に訴えているのだが、その声はまるで聞こえていないかのように魅涼の反応はない。


「貴方は──」


 星桜は涙を浮かべ、顔を歪ませながら女性を見た。

 体中にある傷。特に左胸にある複数の穴は、痛々しいもので見るに堪えない。


 掴まれている腕を星桜は払おうとするも、それは上手くいかず痛みが増すだけ。

 魅涼は絶対に逃がさないと強く握る。


 今まで見た事がないような魅涼の様子に危険を感じ、碧輝が魅涼の肩を掴み止めようとした。


「兄貴!! もう離してやれよ、どうしたんだ!!」

「うるさいですよ、碧輝。この方を逃す訳にはいかないのです。駄目なのですよ。私にはこの方の精神力が必要なんです。邪魔はしないで頂けますか」


 魅涼の目は、何を映しているのか。

 今までの彼とは異なり、碧輝は絶望したような顔を浮かべこれ以上言葉を繋げられなかった。


 星桜は、魅涼に掴まれている腕が限界となり、歯を食いしばり空いている手で勢いよく平手打ちをした。


 乾いた音が牢屋に響く。

 一瞬だけ力が緩んだため、その隙に振りほどき女性の元へと走る。


「まっ、待ちなさい!!」


 魅涼は右頬を抑えながらも星桜へ手を伸ばす。だが、狐の鳴き声がいきなり地下室に響き動きを止めた。


 ────コーーーーーン


 炎狐が星桜を護るように前に出て、口から炎を吐く。

 威力はなかったため、魅涼は両腕を前に出し防いだ。


「貴方、何故ここに……。寝ていたはずではなかったのですか?」


 恨みが込められている血走らせた目を、牢屋の外に立っている人物に向けた。


「うるさいよ。どうでもいいでしょ」


 牢屋の外には、眠たそうに欠伸をしている弥幸が、蝋燭の光に反射している刀を右手に持ち立っていた。

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