引き続き仕事をこなしていたら、龍志から連絡が入った。
【今日、直帰になった。
それでCOCOKAさんと食事に行くことになったけど、七星も来るだろ】
直帰に変更はわかるが、どうしてCOCOKAさんと食事に?
今日は明日、休みだから食事してふたりとも気になっていた映画を観に行こうと話していた。
なのになんでCOCOKAさんと食事に?
あれから彼女が無理矢理、約束を取り付けたんだろうか。
【おふたりで行ってきてください。
私は仕事が終わらないので】
メッセージを打ち込みながら、苛々している自分に気づいた。
別にこれは接待で、龍志だって誘われれば断れなかったに違いない。
けれどあんなに居留守を使ってまで彼女を避けていた彼が、COCOKAさんとの食事に応じたのが嫌だった。
画面を閉じてスタンドに置いた途端、携帯の画面にメッセージが届いたと通知が表示される。
「……はぁーっ」
無視しようとしたがそういうわけにもいかず、嫌々携帯を手に取った。
【今、そんな切羽詰まった仕事はないだろ。
一時間くらいなら待つし、来い】
「来いって命令ですか」
聞こえないとわかっていながら携帯に向かって文句を言う。
断る理由を考えているうちに、新しいメッセージが上がってきた。
【だいたい、七星が担当だろ。
なのに上司の俺ひとりで接待とかおかしいだろ】
「うっ」
もっともな意見に喉が詰まる。
接待ならば担当の私がメインで上司の龍志はサブだ。
わかっているだけにこれ以上、ごねられなくなった。
【わかりました。
待ち合わせの時間と場所を教えてください】
彼から送られてきたリンクからお店の場所を確認して今度こそ画面を閉じて携帯を置く。
行きたくないが、行くしかないんだろうな……。
てきぱきと仕事をこなし、定時を少し回ったくらいで会社を出られた。
これなら待ち合わせ時間に間に合いそうだ。
向かっている途中で龍志から、先にCOCOKAさんと店に入っていると連絡が来た。
「はいはい、そーですか」
あまり待たせるのも悪いので、足を速めて急ぐ。
店に着いて席に案内されたところで親密そうに肩を寄せてメニューを見ているふたりが見えた。
……このまま帰ったらダメかな。
足がそこに釘付けにされたかのように動かない。
ずきずきと胸が痛み、その奥から見たくもないどす黒い感情がじわりと滲み出てくるのを感じた。
「あ、井ノ上さーん!」
私に気づき、COCOKAさんが手を振ってくる。
「すみません、お待たせして」
無理矢理足を引き剥がし、彼らの元へと向かう。
今、私は上手く笑えているだろうか。
そればかりが気にかかる。
「ぜんぜん。
私たちもさっき、来たところなので」
空いている向かい側の席に腰を下ろしたが、彼らの顔を見るのが怖くて手もとに回されたメニューに目を落とした。
「とりあえずビールで」
「わかった。
……すみません」
私のオーダーを聞き、龍志が通りかかった店員を呼び止める。
「生ふたつとカシスソーダひとつ、お願いします」
「かしこまりました」
注文を聞いて失敗したと気づいた。
私も女の子らしいカクテルなど頼めばよかった。
いや、もう私の素を知っている龍志にいくら可愛い女の子アピールしようと無駄なのだ。
なのになんで、COCOKAさんと張り合おうとしているのだろう?
「すみません、急に。
今日なら都合がいいって宇佐神課長が言うので」
龍志に視線を向けると彼は、しれっと逸らしてきた。
都合がいいって、先に私と約束していましたが?
へぇ、そう。
私よりCOCOKAさんが優先なんだ?
「いえ。
お気になさらずに」
気持ちが、もやもやする。
滲み出た黒い感情が蛇のようにぐるぐると私を縛っていった。
飲み物が来るまでのあいだ、目の前でふたりは肩を寄せあって仲よさそうになにを食べるか相談している。
だいたい、なんで龍志があちら側に座っているのだろう。
接待する側なんだから、下座のこちらでしょ?
メニューを見ながらちら、ちらっとうかがうように彼の視線が私へ向かう。
それにカッとなったが冷静なフリを続けた。
「じゃあ、新商品のプロモーション成功を祈って」
飲み物が届き、龍志の音頭で乾杯する。
早く酔ってしまいたくてごくごくと一気にグラスを空けたが、一向に酔いはやってこない。
「すみません、もう一杯」
すぐに店員を呼び止め、追加のお酒を注文する。
「井ノ上さん、いい飲みっぷりですね」
そんな私をCOCOKAさんは目をまん丸くして驚いて見ていた。
「そうですか?」
「私、お酒、あんまり強くなくて。
ちょっと尊敬します」
そういう彼女のグラスのお酒はあまり減っていない。
そうやって龍志に可愛いアピールするのかとイラッとした。
出てきた料理を食べながら、彼女の話に当たり障りのない社交辞令な返事をする。
「KAGETSUDOUさんから話が来たときは本当に嬉しくて。
これで私も一流の仲間入りだ!って。
それで有頂天になって人に話したりしてしまって、あのときは本当に、申し訳ありませんでした」
すまなさそうに彼女が頭を下げる。
「いえ。
すぐにご理解いただけてよかったです」
「それに井ノ上さんにも、新商品を大量に要求したりして。
思い出すと恥ずかしいです……」
すでに酔っているかのように彼女の顔が真っ赤になった。
そうやって反省してくれたのなら嬉しいところだが、今日はただそのいい子ぶりが妙に私のかんに障った。
「ほんと、あれにはこの人、社会人として大丈夫なのかって思いましたよ」
途端に彼女の顔が硬くなる。
それを見て自分の失言に気づいたが、口から出てしまったものは取り消せない。
「井ノ上!」
すぐに責めるような龍志の声が飛ぶ。
「悪気はないんです、許してやってください」
泣きだしそうに俯いたCOCOKAさんを彼は気遣った。
すぐに謝罪すべきだというのはわかっていたが、その姿を見ていると腹の中にコールタールのような真っ黒くて重たいものが溜まっていくのを感じた。
「いえ。
井ノ上さんが言うとおりなので、全然。
本当にあのときはご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
少し目を赤くし、彼女が私に向かって頭を下げる。
それすらも私の苛立ちを募らせた。
「ほら、COCOKAさんも反省しているようだし、な」
オマエも謝れと龍志が促してくる。
それが正解だというのはわかっているが、なかなか唇が動かない。
「……いえ。
私もすみませんでした」
それでもなんとか謝罪の言葉を口にする。
けれどふて腐れている顔を見られたくなくて、申し訳なさそうに頭を下げるフリをして俯いた。
私ってこんなに、醜い人間だったんだ。
知りたくない事実を知り、さらに気持ちが重くなっていく。
どうにか平静を取り繕ったが、ふたりには見透かされている気がした。